子どもたちは親のお金の苦労をよく知っています。受験で友だちと同じように模試を受けたくても、塾に行きたくても言えない。部活に入りたくても言えない。最初から諦めてしまいがちな子どもたちが、学ぶことで自信をつけて貧困の連鎖から抜け出す力を持つために、学習支援は、いま、子どもたちに欠かせない支援です。
沖縄の子どもは、
沖縄みんなで育てる。
沖縄こども未来プロジェクト/沖縄県那覇市
取材・文=丸山裕子(通販生活編集部)
日本の子どものおよそ7人に1人が貧困(2015年・国民生活基礎調査にもとづく貧困率)。わが国が抱える深刻な問題をさらに上回る過酷な現実が、2016年に沖縄県から発表されました。
「沖縄の子どもの3人に1人が貧困状態にある」。
この衝撃的な発表から11日後の2016年2月9日に発足したのが、地元の新聞社、沖縄タイムスの「沖縄こども未来プロジェクト」でした。地域の読者や企業にカンパを募ってサポーターとなってもらい、県内の貧困の子どもたちを支援しようというプロジェクトです。
プロジェクトの運営委員会委員長を引き受けている山内優子さん(沖縄子どもの貧困解消ネットワーク共同代表)は、「2012年に厚生労働省から日本の子どもの貧困率が発表されて問題化したとき、正直、『え、これで貧困というの?』と思いました」とおっしゃいます。
「給食費が払えない子も、お金がなくて部活に入れない子もたしかにつらいでしょう。でも、沖縄はそれどころじゃない。給食以外で食事を満足に摂れない子もいるし、保険証がなくて病院へ行けない子もいる。私は県庁に30年勤めた間、児童虐待の調査をしたり、児童相談所で子どもたちの面談をしてきましたが、どの家庭もすさまじく壊れている。父子家庭のお父さんが本土へ出稼ぎに行ってしまって、残された子どもは、お父さんの知人の飲み屋の女性が週に1回届けてくれるパンで食いつないでいるなんて話がボロボロ出てくるんです。根っこにあるのは、戦後からつづく沖縄の貧困です」
ご存知のように、沖縄は戦後27年間も米軍の統治下におかれ、経済復興から置き去りにされてきました。当然、子どもの福祉まで手が回らず、本土復帰後もこの格差はなかなか埋まりません。
加えて、県民所得はほぼ万年の全国ワースト1(2009年のみ46位)。山内さんはこの所得の低さが、離婚率をはじめとする数々のワースト記録と、子どもの貧困につながっていると考えています。
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「沖縄の離婚率が高いのは、女性が『チューバー』、勇ましいせいだとよく言われます(笑)。でも本当は、お父さんが安定して働ける職場が少ないから。大学進学率は全国平均よりはるかに低い4割弱なのに、高卒の男性が働ける職場はせいぜい建設業くらい。工場が少ないですから。建設業は雨が降ったら仕事がない。収入が減る。家で肩身が狭いからパチンコへ行く。子どものお年玉を取り上げて酒を飲む。こんなお父さんならいない方がいい、となる。離婚すれば、児童扶養手当が受けられますからね。県庁時代に離婚理由の調査をしたことがありますが、予想通り、トップは経済的な理由でした。
離婚してもお母さんの生活は厳しい。働きたくてもやはり職場がないわけです。沖縄の主要産業は観光ですから、土日に働けないと雇ってもらえないのに預け先がない。最低賃金も安いのでパートでは満足に生活できない。夜働くしかない。疲れて朝起きられない。子どもを放置しているネグレクトの家庭が多いのも沖縄の特徴です」
真っ白なシャツで、入学式を迎えてもらいたい。
『沖縄こども未来プロジェクト』では、県内の子ども支援団体に運営費を支援する一方で、プロジェクト発足の翌2017年から小・中学生の入学準備金を給付する直接支援にも乗り出しています。きっかけは、山内さんが目にした通販生活16年冬号の公益財団法人『あすのば』の入学準備金カンパの記事だったそうです。
「ちょうど前年に孫の入学式に出席したばかりだったのですが、あの中に新しいランドセルや制服が買えずに下を向いていた子どもがいたかと思うと、胸をつかれました。沖縄では入学式は夏服なんですね。ふだんはおさがりで我慢しても、人生のスタートを切る晴れの日くらいは、新しい真っ白なシャツを着せてあげたいじゃないですか」
「あすのば式の入学準備金支援を、沖縄の子どもたちに」という山内さんからの提案に8名の委員が全員賛成。2017年の年末に募集をかけ、春までに新小学1年生306人、新中学1年生350人に計2318万円の入学準備金を支給できたそうです。
沖縄本島の中部に住む桜井知子さん(仮名・37歳)は、この春、入学準備金を受け取られたお一人。長女の聖子ちゃん(仮名・8歳)と今年1年生になった知達くん(仮名・6歳)の3人で暮らしています。
「いただいた3万円は、知達のランドセルに使いました。入学したときは母子会からもらったランドセルで間に合わせたんですけど、それがひと回り小さい旧型だったんです。入学してすぐに『僕だけA4サイズのファイルが入らない、みんなと違う』って気づいちゃって(笑)。じゃあ、この間もらったお金で買おうねって。黒い革の光沢とボタンのデザインが気に入ったみたいで、知達が自分で選びました。新しいランドセルを買ってからは、もう張り切って学校に通っています」
元夫と闘って養育費をもらう気力も時間もない。
知子さんが外国籍の夫と離婚したのは、いまから2年前。自宅で音楽系の教室を開いて月に5~10万円ほど稼ぎながら、パートの仕事も掛け持ちしていたそうですが、週に2~3日シフトに入るのがやっと。時給が800円と安いうえにパート先の駐車代と預かり保育代をひくと、1万5000円くらいのプラスにしかならなかったといいます。子どもたちのお父さんからの養育費も滞ったままだそうです。
「なんか、仕事がないって(笑)。どうやら、日本では養育費の約束をしても払わない人が多いという事実を彼が知っちゃったらしいんです。裁判をしたら?って言われるけど、時間も気力もないです。だったら生活を工夫した方がいい。今回の入学準備でも、肌につけるものは新品を着せてあげたかったからできるだけ買って、算数セットや鍵盤ハーモニカなんかはおさがりを探しました。だからこの3万はホントに大きかった。だってこのランドセル、5万7000円ですよ。まじかって(笑)。でも、やっぱり本人が欲しいものを持たせてあげたい。学校、頑張ってほしいじゃないですか」
沖縄本島北部に住む金城文子さん(仮名・34歳)のお宅では、この入学準備金が、新小学1年生の明佳ちゃん(仮名・7歳)のランドセルと新中学1年生の謙くん(仮名・13歳)の制服になりました。
文子さんには、保育園に通う翔くん(仮名・5歳)もいて、3人のお子さんを一人で育てていますが、やはり子どもたちのお父さんから生活費はもらえていません。
「うちは3年前に夫が子どもに手をあげるようになって4人で逃げてきたので、ちゃんと離婚できていないんです。最初は主人も話し合って決めた生活費を振込んでくれていましたが、1年もたなかったかな。
夫に居場所がわかると困るので、いまだに住民票を移せていないのですが、たとえ事情があっても、住んでいるところに住民票がないと自治体は助けてくれません。うちは正式な離婚もできていないから、本来なら低所得のひとり親世帯がもらえる児童扶養手当も、非課税世帯向けの就学援助もすべて断られてしまいました。ファミリーサポートのような地域の支援も同じです。子どもが1人熱を出すと預け先がなくて働けないし、他の子たちのお迎えもあるしでたいへんでした。
本当は、この入学準備金も私たちは申し込めないはずなんです。書類上は父親がいてお金を稼いでいますから。でも、事務局の方が私たちの事情をていねいに聞いてくださって、そういう事情ならと2人分の入学準備金を使わせてもらえた。今回の入学では2人合わせて15万円以上かかったから、この7万円はありがたかったです。子どもたちには新品の制服が着られたり、欲しいランドセルが買えるのは当たり前じゃないんだよ、感謝しようねと話しています。
この入学準備金を通じて、困っている私たち親子の声に耳を傾けてくださる方たちとやっと出会えた。安心感が持てました。改めてこれからも子どもたちと頑張っていこう、という気持ちになっています」
入学準備金が、親子が笑顔で前を向く力になる。
30年以上児童福祉に携わってきた山内さんでも、入学準備金の支援がここまで親子を力づけるとは思っていなかったそうです。
「本来、入学は子どもにとって人生の大きなスタート時点ですし、親に心から祝ってもらいたいわけですよね。それなのに、入学準備金をお届けした皆さんにアンケートで生活状況を教えていただくと、まったくそんな余裕がない。お金がないのにランドセルどうしよう、制服どうしよう。入学をよろこぶ気持ちになれない、と。子どもたちも、僕はどうせお下がりだからと諦めている。それが、入学準備金が決まってお金の心配がなくなるとパッと明るくなるんですよ。お礼の気持ちがつづられたアンケートの文面から、親子の笑顔が見えるようでした」
給付金の内定通知が届いたときは「新しい制服が買えるね」と子どもとよろこびました。制服くらい買えるでしょ?と思う人もたくさんいると思いますが、本当にギリギリの生活です。時々、心が折れそうな時もありますが、このプロジェクトのような活動はすごく励みになります。(新中学1年生・母)
ご連絡をいただいてから私は1時間程泣いてしまいました。希望をいただいた嬉しさのためです。嬉しいより安心と言った方がよいのかもしれません。幸せになっていい、という許可をもらった気がしました(新中学1年生・母)
制服などの学校用品のためのお金として使いたいと思います。夢に向けて頑張って勉強したいと思います。そしていつか、人の役にたつような仕事につけたらいいと思います。(新中学1年生・子ども)
「子どもたちの感想は予想外でした。就学前の小さな子までがつたない字で『ありがとうございます。がっこうたのしみです』と元気いっぱいに書いてくる。ひとりひとりに、いい子だよ、がんばるんだよと声をかけてあげたいし、お母さんたちにも、いい親やってるね、がんばっているね、と褒めてあげたい。
この入学準備金で前を向いてくれた親子の姿が見えたことが、沖縄に暮らす私たちにも勇気をくれました。次年度は対象を高校入学生まで増やして、支援を広げていきたいと思っています」
この活動に、770万円をカンパしました。
●子どもたちへの直接支援……700万円
●団体の運営費(10%)………70万円
給付金は新小学1年生が3万円、新中学1年生が4万円、新高校1年生が5万円。2018年度は計800人への給付を目指している。
活動を応援したい方は、
ぜひ下記へご支援をお寄せください。
沖縄タイムス総合メディア企画局経営企画部
「沖縄こども未来プロジェクト事務局」
所在地 | 〒900-8678 那覇市久茂地 2-2-2 |
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電話 | 098-860-3537(平日10:00~17:00) |
メール | kodomomirai@okinawatimes.co.jp |