子どもたちは親のお金の苦労をよく知っています。受験で友だちと同じように模試を受けたくても、塾に行きたくても言えない。部活に入りたくても言えない。最初から諦めてしまいがちな子どもたちが、学ぶことで自信をつけて貧困の連鎖から抜け出す力を持つために、学習支援は、いま、子どもたちに欠かせない支援です。
震災に救われる
子どもをなくしていく。
NPO法人 TEDIC/宮城県石巻市
取材・文=田村栄治(通販生活編集部)
「震災がきて、よかった」――。
東日本大震災から5ヵ月が経った2011年8月。
3000人以上が亡くなった宮城県石巻市の避難所で、ボランティアとして子どもたちに勉強を教えていたTEDIC代表・門馬優さんは、中学3年のカズオくん(仮名)がふと漏らしたひと言に耳を疑いました。
「どうしてそう思うの?と聞いたら、カズオくんは『僕のお父さんは震災の3年くらい前にリストラされて、昼間からお酒を飲んで、お母さんを殴るようになって……』とポツリポツリと話し出しました。
高校生だったお姉さんは家出してしまい、カズオくんも学校に行く気がしなくなって、中学1年のときから自分の部屋に引きこもった。
家族は壊れ、生活は困窮。カズオくんは将来に対する希望を失って、社会から隔絶された日々を送っていた。そんなときに震災が起きたと言うんです」
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カズオくんの家は津波で流されてしまったため、近くの学校に避難。
すると、そこに出入りする支援者たちから、『こんにちは、いま何年生?』『避難所、大変でしょ。困ったことがあったら、言ってね。』などと声をかけられたといいます。
「それまでカズオくんは、助けを求めたくても、どうすることもできなかった。ところが震災が起きたことで、思いがけず自分のことを心配してくれる人たちに出会えた。
それまでのつらい経験を話すと大変だったねと受け止めてくれるし、一緒に悩んでくれる。勉強も教えてもらえるようになった。だから『震災がきて僕は救われた』と言うんです。
ああ、こういう子どもがいるのか……と衝撃を受けました。と同時に、困っているのに声をあげられず、どうしたらいいのかわからなくて悩んでいる子どもたちを、学習を通して支えていこうと思いました」
当時、門馬さんは東京の教職大学院の1年生。小学1年まで暮らした故郷・石巻が津波で壊滅的な被害を受けたことに居ても立ってもいられず、同級生たちを誘って、手弁当で石巻の避難所に通いました。避難所では小学生~高校生に勉強を教え、話し相手や遊び相手にもなりました。
13年春に大学院を修了すると、門馬さんは石巻に移住。市内にTEDICの事務所を開設し、本格的に子どもたちへの支援に乗り出しました。
境遇に関係なく成長できる社会をつくる。
震災で甚大な被害を受けた宮城県は、不登校の小・中学生の割合が全国一高い(※1)など、子どもたちに対する支援が強く求められている地域です。
不登校の原因はさまざまです。しかし、震災で地域経済が落ち込んだことを背景とした貧困も影響していると指摘されています。
世帯所得500万円以上の家庭では、不登校を経験した子どもがいる比率は6.2%なのに対し、同100万円未満の家庭だと17.9%に上るという調査もあります(※2)。
貧困が、子どもを学習の機会から遠ざけている現実がうかがえるのです。
※1 文部科学省『2017年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査』より。「不登校」は病気や経済的な理由以外で年30日以上欠席している状態。
※2 チャンス・フォー・チルドレン『東日本大震災被災地・子ども教育白書2015』より。
「厳しい境遇におかれている子どもでも、勉強したいときには勉強できるし、遊びたいときには楽しく遊べる。そんな地域社会にすることが大事だと思っています」と門馬さんは言います。
TEDICでは現在、職員や大学生ボランティアが子どもたちと一緒に勉強したり遊んだりする「トワイライトスペース」を、石巻市内の3ヵ所で開いています。会場は、高齢者福祉施設の一室など。各会場週2日ずつ、曜日が重ならないように開催しています。
開始時間の夕方5時半になると、子どもたちが集まってきます。学校の宿題をするもよし、将棋やトランプを楽しむもよし。基本的には子どもたちのやりたいことをします。6時半からはスタッフと子どもたちで一緒に夕食をつくり、食後は再び勉強するなどして8時半に終了します。
子どもが将来に前向きになっていく。
今年(18年)10月中旬の夕方、「トワイライトスペース」の会場の一つを訪ねました。
広々とした板張りの床の部屋では、中央のテーブルで学校指定のジャージ姿の中学生男子が地図帳を眺めています。「ねえ、ペルシャってどこ?」。すると、斜め向かいに座ったボランティアの大学生が、「それはいまのイランでね……」と教えてあげます。
奥の広さ6畳ほどの部屋をのぞくと、毛足の長い若草色のカーペットに腰を下ろした小学生女子が、パズルと格闘しているところでした。「あー、うまくいかなーい」と投げ出しそうになると、隣で見守っていた大学生がすかさず、「ほら、こうしたらいいんじゃない」とヒントを与え、最後までがんばるように励ましました。
この日の「トワイライトスペース」には、小学生、中学生、高校生各1人ずつの計3人が参加。ボランティアの大学生3人と楽しそうに過ごしていました。
「私たちが関わっている子どもたちの8割以上が困窮世帯の子どもで、4人に3人はひとり親の家庭の子どもです。3人に2人はネグレクト(育児放棄)などの虐待を経験しています。保護者や本人に病気や障害がある子どもも少なくありません。
私たちと子どもがつながるのは、学校や福祉事務所、児童相談所などから『学校を休みがちで親と連絡の取れない子どもがいる』『家事をたくさん命じられて勉強できない子どもがいる』などと連絡を受ける場合がほとんどです。
連絡があると、まず子どもや保護者と会って信頼関係を築きます。そのうえで、私たちのところに来てみませんかと呼びかけます。
ここに通うようになった子どもたちの中には、はじめは勉強をする習慣がなくて高校進学もあきらめていたのに、徐々に学習意欲が生まれ、無事に高校に合格した中学生もいます」
いま、「トワイライトスペース」は、石巻市内の小学4年から高校生の年代までの約30人が利用しています。自宅が会場から遠い子どもで、保護者の送り迎えが難しい場合はスタッフが送迎します。
利用は無料。「トワイライトスペース」にかかる費用は、石巻市からの委託事業費で賄っています。ただし、夕食や、夏休みに開催している遠足などのイベントの費用はTEDICが負担しています。
貧困、家庭内暴力、病気がからみ合う苦境。
TEDICでは、子どもたちを自宅に訪ね、勉強を手伝ったり相談にのったりする「訪問支援」にも取り組んでいます。
現在、訪問支援をしているのは15人ほど。本人の意向や家庭の状況に合わせて月1~4回、教員免許や社会福祉士など資格をもつスタッフたちが子どもの家に出向きます。
「訪問支援の子どものほうが、より深刻な課題を抱えている場合があります。家から出ることすら難しい子どもも多いのです。
これからお話しするタケシくん(仮名)の物語は、プライバシー保護のため複数の子どもの事情を組み合わせていますが、個々の事情はどれも実際にあったことです。
まったくのつくり話ではなく、こうした子どもたちが現実にいるということを理解してもらいたいと思います。」
「生活困窮世帯で暮らす中学3年のタケシくんは、自分の部屋にカギをかけて2年以上引きこもり、オンラインゲームばかりしていました。彼はもともと県外で生まれ育ったのですが、父親の暴力に耐えかねた母親に連れられて、小学生のときに宮城県に移り住みました。このとき友人関係を断ち切られたことが、辛い経験として心に残ります。
母親は双極性障害と内蔵疾患、心的外傷後ストレス障害(PTSD)があって仕事につくことができず、児童扶養手当を受けながら暮らしていました。光熱費などの支払いも滞りがちで、水道が止められたこともありました。困窮生活の中で、タケシくんは『あんな父親と結婚したのが悪い』と母親への反発を募らせました」
「中学校に進むと、新しい友だちができ、学校行事にも張り切って参加していました。ところが母親が、親しくなった男性の近くで暮らすために石巻市内に引っ越しをします。タケシくんも転校しなくてはならず、再び友人と引き離されることに激しく怒り、深く傷つきます。
この引っ越しをきっかけに、彼は部屋から出なくなりました。家庭内暴力と親の病気、大人への不信、貧困がからみ合った難しい状況でした」
子どもたちの人生の可能性を広げる。
タケシくんに対して門馬さんはまず、信頼関係を築くことから始めました。オンラインゲームを手がかりに、「このゲーム、僕もやってるんだけど、ここはどうしたらいいの?」と会話の糸口をつかみました。
週1回の訪問を重ねるうち、門馬さんはタケシくんが「一人で暮らしたい」と言ったのを耳にします。「だったら高卒資格を取ったほうがいい。中卒と高卒では給料がだいぶ違う」。門馬さんはタケシくんに持ちかけ、定時制高校に入学するという目標を一緒に設定しました。
「すでに中学3年の秋でした。オリジナルの数学のプリントをつくり、1~2年生で学ぶ内容を2ヵ月で終わらせました。彼は数学が得意だったのが幸いしました。
年末からは週2回のペースで家を訪ね、面接試験の準備もしました。面接でよく聞かれる『中学生の間は何に取り組みましたか』という質問も、長期間引きこもっていたタケシくんは簡単には答えられません。
そこで、あえてオンラインゲームについて話したらどうかとアドバイスしました。いろいろな参加者たちとチャットでコミュニケーションを取りながら、協力して目標を達成したこともあると聞いたからです」
「受験の準備を進めるうち、タケシくんは少しずつ進学について前向きになっていきました。年が明けると何年かぶりに家から出て、床屋に行って髪を切りました。
本人の努力の甲斐あって、彼は定時制高校に合格しました。いまは卒業を目標に学校に通っています」
この「訪問支援」も、収入などの条件に合う石巻市内の家庭は無料で利用できます。市から委託事業費が出ているからです。
ただ、訪問支援は石巻に隣接する東松島市と女川町の家庭も対象にしています。それらの利用者についてはTEDICが費用を負担しています。
「家庭環境が厳しくて勉強どころではない子どもは全国各地にいます。ただ被災地には、震災が関係した貧困などの困難が重なって、勉強の機会や進学の可能性がいっそう小さくなってしまっている子どもたちが何人もいます。
私たちはここ石巻で、そうした子どもたちと一人でも多くつながり、その子の人生の可能性が広がるように、学習支援などで支えていきたいと思っています」
この活動に、330万円をカンパしました。
●「トワイライトスペース」「訪問支援」の運営費……300万円
●団体の運営費(10%)……30万円
学習支援の運営費は、人件費のほか、子どもたちとスタッフが一緒に食べる夕食の材料代、夏休みの体験プログラムの費用など。
活動を応援したい方は、
ぜひ下記へご支援をお寄せください。
NPO法人 TEDIC
所在地 | 〒986-0825 宮城県石巻市穀町1-24 駅前ヤマダビル2階 |
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電話 | 0225-25-5286 |