子どもたちは親のお金の苦労をよく知っています。受験で友だちと同じように模試を受けたくても、塾に行きたくても言えない。部活に入りたくても言えない。最初から諦めてしまいがちな子どもたちが、学ぶことで自信をつけて貧困の連鎖から抜け出す力を持つために、学習支援は、いま、子どもたちに欠かせない支援です。
進学したいすべての子どもを
受け入れる「無料塾」の挑戦。
NPO法人 いるかねっと/福岡県福岡市
取材・文=市川健(通販生活編集部)
親の貧困が子どもへ連鎖しやすいいちばんの要因は、「教育格差」だと言われています。この格差の積み重ねがもっとも顕著にあらわれるのが、多くの子どもたちにとって人生で最初の関門となる高校受験です。
とくに勉強が苦手な子は、中学3年生でも小学校の九九や漢字の書き取りがあやうく、一から学び直す必要がありますが、塾へ通うとなると月に4、5万円前後の月謝がかかります。親たちにそんな余裕がないことを知っている子どもたちは、「高校進学なんてムリ」とハナから諦めてしまうのです。
中卒で社会に出た場合、平均年収は高卒の80%程度。月収で4万円ほどの差がつきます。また、正規雇用につける割合も37.5%と低く、高卒の57.1%と比べると大きな差があります(2017年・厚生労働省「賃金構造基本統計調査」をもとに編集部で算出)。
子ども時代の学習機会の差が将来まで尾をひき、貧困が引き継がれる可能性が高くなるのです。
この教育格差と貧困の連鎖を解消すべく、福岡市で高校受験前の中学生を対象に無料塾を開いているのが、NPO法人いるかねっとです。
2014年に「子どもの貧困対策の推進に関する法律」が施行されて以来、自治体から委託を受けたNPO法人の無料塾も増えていますが、いるかねっとは個人や企業の寄付で運営している手弁当の塾です。
代表理事をつとめている田口吾郎さんは「福岡市も子どもの貧困対策に取り組んでいますが、われわれ無料塾まで予算が回って来るのには時間がかかる」とおっしゃいます。
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「市の助成を悠長に待っていては、今年、高校を受験する子どもたちの勉強が間に合いません。やむにやまれず私たちが2014年にスタートしたのが、無料塾『マナビバ』です。市営団地が多い福岡市の西区を手はじめに、4年間で市内の25ヵ所にまで増やしました。
『急ぎすぎではないか』という声もありましたが、福岡市では毎年900人以上の中学3年生が、お金が理由で塾へ通うのを諦めています。彼らすべてを受け入れるにはこれだけの数の教室が必要でした。授業は週に1~2回、公民館や市の教育施設など格安で借りられる場所を探して、九州大学の学生や教師経験のある社会人の方々など、約200人のボランティアに講師をつとめていただき、なんとか運営しています」
勉強の諦めが、人生の諦めにつながる。
田口さんは「貧困家庭の子どもたちの学習意欲が低いのは、家の経済事情や自分の学力を同級生と比べて、自信をなくしてしまっているから」とおっしゃいます。
「うちに通ってくる子どもたちの家庭の8割は、低所得世帯向けの就学援助を受けています。勉強がしたくても塾に行けないどころか、参考書や単語帳も買ってもらえない子どもも多い。成績もふるわず、定期テストの順位は下からひとケタ台です。そういう勉強が苦手な子たちは、学校ではどうしても浮いてしまいます。
定期試験のたびに同級生との学力の差を見せつけられて、『どうせ俺なんか』『私なんか』と諦めてしまう。勉強の諦めが将来の諦めにつながって、そのうち学校に行かなくなったり、夜中まで街でたむろするようになる。学校へ行かなくなると、自分からやる気を出して学び直すのは難しいです」
マナビバに通う大半の子どもたちは、塾や習い事に通った経験がないので、そもそも決められた時間どおりに休まず通う、ということができないそうです。
「通うという習慣をつけてもらうために、最初から勉強はしないで学校であった話とか好きな漫画の話をして、コミュニケーションをとるところから始めます。やがて何週間か経つと、子どもたちがポツリポツリと、友達や学校の先生に相談できない悩みを話してくれるようになります。
『お母さんが仕事で遅くまで帰ってこなくて、弟たちのご飯をつくったり洗濯しなくちゃいけないから、家で勉強する時間がない』とか『九九も七の段が出てこないこともあるけど、友達に言うとバカにされる』とか、みんな口では勉強なんてウザい、とか強がりを言っていますけど、本当は“勉強ができない自分”をさらけだせる場所がないだけなんです」
まだ、人生は立て直せるから。
「どうせ」が口グセになって勉強を諦めてしまっている子どもたちに、田口さんは「まだ人生は立て直せるよ、一緒に頑張ろうな」と声をかけているそうです。どんなかんたんな問題であっても、正解をするたびに褒めて自信をつけさせることで、子どもたちはしだいに「やればできるかも」と思うようになり、たった2ヵ月でテストの点数が倍近く上がることもあると言います。
「子どもたちの変化には毎年驚かされます。誰でも褒められたら嬉しいし、やる気になりますよね。でも、彼らは子ども時代から褒められる経験が少なかった。これまで足りなかった分、褒められるところはしっかり褒めて、自信をつけさせて、みんなと同じスタート地点に立たせてあげると、みんな思い切り前へダッシュしていきます。きっかけが大切なんだな、とつくづく実感します」
小さなきっかけでガラリと変わった子どもの一人が、2年前、「マナビバ」に通っていた翔太くん(仮名)という生徒でした。
「翔太は、深夜になっても家に帰らず、夜の街を友達たちとたむろしているような生徒でした。『マナビバ』がある公民館の近くで、夜遅くまで仲間たちと騒いだりしている姿を目にするたびに、『早く家に帰りなさい』って注意していたら、そのうち僕の顔を見るとニヤッと笑って、軽口を叩くようになってきたので、うちの塾においでと誘ったんです。『週1回だけ来ればいいし、タダだよ。勉強しなくてもいいから、暇つぶしにおいでよ』って。
最初は、来たり来なかったりムラがありましたが、大学生のボランティア講師としゃべったりゲームをしているうちに仲良くなり、毎週通ってくれるようになりました。
齢の近い大学生と接することは、勉強なんてしていいことあるの?と思っている子どもたちにとって刺激になります。“なりたい大人”の身近なモデルになってくれますからね。
翔太は、通い始めた中学3年生の夏まで、まったく勉強はしていなくて、どの教科もテストの点数はひとケタ台。英語にいたっては、中1レベルの『isの過去形はwas』と教えても、『isって何?』といったレベルでした。
そこで、大学生の講師と英単語のカードを使って、ゲーム感覚で英語に触れるところからスタートしました。少し英語に慣れてきた頃に英単語帳を渡して、2週間ほど経って教室で翔太に会ったら、突然、『英語っておもしれえ』って言うんですよ。
単語帳を見たら少し汚れていて、たった2週間でだいぶ読み込んだんだな、と思いました。
それから1ヵ月くらいで、ひとケタだった英語の点数が、50点台にまで上がったんです。英語の勉強を通じて学ぶことの楽しさ、というかコツをつかんだんでしょうね。
つられるように他の教科も点数が上がっていって、3月には無事に第一志望だった公立高校に入学できました」
自分の将来を話すようになる。
教室へ取材にうかがった日は、中学3年生の生徒が7人来ていて、大学生ボランティア講師が1人につき1~3人を指導していました。
先生と生徒というよりは、近所のお兄さんに勉強を見てもらっているような、和気あいあいとした雰囲気です。
1ヵ月前から通っている後藤俊介くん(仮名)が授業を受けるのはこの日で4回目。受験が近づいてきて仲のいい友だちが塾に行きだし、クラスでも塾へ行ってないのは自分だけになって、焦って「マナビバ」に来たそうです。
「俺のクラスは、中1から塾に行ってて勉強できるやつが結構いて。俺は授業も分からないし、テストの点数も低いし、いつの間にかクラスで〝勉強できないやつ″みたいなキャラになっちゃって、嫌だった。
ここでは『分からない』って言ったら笑われそうなこととかも、大学生の先生が分かりやすく説明してくれるから楽しい。この前の小テストはいつもより点数がよかったです。
ここにくる前は、いつも夜の11時くらいまでゲーセンにいたけど……そういえば最近行ってないや。俺も受験生だし(笑)。友だちと一緒の高校に行きたいから、あと4ヵ月は勉強頑張ります」
勉強の習慣が身について、定期テストや模試の点数が上がってきた子どもたちは、『小学校の先生になりたい』、『看護師になりたいから看護学校に進学したい』、『大学を出てスーツを着る仕事がしたい』と、自分の将来について話すようになるそうです。
「自信がなくて、勉強なんてと諦めていた子どもたちが、大学生の講師たちに嬉しそうに将来のことを話しているのを見ると、この活動を始めてよかったとしみじみ感じます。年々、マナビバに通う子どもたちの進学率も上がって、17年度の公立高校の一般合格率は70%、私立高校は97%でした。ただ、まだ希望する子ども全員に『学習』を提供できる場所が足りていないので、これからさらに開催場所を増やしていきたいです」
この活動に、330万円をカンパしました。
●学習教室の開催費……200万円
●生徒たちの教材費……100万円
●団体の運営費(10%)………30万円
活動を応援したい方は、
ぜひ下記へご支援をお寄せください。
NPO法人 いるかねっと
※「マナビバ」の寄付ページへ移動します。
所在地 | 〒819-0054 福岡県福岡市西区上山門1丁目3-27 |
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電話 | 092-407-8760 |
メール | npo-irukanet@wonder.ocn.ne.jp |