私のこだわり道具

各界で活躍する方たちに「これがないと困る!」という
「こだわり道具」をご紹介いただきます。

第2回

有賀薫さん

スープ作家

「母がくれたル・クルーゼの鍋。底が焦げ付いても、これでスープを作っています」

ル・クルーゼとジオ・プロダクトの鍋

いまは亡き、有賀さんのお母さまが愛用していたル・クルーゼの鍋(右)と、さまざまな調理に対応できるジオ・プロダクトのステンレス鍋

2011年に、受験生の息子が朝なかなか起きないので、朝食にスープを出してみたところ、起きてくれるようになったのがスープ作りのきっかけです。それをスマートフォンで撮ってSNSにアップしたら意外とみんなが反応してくれ、楽しかったのでスープ作りも続くようになりました。2016年に初めてスープの本を出版したので、「スープ作家」になってからは7年になります。

以前はライターをしていて、料理は、どこかの飲食店で働いていたわけでも、学校で習ったわけでもありません。主婦として毎日ご飯を作っていただけです。でも、仕事は忙しかったので、限られた時間でも「こうしたら美味しくなる」ということを考え続けてきたことが今、役に立っているような気がします。

仕事場のキッチンの壁に飾られたイラストは、有賀さんが描いたもの

スープという料理は何でも受け入れてくれるといいますか、どんなものでもスープになるし、どんなものからもダシが出ます。私はスープの概念を少し広げてみて、野菜がたっぷり入った、汁気が多い煮物みたいなところを目指しています。みなさん忙しい中、日々料理をしなきゃいけない。買ってきたものだけだと栄養も満足感も足りない。そんな時、家で作るスープがあるといいと思うんです。

スープ作家になり、おすすめの鍋を聞かれまくるようになる。

スープ作家を名乗る前は、「ちょっと料理が好きな人」くらいでしたし、自分が料理をする時は、たくさんの鍋を使いこなしていたわけでもなく、むしろ1つで済ませたい派。でも、こういう仕事柄、「どんな鍋がいいですか?」という質問をめちゃくちゃ受けるようになって、「この鍋は使ったことがないから分かりません」というわけにもいかず、いろいろ買っては使ってみるようになりました。鋳物やステンレスの鍋はどれがいいのか、自動調理鍋や保温鍋はどうなのか、ということをやっているうちにどんどん増えていったんです。

ル・クルーゼはフランスの鋳物ホーロー鍋で、カラーバリエーションも豊富で人気ですよね。私もいろんなサイズや色の鍋を10個くらい持っています。ル・クルーゼを使い始めたきっかけは母です。義妹が母にル・クルーゼの鍋をプレゼントしたところ、「使ってみたらすごくよかった!」と感動し、今度は母が私や妹に買ってくれたんです。早速、肉じゃがを作ってみたらすごく美味しくて、「鍋でこんなに違うんだ!」と思ったのはこれが最初でした。このオレンジ色のル・クルーゼの鍋は、母が使っていたものです。2016年に母が亡くなり、実家を整理しているときにこの鍋をもらい受けてきました。

黒く焦げても使い続けているル・クルーゼの鍋。ジオ・プロダクトの鍋は手頃な価格ながらも、使い勝手の良さが気に入っている。

このオレンジのル・クルーゼは直径20cmのもので、鍋の側面と底面の間のカーブの丸みが大きくて、具材を混ぜやすいところが気に入っています。使いすぎて焦げてしまって、ホーローの意味をなしていないかもしれませんが、スープを作るうえでは全く困らないので、具材の多いスープをことことと煮込む時などによく活用しています。

もうひとつはジオ・プロダクトというステンレスの片手鍋で、直径16cmと18cmを持っています。これは服部栄養専門学校校長の服部幸應先生が監修した、新潟県燕市で作られているもので、ネット通販で買いました。ステンレス鍋はフィスラーやビタクラフトといった海外製のものが有名ですが、ジオ・プロダクトはお値段がお手頃なのに、7層構造でしっかりしているのがいいですね。鍋の縁の部分が、「ウォーターシール」という本体とフタが密着することで鍋を密閉させる構造になっているのもポイント。この鍋はオールラウンダーで、具材を焼いたり、炒めたりしてからスープを作る時によく使っています。

鍋の縁の処理がきちんとできているのは、いい鍋の証拠。「ウォーターシール」でしっかり密閉できるため、蒸し料理でも大活躍。

鍋は「大は小を兼ねる」で決めるべからず。

鍋を選ぶポイントもよく聞かれるのですが、調理道具はすごくフィジカルなもの。手に持ってみて、手に馴染むかどうかなど、自分の感覚を大事にしたほうがいいと思っています。ル・クルーゼの鍋は人気ですが、鋳物で重いのが難点。女性は腕が細くて力が弱い人も多いので、重くて使わなくなってしまうことも多いんです。「どうせ買うなら、いい鍋を」「大は小を兼ねるで、大きい鍋を買っておこう」と思う人は多いと思います。実際、鍋は一度買うと長く使い続けるものなので、多少いいものを買うのはありだと思います。ル・クルーゼは高価なので、重くて結局使わなくなった、ということになりかねないよう、買う前に一度お店で実際に持ってみることをおすすめします。鍋に水や具材が入るともっと重くなるので、そのこともお忘れなく。

あと、鍋のサイズも重要です。というのも、大きな鍋で2人分の味噌汁を作ろうとした時、直径が大きいと入れた水も浅くなり、具材が充分に水に浸からないうえに蒸発しやすくなります。逆に小さい鍋で煮物をしようとすると、具材がぎゅうぎゅうになってしまいます。靴を選ぶ時に、「どうせ買うなら大きい靴にしよう」という人はいないはずで、0.5cm違うだけでも気になるもの。鍋も、作るものや量に合わせて、サイズを使い分けるのが重要です。

以前、絵画教室に通っていて、油絵や水彩画を描いていたという有賀さん。「手を動かして何かを作るのが好きなんでしょうね。今は料理でそれが満たされているのですが、時間ができたら久々に絵も描いてみたいです」。

私が作るスープのレシピは、スーパーで手に入る食材で、焼く、茹でる、蒸す、煮るといった基本的なものに、ちょっといつもと違う味付けをする、といった感じのものが多いんです。私のレシピを作ってみて気に入ってもらえたら、何回も作るうちに自分なりのアレンジを加えていただけるとうれしいです。そうやってその人に馴染んでいって、いつかは「うちの定番だね」となっていく。誰かの家の、その家の味にしてもらうのが私の最終目標なのかもしれません。

取材・構成/𠮷川明子
写真/山本倫子

有賀薫(ありが・かおる)

スープ作家・料理家。受験生である息子を起こすために朝食にスープを作り始めたのをきっかけに、10年間毎朝作り続けたスープレシピをSNSで発信。シンプルで素材の良さを引き出したスープレシピが人気を集め、雑誌やテレビ、ラジオなどで活躍。著書に『スープ・レッスン』(プレジデント社)、料理レシピ本大賞で入賞した『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)、エッセイ『こうして私は料理が得意になってしまった』(大和書房)、『有賀薫のベジ食べる!』(文藝春秋)など多数。