各界で活躍する方たちに「これがないと困る!」という
「こだわり道具」をご紹介いただきます。
為末 大さん
Deportare Partners代表・元陸上選手

20個くらいのピーラーを試しましたが、
これに出合ってからは新しい物は買っていません。
貝印の「SELECT100 T型ピーラー」

「料理道具オタク」を自認する為末さんが20個のピーラーを試して行き着いた「異次元の皮むき器」。「本当にむけているの?」と思うほど、どんな野菜でもするするむける。
料理好き、かつ自他共に認める「料理道具オタク」です。料理道具を見ているだけで楽しい気分になれますね。中でもなぜかピーラーが最も気になって、見つけるとつい試したくなってしまうんです。これまでに買ったピーラーはおそらく20個くらいだと思います。そんな僕ですが、3年前に貝印のピーラーを使い始めてからは、新しい物は買っていません。「え! これで本当にニンジンの皮をむいているの?」というくらい、力を入れずにむけるんです。あの硬いカボチャの皮も難なくむける。他のピーラーとは劇的に違って、何でもするするとむける。しかも手に持ちやすい。これがあると、家にある野菜の皮を全てむきたくなってしまうという異次元のピーラーです。
衝撃的な使いやすさのピーラー。
周囲の人にプレゼントしています。
海外製の道具の方がスタイリッシュでいいなと思った時期もありましたが、だんだん機能性への関心が高まっていきました。貝印のキッチンバサミやフライ返し、おろし器を使っていて性能の良さは知っていました。ある時、「もしかしたらピーラーも貝印がいいんじゃないか」と閃いて、早速使ってみたというわけです。日本の刃物には、日本刃の製造で培われた技術が生かされていて、その切れ味の良さは海外でも高く評価されているそうです。うちのピーラーも3年ほど使っていますが、切れ味は衰えていません。
あまりにも衝撃を受けたので、知り合いに「ピーラーで困っていませんか」と聞き、「困っている」と言う人には「いい物があるんですよ」と言って差し上げているんです(笑)。4、5人になりますか。みなさん、「すごく使いやすいですね」と喜んでくれます。きっと料理でのストレスが一つ減っているはずです。
僕が料理をすると言うと、意外に思われる方もいらっしゃるようですが、きっかけは大学時代の寮生活で、寮生40人分の料理を1年生が作るという決まりがあったのです。おっくうに感じていた同期もいたようでしたが、僕はそれほど苦には感じずに、カレーや豚の角煮、麻婆豆腐などを作れるようになりました。ただ、料理が楽しくなったのは、家族ができてからです。息子が幼稚園児の頃は、週の半分くらいお弁当を作っていました。最近、みんなに評判がいいのは、ニンニクパウダーを混ぜた片栗粉をまぶして揚げる「白ナスの天ぷら」です。表面はカリカリに、中はトロトロで、病みつきになりますよ。もちろん、最初から完璧に作れたわけではなくて、「ここをこうしたら、より良くなるのでは」と考えて、次はやり方を変えてみる。そうやってコツコツ取り組んでいくと必ず結果は改善します。実はこの感覚は、僕が陸上の練習をしていたときと重なります。

為末さんが「もうひとつのこだわり道具」としてあげた中国のブランド「TIME MORE」のコーヒーミル。3年ほど前、宿泊先に置かれていた物を使ってみたところ気に入り、即購入した。「何台も試した結果、これが一番使いやすいし、何よりコーヒー豆を均一に挽けるんです」と絶賛。
その延長線上でいくと、おそらく農業も好きだと思うんです。土いじりも外で時間を過ごすことも好きですし、何より肥料のあげ方や土の作り方、水やり、水温などを、少しずつ変えて、その結果を見て、またやり方を変えるという、この繰り返しの作業は楽しいだろうなと思うんです。将来、自分が農業に熱中している姿が目に浮かびますね。
スポーツの語源は「デポルターレ」というラテン語で、憂さ晴らしや日常から離れるという意味です。日常生活というのは、「これをやらなければならない」ということや、一方で「これをやってはいけない」ということも多いですよね。体を動かすことで、そんな抑圧から解放される。それがスポーツです。僕が大好きなコーヒーもおそらくスポーツと似た存在で、日常から離れる時間を与えてくれる小道具のようなものなのかなと思います。
誰もが気軽に楽しめて、ストレスから解放される
新しいスポーツをつくりたい。

誰もが気軽に参加できる運動会「ニラリンピック2023」(山梨県韮崎市)にアンバサダーとして参加した為末さん。「スポーツはもともと日常から離れて楽しむ余暇の活動という存在でした。だからこの大会のように、もっと多くの人にスポーツを楽しんでもらいたいと思っています」。
現在、大きく分けて二つのことに取り組んでいます。一つはYouTubeやSNSで、自分が興味を持ったことをとことん調べて発信しています。例えば、「厚底シューズ」。陸上競技では、シューズは非常に重要なアイテムだったにもかかわらず、30年間、イノベーション(新機軸、革新)がほとんど起きませんでした。それがここへ来て、がぜん変わった。
厚底シューズを履いて走ると確かに記録は伸びます。でも、ただ履けば速くなるということではなくて、シューズに合わせて走り方を変えなければならないのです。また取材を進めると、パラリンピックで使われる義足と似た構造、つまりたわんで反発する物を靴の中に仕込んでいるようだということが分かってきました。ただし、陸上競技のルールに、「靴は助力行為を行なっていけない」という文言があります。厚底シューズで起きる“反発”は“助け”ではないのか、という課題が浮かび上がってきました。僕は陸上界で多くの経験をしてきて、そして今は引退して外側にいる。そういう立場だと発言しやすいし、調べやすいということが結構あるんです。これからも好奇心に従って調べて、そして発信していきたいと思います。
もう一つは、「新しいスポーツ」をつくること。例えばパン食い競走って、パンが思わぬ方向に動くから参加者全員がなかなか思うようにならないですよね? そういう「上手くいかないことが前提になるスポーツ」って、誰にとっても面白いのではないかなと思うんです。だから、パン食い競走の公式ルールを作って大会を開けば、大勢の人が参加してくれて、盛り上がるはずだと思っています。他にも、それまで一度もやったことがない人がいきなりやっても楽しめるスポーツや、勝ち負けがつかないようなスポーツを世の中に広げていきたい。スポーツは努力している人たちだけの特別なものではなく、「日常から離れる楽しみ」というイメージで楽しんでもらえたらと願っています。
取材・構成/宮本由貴子
為末 大(ためすえ・だい)
1978年、広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初めてメダルを獲得。シドニー、アテネ、北京と3度のオリンピックに出場。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2024年3月現在)。2012年に引退し、現在は、スポーツの関連事業を行う「Deportare Partners」の代表を務める。YouTubeをはじめ各種メディアで発信中。主な著書に『Winning Alone 自己理解のパフォーマンス論』(プレジデント社)、『走る哲学』(扶桑社)、『諦める力 勝てないのは努力が足りないからじゃない』(プレジデント社)、『熟達論 人生はいつまでも学び、成長できる』(新潮社)など。