各界で活躍する方たちに「これがないと困る!」という
「こだわり道具」をご紹介いただきます。
荒井康成さん
料理道具コンサルタント

見た瞬間に「これを使いたい!」と思いました。
「自分だけの本」を編集する気分で使っています。
「モレスキン」のノート

ゴッホやピカソなど名だたるアーティストたちに愛されてきたノートだが、1980年代に製本業者の廃業に伴い、一度姿を消す。1997年、イタリアの出版社が「モレスキン」として復活させた。
2008年に初めて「モレスキン」のノートを見た瞬間のことを、今でもはっきりと覚えています。独特な質感の黒い表紙、クリーム色の紙、ノートが開かないようにゴムバンドが付いていて、レトロで質実剛健だなと感じました。お店のポップには「ピカソが使っていた」と書かれていて、わくわくしました。
海外の雑貨や文房具を扱う店で働いていたこともあって、デザインのいいノートはたくさん見ていましたし、自分で使う物はいつも吟味して選んでいたんです。でも、モレスキンに関しては吟味する必要がなくて一瞬で決めました! そしてその後15年以上も、ずっと使い続けています。これを超える物に巡り合わないからです。

キッチンで過ごすことが多いという荒井さんの傍にはいつも、まな板、包丁、そしてモレスキンのノートがある。
僕は「料理道具コンサルタント」をしています。この肩書きは自分で考えました。輸入雑貨の商社やフランス製料理道具のメーカーに勤めた経験を生かして、世界各国の料理道具の魅力を伝える文章を書き、料理関係の広告のスタイリングや動画の制作もしています。キッチンで新しい道具を使ったり、食材を切ったりしながらメモすることが多いんですが、このノートはとても使いやすい。表紙に撥水(はっすい)加工が施されていて、180度パタンと開く。値段は普通のノートの10倍くらいしますが、自分への投資だと思っています。
スマホを置き忘れたことはありますが、
モレスキンだけは無くしたことがありません。
最近は4種類のノートを並行して使っています。一番よく使うA4サイズのノートはスケジュール帳兼日記帳(19×25cm)として使っています。他に、レシピを書き留める物(9×14cm)、自分がスタイリングしたコーディネートを撮影してアルバムのようにしている物(9×14cm)、落ち葉をコラージュしたりイラストを描いたりしている大判の物(29.7×42cm)があります。この15年間で20冊くらい使っていますが、仕事の軌跡が詰まっているので全て大事に取ってあります。

葉っぱをコラージュしたり、イラストを描いたりと、自由な発想で使っているノート。罫線が入っていない無地が好みだそう。
スマホを置き忘れてしまったことはありますが、モレスキンのノートだけは無くしたことがありません。正確に言うと、一度だけ置き忘れたことがあったのですが、「これ、荒井さんのじゃない?」ということで無事に返ってきました!
僕が使い始めた頃は、日本ではモレスキンがあまり有名ではなかったこともあって、「自分だけの特別な物」として、ひっそりと使っていたんです(笑)。でも、日本でモレスキンに関する本が出版され、フェイスブックに世界中のモレスキン愛用者のコミュニティーがあるということを知ってからは、モレスキンの魅力を積極的に周囲に伝えるようになりました。講師を務めていた専門校の生徒に贈ったこともあります。
これだけ愛してやまないモレスキンのノートが、もしも再び途絶えてしまったら、しばらく落ち込むだろうと思います。その後で、知り合いの作家に頼んでオリジナルのノートを作ってもらうかもしれませんね。
「世界の鍋」をテーマにした絵本を描いて、
子どもたちに各国の文化や歴史を伝えたい。
2004年に母が亡くなりました。母が30年間ずっと使ってきた、無数の小さな傷が付いたまな板を見て、「これは捨てられない」と思い、僕が使うことにしました。不思議なもので、そのまな板がきっかけとなって、世界で最もまな板を使うとされる日本の食文化に興味を持ったのです。

「一番上のまな板が母から受け継いだ物で、母と僕で合計60年くらい使っています。“うちの味”まで引き継いだような気がしています」と荒井さん。
海外の方は鍋の上でペティナイフを使って野菜を切ることが多く、まな板をほとんど使いません。会社員時代にフランスで開かれた展示会で、僕がまな板の上で野菜を切っていたら、珍しがられて写真を撮られたこともあります。一方、木材に恵まれた日本では、肉を切るときには脂の染み込みやすいサクラ材、魚には湿気や匂いを吸ってくれるヒノキ材、野菜にはトントンと勢いよく切っても包丁を傷めないイチョウ材のまな板という具合に使い分けていました。すごい知恵だなと感心しました。そして、本格的に料理道具と向き合い、仕事にしようと思ったのです。
私たちが何気なく使っている日本の三徳包丁も、すぐれものです。海外のナイフは、手前から向こうに押して切る物が多いのですが、日本の包丁は押しても、引いても、上から真っ直ぐに振り下ろしてもスパッと切れるのです。刺身の断面も、ほれぼれするくらい美しいですよね。こんなまな板や包丁に支えられている日本の食文化を誇らしく思っています。
いつか「世界の鍋」をテーマにした絵本を作りたい、その映画も撮りたいと思っています。世界にはさまざまな鍋があります。例えば、メキシコには溶岩を削って作る脚付きの鍋「モルカヘテ」があります。サルサを作るときにスパイスを砕く、すり鉢としても使う物で、どの家庭にもあると言われています。環境先進国といわれるスウェーデンでは、使わなくなった鉄道のレールを溶かして、鍋にリサイクルすることもあるそうです。
そして、日本にも特殊な形状をした羽釜(はがま)があります。海外の人から「なぜ鍋の底が丸くなっているの?」とよく質問されます。丸いとお米が踊りやすくなり、均一に加熱されるんです。私たちが長い間、主食として食べてきたご飯をおいしく炊くために、さまざまな工夫を凝らしてこの形に落ち着いたのです。料理道具はその国の風土と密接な関係があり、文化や歴史と結びついています。子どもたちにそんなことを感じてもらえれば、と願っています。
取材・構成/宮本由貴子
荒井康成(あらい・やすなり)
1968年、東京都生まれ。輸入雑貨商社や外資系の料理道具メーカー勤務を経て、「料理道具コンサルタント」として独立。2010年、執筆、スタイリング、撮影を全て自らが担当した『ずっと使いたい 世界の料理道具』(産業編集センター)を出版。11年から、食の情報誌でコラムの執筆や、料理関係のスタイリング・撮影などを手掛ける。近年は、販促物の制作や広告の動画制作にも活躍の場を広げている。