私のこだわり道具

各界で活躍する方たちに「これがないと困る!」という
「こだわり道具」をご紹介いただきます。

第5回

武田砂鉄さん

ライター

「この一行」に貼れる極細付箋。“ギタリストの
ピック”のようにあちこちで待機させています

100円ショップ「Seria」の蛍光半透明ふせん極細

ギタリストはライブの時にいろいろな所にピック(ギターを弾くための道具)を忍ばせますよね。ギターのピックホルダーやマイクスタンドに挟んだり、衣装のポケットに入れておいたり。演奏を止めないために、次のピックをすぐに取り出せるようにあちこちにスタンバイさせておく。

本を読む、原稿を書くということを仕事にしている自分にとっては、付箋と赤ペンがそういう存在です。本を読む時は気になった箇所に付箋を付けていきます。時には赤ペンで感想や思いついたことを書き込む。「この一文!」と思った時には「ゼロコンマ何秒」という素早さで付箋を付けたいんです。そこまで急いでいるのか、と言われれば、まあ、もちろんそんなことはないんですが。

でも、「その時の感覚」をビビッドに残したいと思って、いろいろ探してたどり着いたのが、ちょうど一行分くらいの極細で半透明の付箋です。数年前に近所の100円ショップ「セリア」で出合い、「これだ!」と。それからは一途です。使いやすくて気に入っているので、知人にプレゼントすることもあります。昔は、この2.5倍くらいの幅の「だらしないピンク色」をした、よくある付箋を使っていましたが、粘着力がやや弱いし、「ここ」というのがわかりにくかったんですよね。

武田さんが近所の100円ショップで出合った“運命の付箋”。旅先などで、残りが少なくなってくると、そわそわしてしまうそうだ。

付箋の箇所を読めば、いつでも最初に読んだ時の体感がよみがえる。

一冊読み終えると、とりあえず、付箋を付けた箇所だけを読み返してみます。特に心に引っ掛かったところは、付箋を少し上に出っ張らせます。その「ぴょっ」と飛び出たところだけを見れば、自分にとって、特に印象的だった箇所がすぐに分かる。書評を書く時などに引用するところは、後から見やすいように付箋を横に貼り直します。そうしておくと、しばらく時間が経ってから読み返しても、付箋の位置を見れば、その時の自分がどのように読んだかという体感が残っている。

幅が4ミリと極細なので、ピンポイントに文章をマークできる。長さは44ミリあるが、半透明で下の文字を隠さない。大事な場面では、付箋がはがれないように、根元をマスキングテープで固定する。

よく行くセリアの店舗では、自分がその極細付箋を一番買っているかもしれないですね。だいたい、いつも7、8個を手に取り、セルフレジで、ひたすら「ぴっ」「ぴっ」ってやります。在庫が少なくなっていたら、「誰だよ(買ったやつは)」と内心思いながら、不安になってごっそり買います。付箋をプレゼントでいただくこともあるんですが、「浮気」はできないんですよね。

本が大好きで、とにかく常に何かしら読んでいます。布製のブックカバーを付けて読むのですが、その見返し部分にポケットがついているんです。この付箋がそのままちょうど入る大きさなので、いつもそこに入れています。付箋と赤ペンは「あ」と思った時にすぐに使いたいので、さまざまな所でスタンバイさせているんです。

この付箋は1個で300枚もあるので、「付け放題」なのですが、出張や旅行先で調子に乗っていつものように付けていて、残りが少なくなってくると、そわそわしますね。なくなってしまうのが怖くて、本来なら貼っているはずの箇所全てには貼れず、厳選しなければならない事態に陥ります。まさに、これがないと仕事がおろそかになってしまうんです。

歯ブラシ立てとして使っていた物をペン立てに転用。ちょうどいい「遊び」が使いやすいそう。何かを思いついたら、その瞬間を逃さないように、あらゆる場所で“待機”させている、この赤ペンでメモする。

ラジオの生放送では「今、ここで喋っている」感じを大事にしたい。

自分はライターで、書くことが仕事です。それしかやっていないし、できない……はずなんですが、3、4年くらい前からラジオ番組のパーソナリティをやっています。いまだに「ああ、なぜか自分がラジオで話している」という不思議な感覚があります。

ただ、子供の頃から、ラジオは身近な存在でした。実家では、学校に行く前も帰ってきてからも、ずっとラジオが流れていました。いつもの人が毎日、長い時間、いろいろなことを話している。小学生の頃は半分くらいしか理解できなかったけれど、「今、そこでやっている」という感覚が好きでした。今、担当している番組も生放送なので、「今、ここで喋っているんだぞ」という感じを大事にしたいと思っています。

TikTokみたいに、メディアがどんどん手短になって、「シンプルに情報を伝えることが何よりだ」みたいな感じになっていますが、ラジオを聴いてくださる方は「ある程度じっくり聴きますよ」という姿勢の方が多いと思います。SNSだと「いいですよね」っていう評価がすぐ目の前に来るけれど、ラジオは、川を挟んだ向こうから歓声が届くみたいな、ほどよい近さがある。ポッドキャスト番組も増え、ラジオの生放送が少なくなってきています。このシステムが失われたら、後からあえて作る人はいないかもしれません。貴重なものだと思いながらやらせてもらっています。

ライターでありながら、ラジオで冠番組を持つ武田さん。幅広いテーマについて淀みなくトークを繰り広げる。穏やかな語り口と耳に心地よい低音も魅力。

今年の春からは、TBSラジオで毎週金曜日に「武田砂鉄のプレ金ナイト」という番組をやっていて、ゲストをお招きして話をしてもらったり、話題の本を紹介したりしています。そこでも、この極細付箋が活躍しています。ゲストの方の著書の一部や、話題の本の気になる一文を読み上げる時に付箋が付いたページを開けば、バタバタすることなく、即座に目的の文章にたどり着けるので、本当にいいですね。こういう時は付箋の根元にマスキングテープを貼って念を入れています。生放送の本番中に、付箋がぺろっと取れていたら、焦りますから。

この付箋が廃番になったら本当に困りますね。廃番って決まったら買い占めることになるでしょうねえ。フィルムがなくなると発表された時に、カメラマンが買い占めたように。

セリアさん、300円になっても必ず買いますから、廃番にしないでください!

取材・構成/宮本由貴子
写真/後藤 勝

武田砂鉄(たけだ・さてつ)

1982年、東京都生まれ。出版社勤務を経てライターに。2015年、デビュー作『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。近著は『なんかいやな感じ』(講談社)。他に著書、雑誌連載多数。現在、TBSラジオ『武田砂鉄のプレ金ナイト』(毎週金曜日22時~23時30分)や、文化放送『大竹まこと ゴールデンラジオ!』(毎週月曜日〜金曜日13時〜15時30分)の火曜日に出演中。