私のこだわり道具

各界で活躍する方たちに「これがないと困る!」という
「こだわり道具」をご紹介いただきます。

第6回

桜沢エリカさん

漫画家

デビュー前に『まんが入門』で
紹介されていた「Gペン」。
40年間、一途に使い続けています。

ゼブラの「Gペン」

ペン先が消耗すると取り替えて使っていく。消耗が遅いという触れ込みのチタン製を使っていたこともあるが、値段が10倍くらい高く、そこまで消耗のスピードが違わないので、クローム製の物に戻った。

「Gペン」をご存じでしょうか? 「名前だけは聞いたことがある」という方が多いかもしれません。ペン軸の先端にペン先を差し込み、インクをつけて描く「つけペン」の一種で、漫画家やイラストレーターがよく使っています。弾力があり、しなるペン先が二股に分かれているので、筆圧の強弱によって太い線や細い線が自在に描けるのです。

私は10代でデビューした頃から現在に至るまで、主にゼブラ製のGペンに墨汁を付けて漫画を描いています。赤塚不二夫先生が監修された『まんが入門』(小学館)で紹介されていたのがきっかけです。製図用の「ロットリングペン」を使ったこともありましたが、私には曲線が描きにくくて、あまり使わなくなりました。髪の毛やまつ毛の1本1本を描き分けられる非常に繊細な「丸ペン」で作品を描き通したいと夢見たこともありますが、ぐいぐい描けなかったので諦めました。……というわけで、もっぱらGペンと、エッセイ漫画はミリペン(サインペンの一種)にお世話になっています。使っているうちにペン先がすり減っていきますが、私はそのすり減った物と下ろし立ての物、2本を使っています。力を込めて描くので消耗が激しく、大体16ページ描いたところで新しいペン先に取り替えます。

Gペンが廃番になると本当に困るので、
すでに結構な量を買い溜めしています。

「製図用や漫画用のインクで描く人もいるけれど、私は黒々している墨汁が一番、使いやすいです。手が真っ黒になっちゃいますけれどね」と桜沢さん。絶対に欠かせない道具はGペンと墨汁と修正液。

私が手描きした絵をスキャンして、アシスタントさんに修正してもらったり、背景や髪の毛にスクリーントーンを貼ってもらったりしています。漫画界もご多分に洩れず、ものすごい勢いでデジタルに移行しているので、使う人が減ってしまったスクリーントーンが消滅の危機に陥り、メルカリで買ったこともあるくらい。Gペンが廃番になると本当に困ってしまうので、すでに結構な量を買い溜めしています。

「デジタル寺子屋」と称して、漫画家の仲間数人とデジタルで描く方法を学んだこともあります。でも、線を一本引きたいと思っても、何百種類もの中から、太さや濃さなど自分のイメージ通りの一本を選ぶのは気が遠くなるような作業で、「手で描いた方がずっと早い」と思ってしまいました。それに、例えばまっすぐな線を描こうとすると、デジタルの場合、均一で味気ない線になり、「桜沢エリカ味」が薄まってしまうような気もします(笑)。ただ、大先輩の萩尾望都先生がデジタルで描かれていたり、同じく大先輩の一条ゆかり先生もデジタルの方が拡大できて見やすいとおっしゃっていたりするので、もしかすると私も将来的にはデジタルに移行しているかもしれませんね。

力を入れるとペン先の二股部分が大きく割れて、墨汁がたっぷりと出るので、太い線が描ける。軽く押しつければ、細い線になる。仕事場兼自宅は閑静な住宅街にあり、時折、鳥のさえずりも聞こえてくる。

私の制作方法はアナログですが、これまで出版した作品のほとんどはデジタル化されています。今は皆さん、スマホやタブレットでスクロールして読みますよね。でも、作り手からすると、見開き単位で構図やストーリーを考えて作っているので、縦読みされるのは想定外なんです。デジタルだけで公開している作品もあるんですけれど、それがいつか単行本になることを想定して、つい見開き単位で描いてしまいます。まだアナログの思考回路に捕われていますね(笑)。

バレエの世界観が好きで、いまバレエをテーマにした新作の準備をしています。

手塚治虫先生の息子さんの手塚眞さんが携わられて、2023年11月の『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)に『ブラックジャック』の新作が発表されました。最新鋭の生成AIを使って生み出されたもので、衝撃を受けました。

今は、ありとあらゆる便利グッズが揃っていて、絵が描けない人でも漫画が描けてしまいます。物や風景はもちろん、人物さえも、写真を取り込み、それをデジタルに変換して手を加えればいいんです。眉を太くしよう、髪型を変えようなど、無限にアレンジできます。そもそもAIに希望を伝えれば、その通りに描いてくれます。誤解を恐れずに言えば、漫画は人にしか描けないという時代は終わったのです。ただ、その作品が読者に愛されるかどうかは別の問題。超えられない「何か」があると信じています。

私は、自分が読みたいと思うような作品を描きたいと、いつも思っています。仕事場で机に向かって、ああでもない、こうでもないと、頭の中の物をぎゅうぎゅうっと絞り出しています。仕事から離れて何かをしていても、常に「これは漫画に繋げられるかな?」と考えてしまうんです。

『不思議の国のアリス』やバレエ、着物、歌舞伎、キティちゃん……、桜沢さんの「好き」が詰まった本棚。制作の源泉でもある。

その日、その場でしか味わえない一期一会の世界が好きで、生のステージをよく観に行きます。特に好きなのはバレエ。30代に入ったころからずっと年に数十回は観ていますし、気に入った公演は期間中に何度も観に行きます。バレエは、オーケストラがあって、舞台美術があって、そこで訓練を重ねたダンサーが全身全霊で踊るという総合芸術。そういう緻密に作り上げられた華やかな世界に無性に惹かれます。

今、バレエをモチーフにした作品を描くための準備を進めています。19世紀から20世紀初頭のクラシカルなバレエの話もいいし、現代物もいいし……と、あれこれ思いを巡らせているところです。バレエの漫画を描いていていると、気持ちが昂ります。そんなわくわくを皆さんへお届けしたいと思っています。

取材・構成・写真/宮本由貴子

桜沢エリカ(さくらざわ・えりか)

東京都出身。10代で漫画家としてデビューして以来、コミック誌やファッション誌など多方面で活躍中。『メイキン・ハッピィ』(祥伝社)や『スタアの時代』(光文社)、『バレエ・リュス ニジンスキーとディアギレフ』(光文社)など著書多数。自身の子育てや猫たちとの暮しを描いた『今日もお天気』シリーズ(祥伝社)、『家事しない主婦と三世代の食卓』(集英社)、『シッポがともだち』(集英社)などのエッセイ漫画にも定評がある。趣味のバレエや歌舞伎鑑賞、着物のことをブログにつづっている。