韓国ドラマ座談会 韓国ドラマ座談会

1話の中で何度も山場が来る計算された脚本。

松本
ここまでのお話の感じですと、
韓国ドラマは、何だか社会問題を
シリアスに描いた作品ばかりのように
思う読者の方も
いらっしゃるかもしれませんが……。
ぜんぜん違うよね!(笑)
松本
韓国ドラマは、笑いと涙、
ロマンチックな恋のときめきや、
ハラハラ、ドキドキのサスペンスを描くのが上手。
それから人と人の関わりの濃密さ、
人なつこさも面白いと思います。
韓国にはびっくりするような
人間関係があるんですよ。
ドラマでも、「えっ? 何で夫が浮気した女性と
一緒にご飯食べるの?」なんて光景がよく出てくる。
一度、袂を分かっても終わりじゃない。
韓国の“人間関係の再生産”は、
ドラマの面白さにも影響していると思う。
松本
グローバル化してきた韓国ドラマですけど、
ローカルな文化を伝える良作も多い。
私たちのブルース』では済州島、
海街チャチャチャ』では海辺の町を舞台に、
地方で生まれ、恋をして、老いていく
男女の喜びと悲しみ、かけがえのない人生を
描いています。

50代の中年男女が歌う、人生への応援歌 私たちのブルース(2022年)

우리들의 블루스
出演
イ・ビョンホン、シン・ミナ、チャ・スンウォン
配信
Netflix

海辺の町が舞台の大人の青春ラブストーリー 海街チャチャチャ(2021年)

갯마을 차차차
出演
シン・ミナ、キム・ソンホ、イ・サンイ
配信
Netflix
寺脇
バトミントンに打ち込む少年少女を
描いたスポーツドラマ『ラケット少年団』も、
海南という地方の町を舞台にしていました。
都会と田舎の格差や対比が描かれていたのも、
興味深かった。
そうした作品とはちょっと違うけど、
マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん〜』なんかも、
困難を抱えた女性と
大企業の部長のおじさんの物語で、
競争社会のしんどさとともに
人間の優しさというものが
じんわりと伝わる秀作です。
松本
韓国ドラマは、ラブロマンスでも何でも、
家族の物語が描かれますね。
私は小説家として、その点も好きなんです。
主人公が育ってきた家庭の色々な物語が分かるからです。
また、おばあちゃんから孫まで出てきて、
あらゆる世代が感情移入できますね。
それは、韓国が儒教社会だからなんでしょうね。
松本
そうか、儒教!
私は逆に、
そういう物語が出てくると辟易とする(笑)。
温かい家庭なんて現実にはそうそうないし。
寺脇
でも、確かに、日本の恋愛ドラマには、
家族はあまり出てこないですよね。
辛さんもおっしゃるように、
家族もいい話ばかりじゃない。
親との軋轢だってある。
韓国ドラマは、
家庭の問題にも切り込んでいきますが、
最近の日本のドラマは、
そこを描かないようにしているようにも思えます。

地方都市を舞台に部活少年たちの奮闘を描く青春活劇 ラケット少年団(2021年)

라켓소년단
出演
キム・サンギョン、オ・ナラ、タン・ジュンサン
配信
Netflix

中年3兄弟と心を閉ざした女性が癒し癒されていく感動作 マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~(2018年)

나의 아저씨
イラスト/西村オコ
出演
イ・ソンギュン、IU、コ・ドゥシム
配信
Amazonプライムビデオ、Netflix、U-NEXT、Lemino、Hulu、FOD

200人もの脚本家を抱える
韓国のドラマ制作会社。

松本
韓国ドラマの素晴らしさは色々ありますが、
一つだけと言われたら、やはり脚本ですね。
それは言えます。
松本
だいたい15分ごとに、
場面転換や新しい発見を用意していて、
視聴者を飽きさせない。
1話の中で山場を何回入れようとか、
計算して作られていると感じます。
例えば兵役は日本人には馴染みがないけど、
そういった知らない世界にも
ちゃんと引き込んでくれる力が、
韓国ドラマの脚本にはあります。
松本
韓国ドラマは、1話が60~70分ぐらいある。
話数も多くて、例えば日本でも有名な時代劇
宮廷女官チャングムの誓い』は54話もあって、
日本の大河ドラマよりも長い。
日本のドラマが小型の自動車だとすると、
韓国ドラマは巨大ブルドーザーのような
迫力で押し寄せてくるんです(笑)。
しかも、登場人物が多くて、
設定も複雑で内容に深みがある。
私は小説家なので、小説に書き起こしたら
どうなるだろうと思って観るんですけど、
愛の不時着』などは、1話で1冊の小説本になる
ボリュームがあります。
寺脇
『愛の不時着』は16話なので、
16冊の小説にできる……と。

女官チャングムの激動の半生を描く大ヒット時代劇 宮廷女官チャングムの誓い(2003年)

대장금
イラスト/西村オコ
出演
イ・ヨンエ、チ・ジニ、ホン・リナ
配信
Amazonプライムビデオ、Lemino、U-NEXT、ABEMA
松本
それと、最近の韓国ドラマは、
世界の市場を目指しているので、
脚本にグローバル・スタンタードの
価値観を取り入れています。
人種、民族、女性、障害者などへの
差別に配慮しながら、
抜群に面白い脚本を書いている。
脚本家と製作者の意識の高さに感心します。
また視聴者も、
その価値観を理解していると思います。
編集部
昨年、日本のテレビ局で放送された
ドキュメンタリーで、
韓国ドラマの制作会社の制作システムを
詳細に取材していました。
松本
私も観ましたが、驚きました。
ある大手制作会社は200人もの脚本家を抱えていて、
報酬はドラマ制作後の支払いではなく、
先払いで支払う。
つまり生活を保障したうえで、
書きたいものが書ける環境、
才能を発揮できる環境を用意しているんです。
へぇ~、そうなんですか。
松本
でも、たくさんのプロデューサーがいて、
その審査を通り、書き直しをしなければ、
作品が日の目を見ることはない。
才能がある1人の脚本家の力に頼るのではなく、
ヒットを生み出す製作システムが、
一つの産業として
できあがっていることを感じました。
寺脇
韓国は国策として、
エンターテインメント産業に力を入れてきましたが、
業界の中にも戦略がきちんとあるんですね。
2004年頃だったかな、
これから新たな取り組みをするという
韓国の芸能プロダクションの人を
訪ねる機会があったんですが、
「十何年後には
世界制覇をするところまで行く」と言って、
いろいろな計画を立てていました。

大学で演技や演出・脚本の
勉強をする韓国の俳優。

あと、韓国ドラマの魅力は、
やっぱり俳優の演技力。
松本
有名な俳優だけでなく、
名前をよく知らない俳優も、
演技のうまさに感動することがあります。
韓国の俳優は、
大学の演劇科で学んだ人が多いんですよね。
どんな勉強をするんだろうと調べてみたら、
ドラマの演技だけでなく、
古典劇の舞台の授業や、
自ら短い脚本を書いて
自分が演出する側にまわる授業などもある。
現場をさまざまな立場から多面的に学び、
プロの俳優を育成しています。
つまり、単にかわいいから、
カッコいいからスカウトされて俳優になった、
というわけではないということ。
寺脇
最近は、韓国映画で活躍していた俳優の姿を
ドラマでよく見るようになりました。
政治ドラマ『補佐官』も、
日韓合作映画『KT』のキム・ガプス
大ヒット映画『王の男』のチョン・ジニョンが、
アクの強い登場人物を熱演し
存在感を放っていました。

権力の頂点を目指す男の熾烈な政治サバイバル 補佐官(シーズン1、2)(2019年)

보좌관 - 세상을 움직이는 사람들
Netflixシリーズ『補佐官』シーズン1~2独占配信中
出演
イ・ジョンジェ、シン・ミナ、イ・エリヤ
配信
Netflix
編集部
「韓国ドラマが、なぜすごいのか」
という点はだんだん分かってきましたが、
そもそも皆さんは、何をきっかけに
韓国ドラマを熱心に観るようになったのでしょうか。
私、寺脇さんがハマった理由を知りたい!
寺脇
正直、韓国ドラマばかりを
観ているわけじゃないんですけど(笑)。
私は、若い頃は韓国には関心がなかったんです。
非常に遠い国というふうに思っていた。
それと、私は高校時代から映画評論を
書いていたんですけど、
40代ぐらいまで
日本映画しか観ないことにしていた。
松本
日本映画だけ……、それは意外です。
寺脇
ところが、2000年代に入り、
文化庁で日韓文化交流を担当することになり、
それには韓国映画を観るのが
一番早いかなと思い……。
じゃあ、文部省の役人だった
寺脇さんにとっての「業務」だったのね。
寺脇
最初はそうでした。
でも、03年に韓国に初めて行き、
釜山国際映画祭で韓国映画界の
急速な発展ぶりを目の当たりにした。
なかでも、イ・チャンドン監督の
ペパーミント・キャンディー』は、
韓国社会のこともよく分かるし、
これはすごいなと思った。
それで、ワーッと
韓国映画を観るようになったんです。

一人の男の人生を通して激動の韓国現代史を描く ペパーミント・キャンディー(1999年)

박하사탕
イラスト/西村オコ
出演
キム・ヨジン 、 ソル・ギョング
配信
Hulu、U-NEXT
松本
韓国映画が、
韓国ドラマの入口になったんですね。
寺脇
そうですね。
今や世界的に認められる韓国ドラマですが、
何か先陣を切って始めるのは
今でも映画だと思います。
韓国映画が突破口になって、
それが当たると、
ドラマでも扱われるという流れです。
松本
韓国は、映画にドラマ、音楽と、
エンタメに元気がありますね。
最近は、コスメやメイクなども
女性に注目されています。
韓国は、資源がない国だから、
ソフトを売っていくことに
力を入れていくしかない。
軍事独裁政権でずっと抑圧されていたから、
それが花開いたのは2000年以降。
私の感覚では、
韓国エンタメは2015年を境に
爆発的に伸びたんじゃないかと思います。
第4回(7月21日公開)に続く
構成/高山和佳 撮影/吉﨑貴幸