韓国ドラマ座談会 韓国ドラマ座談会

とにかく笑えて泣ける『私たちのブルース』。

編集部
ここまでたくさんの作品名が挙がりましたが、
韓国ドラマをこれから観ようという方に
「とにかく、これは絶対オススメ!」
という作品を教えてください。
松本
最近観た中では『私たちのブルース』は
自信をもってオススメします。
さまざまな主人公が出てくる
アンソロジー形式です。
寺脇
ヒューマンドラマの
名作と言われていますね。
松本
先ほど、この作品には
ダウン症の俳優が出演していて
革新的だという話が出ました。
もちろんそうした試みも
評価されるところですが、
脚本が素晴らしい! 
ノ・ヒギョンという著名な脚本家が書いています。
『私たちのブルース』は“50代を中心にした
全世代型ドラマ”なんです。
人生の半ばもすぎた50代の中年男女をメインにして、
その子ども世代の思春期の高校生たちも出てくれば、
親世代の死にむかっていく高齢の女性も出てくる。
“大人のドラマ”と言えると思います。
松本
ドラマの舞台は済州島ですが、
リゾート地ではなく、庶民的な市場。
タイトルのとおり、生まれて、恋をして、
身ごもって、産んで、育てて、
命をまっとうして死んでいく
私たちのブルース(悲しみや喜び)が
人間愛をこめて描かれます。
大スターのイ・ビョンホンが、
少し影のある行商のおじさんを
見事に演じています。
イ・ビョンホン、
すごい変わりぶりでしたね。
あの派手なセンスのないズボンを履いて、
手拍子と足踏みで踊りながら
物売りをする姿にも驚いた。
韓国では、90年代までは
ああいう行商のおじさんをよく見たけど、
今はおそらく見られない。
「えっ、イ・ビョンホン、その踊り、
どうやって習得したの?」と(笑)。
松本
あの行商の踊りは、
本当にあったんですね。
そうなんです。ほんとリアル!
松本
イ・ビョンホン扮する中年の男と
母の物語には、泣きました。
お互いに意地をはって、
心にわだかまりがある親子の別れ……。
あれは泣けますよね。
韓国の地方社会で女性が
どう生きてきたのかが
よく分かるドラマでもありました。

50代の中年男女が歌う、人生への応援歌 私たちのブルース(2022年)

우리들의 블루스
出演
イ・ビョンホン、シン・ミナ、チャ・スンウォン
配信
Netflix

辛さん絶賛、韓国の歴史ドラマの
ナンバーワン『緑豆の花』。

松本
辛さんの「これは絶対に観て!」
という作品は何ですか?
緑豆の花』が、
私史上、韓ドラの歴史ドラマのナンバーワン。
さっきも少し話しましたけど、
このドラマは「甲午農民戦争」を
扱っているんですね。
編集部
甲午農民戦争について簡単に教えてください。
1894年に朝鮮南部で起きた
農民たちの蜂起のことで、
「東学党の乱」とも言われています。
東学は、「人すなわち天」が教えで、
人間の尊厳と平等を掲げていた。
この東学党の人々には、
本当に切ない歴史があるんです。
国家に託され朝鮮の民衆のために
立ち上がったにもかかわらず、
国王に無残に裏切られてしまう。
1900年前後の朝鮮と日本の関係、
そして日清・日露戦争のベースとなる
近代朝鮮の歴史を、
立体的に理解するにも
非常にいい作品だと思います。
寺脇
なるほど。
日本の学校では習わないようなことも
ドラマから学べそうですね。
そして、この作品を通して
何にも増して分かるのが、
差別の構造です。
差別される者が差別していかなくては
生きていけないという構造を、
見事に描いている。
儒教社会における厳しさ、
それによって人間が壊れていく様を、
あれほどドラマの中で見せた作品は
ほかにないんじゃないか、と思います。

激動の19世紀後期を舞台に兄弟の運命と絆を描く歴史大河 緑豆の花(2018年)

녹두꽃
出演
ユン・シユン、チョ・ジョンソク、ハン・イェリ
配信
Amazonプライムビデオ、U-NEXT、Lemino、Hulu、TELASA、FOD
松本
寺脇さんの
とっておきのオススメはなんですか?
寺脇
私が、スケールの大きな話だなと
思って感心したのは、
先ほども少し話しましたが、
ナルコの神』ですね。
こちらは韓国の現代史に触れている。
あれも、すごいドラマ。
寺脇
主人公は、
父親がベトナム戦争に従軍した1968年に生まれ、
1988年のソウルオリンピックに向けて
経済成長した韓国を背景に
極貧生活から抜け出していく男。
そんな男が、旧友からの誘いで、
南米の小国スリナムに行って
大儲けしようと企むんです。
日本人なら聞いたこともない国に
突然乗り込むなんて尻込みしそうだけど、
妻に強く反対されても
頑として自分の意志を貫き、
スリナムで一世一代の大勝負に出る。

麻薬王の実話が題材のクライムサスペンス ナルコの神(2022年)

수리남
出演
ハ・ジョンウ、ファン・ジョンミン、パク・ヘス
配信
Netflix
実話がベースになっているんですよね。
寺脇
そうです。主人公は結局、スリナムで商売はうまくいかず、
壮大な抗争に巻き込まれていく。
神父を装った麻薬組織の黒幕と出会い、
紆余曲折の末、韓国国家情報院とともに
闘うことになってしまうんです。
荒唐無稽な話のようで、
その麻薬組織の黒幕にも
主人公の男にもちゃんと実在のモデルがいる。
実際の出来事がベースではあるものの、
アクションや心理戦など娯楽性もたっぷりで、
最後まで本当に楽しんで観られる作品だと思います。
国際社会に打って出て危機的な状況になっても
何かを掴んでやろうという、
韓国人ならではの気概が感じられる
作品ですよね。
ソマリア内戦に巻き込まれた
韓国と北朝鮮の大使館員たちを描いた
映画『モガディシュ 脱出までの14日間』も
名作だったけど、『ナルコの神』も負けてない。
寺脇
『モガディシュ 脱出までの14日間』も、
2022年に観た韓国映画で一番よかった作品でした。
松本
そういえば、『ライフ・オン・マーズ』も、
『ナルコの神』で背景に描かれていた
1988年のソウルオリンピックの年に、
現代の刑事がタイムスリップする設定です。
基本は警察ドラマで、
難事件を解決していくのですが、
所々で1980年代の時代意識が描かれています。
職場で女性だけが男性にコーヒーをいれたり、
セクハラという言葉も認識もなかったり。
昔は当たり前だったことに、
現代から来た若い刑事が驚くという形で、
視聴者にも伝えているのです。

韓国・北朝鮮の大使館員が協力して危機に挑む! モガディシュ 脱出までの14日間(2021年)

모가디슈
出演
キム・ユンソク、ホ・ジュノ、チョ・インソン、ク・ギョファン
配信
Amazonプライムビデオ、U-NEXT

頭脳派刑事が30年前にタイムスリップ ライフ・オン・マーズ(2018年)

라이프 온 마스
出演
チョン・ギョンホ、パク・ソンウン
配信
Amazonプライムビデオ、U-NEXT、hulu、FOD、Lemino

寺脇さんのイチオシ俳優チョン・ドヨン
主演の『イルタ・スキャンダル』。

文部省にいた寺脇さんなら、
韓国の受験戦争を扱ったドラマにも
興味がおありだと思いますが。
受験をめぐる親子の葛藤や学歴社会の弊害を
描いた韓国ドラマはたくさんありますけど、
最近だったら
イルタ・スキャンダル 〜恋は特訓コースで〜』も
そうですよね。
寺脇
『イルタ・スキャンダル』は、
韓国の超学歴社会のことも背景に
描かれていますが、
あのドラマの主軸となるのは
2人の恋の物語。
松本
主演のチョン・ギョンホさん、大好きです! 
進学塾の花形人気講師が、
総菜屋を営む人情味あふれる「既婚」女性に出会い……
という、ゆくえが気になる大人のラブコメに、
苛烈な受験戦争、高校生の初恋の甘さ、
殺人事件のサスペンスも盛り込んでいる。
まさに韓国ドラマならではのビビンバ方式(笑)。
松本
そうですね(笑)。
観始めると面白くて止まらなくなる
韓国ドラマはたくさんありますけど、
これもまさにそんな一作。
韓国ドラマを観たことがなくて、
ちょっと迷っている方に
「まずは、これをいかがですか?」と
オススメしたい作品です。

シングルマザーとカリスマ講師のロマンス&サスペンス イルタ・スキャンダル ~恋は特訓コースで~(2023年)

일타 스캔들
出演
チョン・ドヨン、チョン・ギョンホ、イ・ボンリョン
配信
Netflix
寺脇
実は、私がこのドラマを熱心に観たのは、
チョン・ドヨン
ヒロインを演じているからでもあります。
男優、女優を通じて
私が最も好きな韓国俳優なんです。
初恋のアルバム ~人魚姫のいた島~』(2004年)や
ユア・マイ・サンシャイン』(2005年)といった
映画を通して好きになったんですが、
『イルタ・スキャンダル』のヒロインは、
今挙げた2作で演じた役柄の20年後を描いたかのよう。
純粋な心が共通しています。
チョン・ドヨンは、
映画『シークレット・サンシャイン』(2007年)で
カンヌ国際映画祭女優賞も受賞している
演技派女優ですけど、
寺脇さんがお好きとは知りませんでした!
寺脇
私が文化庁で日韓文化交流を
担当していた頃は、
ちょうど第一次韓流ブームでした。
ある記者会見のとき、韓国メディアの方から
「韓国の女優で誰が好きですか」と聞かれたので、
チョン・ドヨンと答えたのですが、
記者たちが驚いていました。
それは驚くでしょう。
日本ではまだそれほど知られた存在では
なかったでしょうから。
寺脇
たぶん、『冬のソナタ』のチェ・ジウ
宮廷女官チャングムの誓い』のイ・ヨンエとかを
私があげると予測していたんでしょうね。
「日本の役人がチョン・ドヨンを好き?」
という記者たちの驚きの表情を
今でも鮮明に覚えています(笑)。
第6回(8月4日公開)に続く
構成/高山和佳 撮影/吉﨑貴幸