「韓流ドラマ」にはまったく興味がなかった辛淑玉さんが、ある日突然ハマった「韓流沼」。隔週でおすすめドラマ1本とその見どころをディープにミーハーに解説します。韓国の芸能・歴史情報、小ネタも満載!!
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宮廷女官チャングムの誓い
韓ドラブームの火付け役と言えば、『冬のソナタ』(2002年)と『チャングムの誓い』(2003年)だろう。よく、ペ・ヨンジュンは女性の心を、イ・ヨンエは男の心をつかんだと言われているが、果たしてそうだろうか。
冬ソナでのペ・ヨンジュンの功績は、韓国男のイメージを変えたことだろう。当時、美しいペ・ヨンジュン、低音の魅力の姜尚中(元東大教授)、品格の李鳳宇(シネカノン代表)の三人が、日本社会における韓国人男性のステレオタイプを劇的に変えたのだ。
チャングム役のイ・ヨンエは、日本でいえば吉永小百合だ。清く、美しく、健気で、高貴。しかも、料理も上手ときた。しかし、多くの女性が『宮廷女官チャングムの誓い』に心惹かれたのは、そこではない。
物語は、無実の罪を着せられ奴婢の身分に落とされたチャングムが、宮廷料理人から女医(しかも国王の主治医)にまで上り詰めるサクセスストーリーだ。そこに、敵役であるチェ尚宮(サングン・女官長)の、犯罪に手を染めてまで一家を背負っていく過酷な運命との対比や、激烈な権力闘争が描かれる。在日の私も見たことのない韓国伝統料理や宮廷料理の数々は圧巻で、また、チャングムが女医になると、ドラマの中で当時の医術も再現された。このドラマで、自分たちのルーツの文化に初めて触れた在日も多かったのだ。
イラスト/西村オコ
中でも、王を頂点とする家父長制の階級社会で、女が出世を目指すなど口にもできなかった時代に、自らの目標を決して諦めずに前に進むチャングムと、その彼女を支え続ける男たち(文官チ・ジニら)の姿が胸を打つ。
そして、ドラマの底流にあるのがシスターフッド、女同士の熱い友情だ。これは、日本のドラマにはほとんど登場しない。 韓ドラでは、例えば、チ・チャンウクとナム・ジヒョン主演の『怪しいパートナー』(2017年)で、彼氏を寝取られた女性が寝取った相手の家に泊まりに行ったり、さらにはその寝取られた女性に彼氏を奪われた女性まで登場して三人で宴会をしたりと、女同士はケンカもするが男によって分断はされないというシーンがよく登場するのだ。
ある意味、女の絆だ。
それが韓国社会で築かれたのは、夫との関係によるのでは、と、ある友人が言っていた。その友人によると、日本と韓国では、同じ家父長制でも女(妻)の立ち位置が少し違うというのだ。
長い間、「妻を食わせる」というのが日本の男の発想だったが、韓国の男の発想は、「妻にも子どもにも尽くしてもらう」なのだ。だから韓国の女性は、夫という「大きな子ども」を抱えながら家の資産管理をし、また産んだ子どもたちを守るために闘わなければならない。
例えば、子どもが学校でいじめられたとき、学校に怒鳴り込んで「いじめたやつを出せ!」と言うのが韓国の母で、学校に行って「どうしてうちの子はいじめられるのでしょう…」とさめざめ泣くのが日本の母。そこには妻の持つ交渉力と権限の違いがある。
そんな社会性の広さから生まれたのが、フラタニティ(男同士の友愛)に対する女同士のシスターフッドで、それこそが、韓国では社会で女が生き抜くためのセーフティネットとして作用しているという。ともあれ、とてつもなく熱い女の友情があちこちで見られるのも、女性を引きつける韓流ドラマの魅力の一つなのだ。
日本では、1985年の雇用機会均等法以降、女性の社会進出は一見進んだように見えたが、気がついたらスカートの裾を男たちの靴が見事に踏みつけていた。2021年のジェンダー・ギャップ指数は、156か国中120位と惨憺たるもの。男女平等の実現など、まったくやる気がないとしか言いようがない。
女性はいまも使い捨ての労働力であって、その結果、コロナ禍での女性の切り捨てと貧困化は凄まじいものになっている。しかし、韓ドラの中では、正義は称賛され、女をしっかり支え続ける男たちが見事に描かれているではないか。日本の女がかつて一度もかけられたことのない優しい言葉と正義への挑戦がそこにはある。女が夢に描いた世界がそこにあるのだ。
キスをするとき、多くの男は薄目を開けて女性を見るが、女性は目を閉じる。閉じているのは、あなたに酔っているからではない。閉じた先には、あなたではない夢の人がそこにいるのだ。
韓ドラはまさに、つぶった目の先にある。
視聴情報
宮廷女官チャングムの誓い
発行:NHKエンタープライズ
販売元:バップ
©2003-2004 MBC
コンパクトセレクション 全巻DVD-BOX 発売中
全国のレンタルビデオ店でレンタル中のほか、以下の動画配信サービスで視聴できます。
Amazonプライムビデオ/dTV/U-NEXT/ABEMA/Paravi
※情報は2021年8月時点のものです。
辛淑玉
しん・すご●博報堂特別宣伝班を経て1985年、企業内研修の会社を起業。職能別研修を請け負う。著書『怒りの方法(岩波新書)』『差別と日本人(角川ワンテーマ)』など多数。いまは、日・韓・在日の100年史の執筆準備中。
隠れARMY(※)。k-popでは、クロスオーバーグループ「フォレステラ」に夢中。マンガ大好き。※k-popグループBTSファンの総称