<毎月第1・3火曜更新>「韓流ドラマ」にはまったく興味がなかった辛淑玉さんが、ある日突然ハマった「韓流沼」。隔週でおすすめドラマ1本とその見どころをディープにミーハーに解説します。韓国の芸能・歴史情報、小ネタも満載!!
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ミセン
イム・シワンを初めて見たのは、『太陽を抱く月』(2012年)の主人公ホ・ヨヌ(ハン・ガイン)の若いころの兄の役だった。17歳で科挙の文科に首席合格し、世子の専任講師に選ばれるという役柄に、端正で美しい彼はぴったりはまった。しかも韓服が似合う。時代劇にうってつけの俳優さんだと思った。
イム・シワンはその2年後、韓国社会に衝撃を与えた作品『ミセン -未生-』(2014年)の主役を演じた。
「ミセン」とは、囲碁の用語で、「死に石」に見えるがまだ完全な「死に石」ではなく、状況に応じてどちらにも転ぶ石のことだという。
物語では、プロの囲碁棋士を目指していた青年が挫折し、最終学歴が高卒のまま口利きで大企業のインターン(非正規)になり、その中でなんとか正規職員になろうとするリアルな日常が描かれている。
イラスト/西村オコ
私の周りでは、圧倒的に中高年の男性から評価が高かった。
身につまされたのだろう。
IMF(国際通貨基金)による韓国通貨危機(1997年12月)は、韓国社会を一変させたと言っていい。通貨危機とは国家破綻そのものだからだ。世界最貧国から這い上がってきた韓国は、IMFの管理下に置かれることによって、かつての韓国社会が持っていたものをかなぐり捨てて容赦のない新自由主義に参入していくことになった。
以前、韓国企業の研修を請け負っていたとき、プログラムの一つに「新婦研修」というのがあった。社員の妻が夫の会社のことを理解し、妻から子どもに会社の良さを伝えるための研修だと聞いて、卒倒しそうになった。
韓国では長い間、働くとは社長になることで、日本に比べるとはるかに独立志向が強かった。そのため、企業に勤めてもすぐ辞める人が多く、企業に入るのは技術を学び人脈を作るのが目的で、将来どうなるかわからない会社なんかに人生を捧げる人はいなかった。
会社側にしたら、やっと利益があげられるところまで育てた社員に独立されては採算が合わないので、家族ぐるみで会社に囲い込むためにそんな研修もしていたのだ。牧歌的な時代だったと言ってもいい。
しかし、そんなドングリの背比べも長くは続かず、国家経済の破綻で、一握りの勝ち組と圧倒的な負け組に社会は分断された。「正社員」になることこそが生活の安定を意味するようになったのだ。
ドラマに出てくる「パワハラ・セクハラ」「出し抜き・抜けがけ」「嫉妬」「キャリアとノンキャリの葛藤」「学歴の壁」「派閥争い」「キャリアの中での消耗戦」「責任のなすり合い」「出世競争」など、どれをとっても日本の企業内で見てきたものばかりだった。私の目には、どこの国の会社の話か、と映ったほどだった。
主人公のチャン・グレ(イム・シワン)は、洞察力が飛びぬけて高く、努力も人一倍し、正社員の同期に負けないほど結果を出したが、2年間のインターンを経て雇用契約満了に伴う正社員への登用審査には落ちてしまう。結果を出したからといって正社員への切符を手にすることができるとは限らないのが今の韓国社会だ。
そして、それは日本も同じ。
違いがあるとすれば、日本は「正社員」という、安定と引き換えに安い給料で口答えせず働き、無理の効く労働者を創り上げたことだろう。
『ミセン』は、それまでの韓ドラの定番メニューだった御曹司や三角関係、記憶喪失、不治の病といった、飽きが来るほどおなじみの要素が一切ない、リアルで「あるある」を感じさせる企業ドラマとして見事に仕上がっていた。
視聴率も、第1話は2.8%だったものの、毎回視聴率が上がり、最終話は10.3%と、うなぎ上りだった。「ミセンシンドローム」と呼ばれる社会現象にもなったという。
実力はあるが学歴のないチャン・グレが、生きるためにどのような選択をしたか……。その先はドラマを見て楽しんでもらいたい。
視聴情報
ミセン~未生
全国のレンタルビデオ店でレンタル中のほか、以下の動画配信サービスで視聴できます。
Netflix/Hulu/ABEMA/U-NEXT/dTV
※情報は2021年12月時点のものです。
辛淑玉
しん・すご●博報堂特別宣伝班を経て1985年、企業内研修の会社を起業。職能別研修を請け負う。著書『怒りの方法(岩波新書)』『差別と日本人(角川ワンテーマ)』など多数。いまは、日・韓・在日の100年史の執筆準備中。
隠れARMY(※)。k-popでは、クロスオーバーグループ「フォレステラ」に夢中。マンガ大好き。※k-popグループBTSファンの総称