辛淑玉の韓流エンタメ沼

<毎月第1・3火曜更新>「韓流ドラマ」にはまったく興味がなかった辛淑玉さんが、ある日突然ハマった「韓流沼」。隔週でおすすめドラマ1本とその見どころをディープにミーハーに解説します。韓国の芸能・歴史情報、小ネタも満載!!

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空と風と星の詩人

 韓流エンタメが世界規模になるにつれ、役者の層が厚くなるだけでなく、演技力も比例して高くなっている。
私は中でもカン・ハヌル(1990年生まれ)に注目している。若いのに自分を消せる見事な俳優だなぁと思うからだ。
私は、俳優には二つのタイプがあると思っている。一つは、パク・ソジュンのように、どんな役をやってもその人のキラキラ感が画面に出てくるタイプ。まさにスターだ。
もう一つは、役柄の方がはるかに前面に出てくる俳優たちだ。日本の俳優で例えるなら笹野高史のような演技派だ。

 カン・ハヌルは2006年にミュージカル俳優としてデビューし、その後、学園ドラマの『相続者たち』(2013年)で金持ち学校の生徒会長役を演じてブレイクした。韓国社会を見事に描き切った『ミセン -未生-』(2014年)では鼻持ちならないエリート会社員を演じ、『ミッドナイト・ランナー』(2017年)では警察大学のとぼけた学生役で、パク・ソジュンとダブル主演だった。
『麗<レイ>~花萌ゆる8人の皇子たち~』(2016年)では、物語の中でもっとも深みのある第8皇子を、美しく、かつ切なく演じた。

 そして、兵役を終えて最初の作品が『椿の花咲く頃』(2019年)だった。何気なく見ていて、最初は地方に住む純朴な青年がカン・ハヌルだとは分からなかった。彼はこの作品で第56回百想芸術大賞男性最優秀演技賞を受賞している。

 このときノミネートされた俳優は、カン・ハヌル/椿の花咲く頃、ナムグン・ミン/ストーブリーグ、パク・ソジュン/梨泰院クラス、チェ・ジフン/ハイエナ、そして愛の不時着のヒョンビン。この錚々たるメンバーの中で、カン・ハヌルが賞を勝ち取ったのだ。
実際、完璧な忠清道方言と愚直な青年の姿からは、これがあの美形のカン・ハヌルとは思えないほどだった。ちなみに、この賞の昨年度の受賞者は芸歴30年のイ・ビョンホンである。

 そんなカン・ハヌルが主役を演じた『空と風と星の詩人 ~尹東柱の生涯~』(2016年)は、深く心に残る作品だった。
韓国は詩の国である。書店に行けば詩集がずらりと並び、詩人も多い。韓国の親戚たちがカカオトークで毎日詩を送ってくると言えば、生活の中に詩があることが伝わるだろうか? ちょっとしたプレゼントも詩集であったりするから最初は驚いたものだ。
だからこそ、詩人を演じるのは簡単ではない。
今回の作品の主役は詩である。モノクロ映像の中のカン・ハヌルは、見事に、詩を邪魔することなく演じきったように思う。

イラスト/西村オコ

 尹東柱は、1917年12月30日、旧満州(現在の中国吉林省)の明東村で生まれ、そして、祖国の解放を見ることなく、日本の福岡刑務所で1945年2月16日に獄死した。
彼はソウルの専門学校を経て1942年に日本に渡り立教大学英文科に入学、その後同志社大学に転学したが、1943年、治安維持法違反容疑で逮捕され、2年の実刑判決を受けた。

 判決文には、彼が「幼い頃から民族的学校教育を受け、思想的文学書等を耽読し、友人の感化等により熾烈な民族意識を持って内鮮(日本と朝鮮)間の差別問題に対して深い恨みの意を抱き、また朝鮮独立の野望を実現させようとする誓いをした」と書かれている。

 詩集『空と風と星と詩』は1948年、正音社から尹東柱の遺作30編を集めて発行された。彼の詩の根底に流れているのはキリスト教の慈愛である。
「死ぬ瞬間に一点の恥無き事を」という一節が有名だが、彼は、日々の眼差しの美しくも切ないさまを私に教えてくれた詩人でもある。

空と風と星の詩人 ピクチャーポエムコレクション

空と風と星の詩人〜尹東柱の生涯〜 Facebookページへ

視聴情報

空と風と星の詩人

全国のレンタルビデオ店でレンタル中のほか、以下の動画配信サービスで視聴できます。
GYAO
※情報は2022年1月時点のものです。

辛淑玉

しん・すご●博報堂特別宣伝班を経て1985年、企業内研修の会社を起業。職能別研修を請け負う。著書『怒りの方法(岩波新書)』『差別と日本人(角川ワンテーマ)』など多数。いまは、日・韓・在日の100年史の執筆準備中。
隠れARMY(※)。k-popでは、クロスオーバーグループ「フォレステラ」に夢中。マンガ大好き。※k-popグループBTSファンの総称

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