辛淑玉の韓流エンタメ沼

<毎月第1・3火曜更新>「韓流ドラマ」にはまったく興味がなかった辛淑玉さんが、ある日突然ハマった「韓流沼」。隔週でおすすめドラマ1本とその見どころをディープにミーハーに解説します。韓国の芸能・歴史情報、小ネタも満載!!

8

花遊記

 世界中で何度も作られている西遊記ものの中で、私の一押しはイ・スンギ主演の『花遊記(ファユギ)』(2017年)だ。何度見ても笑える。

 これはホラーファンタジーとラブコメをミックスしたような作品なのだが、まずイ・スンギの姿を見て驚いた。単純・短気で乱暴、野生児で、おだてに乗りやすくオレ様感満載、そのうえ底抜けに明るいという孫悟空のキャラそのまんま。しかもイケメン。

 これほど悟空の擬人化に成功した俳優は他にいないのではないか。
そしてイ・スンギ扮する悟空が三蔵法師との関わりの中で少しずつ変化していく姿が、なんとも愉快なのだ。

イラスト/西村オコ

 小さい時からお化けが見えてしまう小学生のソンミ(オ・ヨンソ)は、そのせいでいつも周囲から浮いていて友達もいなかった。ある日、偶然出会った牛魔王のお使いで扇子を取りに行くが、そこで五百年間五行山に閉じこめられていた孫悟空に出会い、騙されて逃亡の手助けをしてしまう。

 ところが、自由にしてくれたら代わりにソンミを怖いものから助けてやるという約束をチャラにし、悟空はさっさとトンズラ。一方のソンミは悟空を逃した罰で「三蔵法師」の運命を背負わされる。

 その後、大人になったソンミは霊が見える能力を生かし「訳あり物件」専門の不動産屋を営んでいたが、偶然街中でプータローの悟空と再会する。
「おいコマ(ちびガキ)」と悟空。あんたなんか忘れてたと言うソンミ。

 しかし、本当は「カンジョラゲ(切ないほどに)待っていた」という言葉にとまどう悟空の表情は、さすがイ・スンギ。しかし、三蔵であるソンミを食えば桁違いの力が付くと知り、彼女をエサとして狙う悟空とソンミの丁々発止が始まる。

 登場人物も西遊記のままで、牛魔王が芸能会社の代表、猪八戒が韓流トップスター、沙悟浄が財閥トップという設定も愉快だ。

 ソンミが悟空のエサにならないよう装着させたのが『緊箍児(きんこじ)』。実はこれ、かつては頭につけて乱暴者を締め付ける道具だったが、そのやり方は時代遅れということで腕輪になり、肉体的に痛めつけるのではなくソンミが哀しくなると心臓が締め付けられるというシステムに変更された。作動するのは「愛」という感情。
そう、一方的に悟空がソンミを愛する苦しみを味合わせるのだ。

 暴力支配から愛での支配って、すごすぎる。

 その二人が妖怪退治で問題解決をしながら心を寄せていくのだが、ソンミは悟空の愛が本当の愛なのか「緊箍児」による一時的なものなのかが分からずに揺れ動く。
悪鬼からソンミを救出した後の図書室でのキスシーンではイ・スンギのカッコよさを十分堪能できるが、むしろ、「水簾洞(スヨンドン・悟空の住処)」で、傷ついたソンミを抱きしめて泣きじゃくるシーンがすごい。本当に猿が泣いていると思えるほどの演技力だった。
すべての役者に動物に見える瞬間があるのは、脇役も含めたレベルの高さを示している。

で、韓ドラの面白さといえば、何度も起きるどんでん返しだろう。しかも結末が最高に面白く、「えっ、そっちなの?!」と大爆笑。
泣かせるシーンも多いが、最終話、妖怪たちが利用する雑貨店に勤める青年に牛魔王が名前を尋ねると、「ホンヘア(紅孩児)」と応えるシーンがある。おおお、ここで出してきたぁ。西遊記ファンは涙ウルウル。牛魔王、うますぎる!

 西遊記では退治される側の牛魔王も、花遊記では足を引っ張りあいながらも助け合う仲間になっていた。悪鬼が最後に、自分を始末してほしいと猪八戒に頼むシーンで、あれほど憎らしかった悪鬼が切なく思えるのは、生きものは多面性を持ち、変わりゆくものだということを示唆しているからだ。
このドラマ、一貫して「悪」とは何かを問うているのだが、同時に、「敵」とも共に生きるのがこの世なのだ、ということも教えてくれている。

 そして見逃してはいけないのが見事な映像美と音楽。ややもすれば作りが陳腐になりがちなファンタジー物なのに最後まで期待を裏切らない。出演者の演技力の高さも含め、職人技集団を支えるベースはやはり資本力なのだろう。

 ドイツで暮らしていた時、友人が、「見て見て、あそこの看板、昔はソニーと東芝だったのに、今じゃサムスンとファーウェイよ」と嘆いていたが、世界の市場は確実に中国韓国に取って代わられた。

 戦後、アメリカの電化製品やアメ車が日本に大量に入ってきたとき、モノを媒介にアメリカ文化へのあこがれも増大し、そこにハリウッドがなだれ込んだ。物流が市場を作り、ソフトがなだれ込むのだ。
いま、世界中で、中国製品や韓国製品に出会わない時はない。
トルコでもテレビはサムスン製。そこにネットフリックスなどの世界規模の配信会社が流し込んで、韓流エンタメを世界規模に押し上げた。

 この作品は、2016年設立の「スタジオ・ドラゴン」の作品で、この会社は日本で大ブレイクした『愛の不時着』や骨太の歴史もの『ミスター・サンシャイン』などを手がけている。設立早々このレベルの作品を大量に世に送り出せるというのは、世界レベルで資本の調達が可能になったということではないか。
だとすると、韓流エンタメは今後も進化し、独走状態が続くだろう。

視聴情報

花遊記(ファユギ)

全国のレンタルビデオ店でレンタル中のほか、以下の動画配信サービスで視聴できます。
Amazonプライムビデオ/Netflix/dTV/Hulu/U-NEXT/ABEMA/Paravi
※情報は2021年11月時点のものです。

辛淑玉

しん・すご●博報堂特別宣伝班を経て1985年、企業内研修の会社を起業。職能別研修を請け負う。著書『怒りの方法(岩波新書)』『差別と日本人(角川ワンテーマ)』など多数。いまは、日・韓・在日の100年史の執筆準備中。
隠れARMY(※)。k-popでは、クロスオーバーグループ「フォレステラ」に夢中。マンガ大好き。※k-popグループBTSファンの総称

辛淑玉さんへの応援メッセージ、紹介してほしい作品のリクエストをお寄せください。

ご意見・ご感想はこちら

バックナンバー

辛淑玉の韓流エンタメ沼TOPへ戻る