辛淑玉の韓流エンタメ沼

<毎月第1・3火曜更新>「韓流ドラマ」にはまったく興味がなかった辛淑玉さんが、ある日突然ハマった「韓流沼」。隔週でおすすめドラマ1本とその見どころをディープにミーハーに解説します。韓国の芸能・歴史情報、小ネタも満載!!

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王の男

本文中に、結末に関する若干のネタバレを含みます(編集部注)

原初、芸能者はすべて土俗的宗教をまとっており、彼らは神の使いとして村々を回り芸を演じていた。村に入って一番最初に行う儀式は祈りだった。だから怖れられ、尊ばれ、そして卑しまれもした。
時の権力者は常に道化をそばに置き、その生殺与奪を楽しんだ。この物語は、そんな広大(クァンデ/旅芸人)のありようを見事に踏まえて作られた作品で、世界的にも高く評価された。

イラスト/西村オコ

 16世紀初頭、燕山君(ヨンサングン)治下の朝鮮王国での物語。広大で綱渡りの名人チャンセン(カム・ウソン)は、女形のコンギル(イ・ジュンギ)が親方から権力者に男娼として提供され続けていることに憤り、二人で命からがら一座を抜け出す。そして都(漢城)で王様と愛人を風刺する芸を披露して人気を博したが、それを見咎められて捕らえられる。
「笑ったことのない王様を笑わせたら罪を許す」と言われ、決死の覚悟で芸を披露して王を笑わせるが、彼らは王宮のお抱え芸人とされ、自由を奪われる。特に、美しいコンギルは王のお気に入りとなって寵愛された。

 お抱え芸人となった彼らは宮廷内で様々な芸を披露するのだが、そのたびに王の逆鱗に触れた臣下たちが粛清されていき、舞台はまるで処刑場のようになっていく。
二人は密かに宮廷を抜けだそうとするが、王からの寵愛を一身に受けているコンギルに王の愛人が嫉妬し、王様を批判したという濡れ衣を着せられる。
コンギルがその罪を問われると、チャンセンは自分がやったと身代わりになり、王宮から追放される。しかし、彼は再び王宮に入り込み、王の前で綱渡り芸をしながら王を批判して、目潰しの刑に処されてしまう。

 傷心のコンギルは王の私室で指人形芸を披露しながら手首を切り、死のうとする。
コンギルは一命を取り留めるが、そんな二人に、今度は宮廷内の反燕山君派が、謀反から王の目をそらすため、王の前で綱渡りを演じるよう強要する。

 目を潰されたチャンセンが綱を渡りながら、「目が見えなくなって、宙に浮いているような、この味を知っていたら、早く盲人になればよかった」と歌い始めると、コンギルは「このバカ野郎、見えなくなって嬉しいか?」と泣きながら叫ぶ。
「嬉しいよ、嬉しくて死にそうだ」
「なんて命知らずの男なの。何も見えないくせにそんなところに上るなんて」
「なんて口の悪い女だ。俺はこの宮殿の王だぞ」
「よし」と言って、コンギルも綱に登る。
「ちょうど王のツラを見たいと思ってたけど、なるほど見ものだわ」
「ひどい女だ。俺のツラに文句があるのか」
「何も恐れるものがないから世の中を騒がせたのね」
そのとき、綱の下では謀反が始まる。

「生まれ変わったら何になりたい?両班(ヤンバン/支配階級)になりたいの?」
「いやだ」
「王になりたいの?」
「それもいやだ。俺はまた芸人に生まれたい」
「バカね。芸人になったら命を失うのに」
「そういうお前は何になりたい?」
「もちろん芸人になりたい。芸人よ」
「よっしゃ、じゃ、腐った世の中、逝く前に思いきり遊ぼう。最後にもう一度、二人で芸を見せよう」と二人が見事に綱を飛ぶと、兵士が一斉になだれ込んでくる。

 物語はそこまでだが、おそらく二人の命はその直後に尽きただろう。死を前にした二人のやり取りは圧巻だ。ここはぜひ実際の映像で見てもらいたい。
二人のやり取りの最後に必ずつく韓国語の「イノマァ」は、字幕では訳されていないが、愛情を込めて「こいつがぁ」という表現だ。互いの愛を確かめ合いながらの、死への掛け合いが続いていた。
王(権力者)は、意のままにならない道化(あるいは芸能者)の目を潰すことで彼らを支配しようとするが、目を潰された芸能者はより神に近くなる。王を超えるのだ。

 この映画は同性愛の映画として紹介されることが多いのだが、権力者と芸能者の物語では、芸能者は時に性の境界を撹乱する者として現れる。そしてコンギルの美しさは、性別の境界を見事に超えた。
王はチャンセンの目を潰すことによって敗北し、目を潰されたことで二人の愛はより深まり、はっきりと見えるようになった。

 最後の「綱わたり」は、まさに名もなき人々の人生そのものでもある。

視聴情報

王の男

全国のレンタルビデオ店でレンタル中のほか、以下の動画配信サービスで視聴できます。
Amazonプライムビデオ/Hulu/U-NEXT/dTV/YouTube/GooglePlay
※情報は2022年3月時点のものです。

辛淑玉

しん・すご●博報堂特別宣伝班を経て1985年、企業内研修の会社を起業。職能別研修を請け負う。著書『怒りの方法(岩波新書)』『差別と日本人(角川ワンテーマ)』など多数。いまは、日・韓・在日の100年史の執筆準備中。
隠れARMY(※)。k-popでは、クロスオーバーグループ「フォレステラ」に夢中。マンガ大好き。※k-popグループBTSファンの総称

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