<毎月第1・3火曜更新>「韓流ドラマ」にはまったく興味がなかった辛淑玉さんが、ある日突然ハマった「韓流沼」。隔週でおすすめドラマ1本とその見どころをディープにミーハーに解説します。韓国の芸能・歴史情報、小ネタも満載!!
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国家と軍人を考える傑作3選
『シルミド』『D.P.』『高地戦』
国家にとって軍人とはなにかを、見事に見せつけてくれた事件があった。
朴正煕軍事独裁政権下の1971年8月23日、武装した軍人たちが仁川空港から少し離れたところにある島シルミド(実尾島)を出てバスを乗っ取りソウルに向かった。政府は武装共産軍の侵攻と発表して鎮圧にあたったが、実は彼らは、特殊任務を帯びた韓国軍の対北工作部隊「684部隊」だった。
彼らはソウル市内で軍・警察との銃撃戦となり、最後はバスごと自爆、20名が死亡し4人が生き残った。
684部隊は、1968年の金新朝事件(北朝鮮が韓国に特殊部隊を送り込んで朴大統領の暗殺を図った事件。青瓦台襲撃未遂事件とも呼ばれる)の報復として、金日成暗殺を目的に秘密裏に創設された部隊だった。
訓練場所は小さな島シルミド。そこでは、死者7名を出すほどの異常な訓練が行われた。
ところが、南北赤十字会談で和解の道が示されるとこの部隊の存在が邪魔になり、彼らは食料の補給も止められ隔離状態にされた。そして、秘密保持のため部隊は皆殺しという方針が決定される。これを知った隊員たちは反乱を起こして教官らを殺し、島を出て大統領府に向かったのだ。
当初、彼らを「武装共産軍」としていた政府がその後「軍特殊班」と訂正したのは、野党のイ・セギュ議員が暴露したためだったが、そのイ・セギュも、このことで南山(KCIA・韓国中央情報部)に連行されて激しい拷問を受けた。
生き残った4人は軍法会議にかけられた。
同情する声もあったが、国会による真相調査の際、野党議員からの「何があったのか?」という質問に対して彼らは黙秘した。
無実を訴えるチャンスをあえて捨てたのは、政府が、死刑とベトナム行きとどちらがいいかと選択を迫ったからだ。彼らは生きるためにベトナム行きを選択し黙秘したのだった。
しかし、その約束は反故にされて死刑の判決が下され、72年3月20日、彼らは銃殺された。その事実を映画化したのが『シルミド』(2003年)だ。上映後、真相追及の流れが起こり、2021年には4人の身元も判明し、684部隊の名誉も回復された。
これは、南北分断という政治的現実の下で、国家と軍隊・軍人の立ち位置を見せつけた事件だった。
私が軍隊という組織を認めないのは、生殺与奪の権を国家が握り、自分の頭で考える力を奪い取って人を殺させる装置だと思っているからだ。
だから朴槿恵政権下での国策ドラマ『太陽の末裔』を見るときには慎重になるし、北朝鮮高官の息子と韓国財閥の女性とのラブロマンス『愛の不時着』には、さすがに引いてしまう。南北分断の悲劇は、米ソ冷戦、朝鮮戦争、遡れば日本の植民地だったことに起因していて、現在も続いているからだ。
あの38度線が日本の領土の分割だったと知っている人がどれほどいるだろうか。もしかしたら朝鮮半島ではなく九州が分割ラインになっていたかもしれない。そういう想像力が、今を生きる人には必要なのだ。
そして、軍隊というものの歪みを脱走兵を通して見せたのが、チョン・ヘイン主演のドラマ『D.P. -脱走兵追跡官-』(2021年)である。実話をモチーフに作られた6話の短編で傑作だ。しかも、徴兵制の韓国でこれを作ったのだ。
イラスト/西村オコ
見ると、戦場でむごいことを行える兵士は、絶対に逆らえない上下関係と人間性の否定によって作り上げられることが、これでもか、これでもかと胸に迫ってくる。しかも、そうした関係性は、なにも軍隊だけでなく、日常の中にもごく普通にあることに気付かされる。
最終話、遺族が「なんであなたは見ているだけだったの?」「弟がいじめられているときになぜあなたは止めなかったの?」と追跡官に問うシーンは、軍という組織だけでなく、家庭におけるDVを含めた、社会への問いとなっていた。
私はこれに映画『高地戦』(2011年)を加えて反戦3部作としている。『高地戦』は、朝鮮戦争終結に向けて、南北の境界を決定するために軍人が無駄死にさせられる国際政治の非情さを描いた作品だ。
これらは、どんな歴史書よりも、為政者というものの姿を見事に見せつけてくれる。
『シルミド / SILMIDO』予告編
「国家は私たちを捨てたが、私たちは国家を捨てなかった」
で、映画と事実の違いは、映画では特殊部隊を作るのに犯罪者を集めたように描いているが、実際には貧しい若者が手を挙げて参加していったこと。この時代、韓国は国そのものが極貧だった。食うために軍隊に入りシルミドに行ったのだ。
『D.P. -脱走兵追跡官-』予告編
『高地戦』予告編
視聴情報
シルミド/SILMIDO
全国のレンタルビデオ店でレンタル中のほか、以下の動画配信サービスで視聴できます。
Amazonプライムビデオ channel K/Hulu
D.P. -脱走兵追跡官-
以下の動画配信サービスで視聴できます。
Netflix
高地戦
以下の動画配信サービスで視聴できます。
Amazonプライムビデオ/U-NEXT
※情報は2021年11月時点のものです。
辛淑玉
しん・すご●博報堂特別宣伝班を経て1985年、企業内研修の会社を起業。職能別研修を請け負う。著書『怒りの方法(岩波新書)』『差別と日本人(角川ワンテーマ)』など多数。いまは、日・韓・在日の100年史の執筆準備中。
隠れARMY(※)。k-popでは、クロスオーバーグループ「フォレステラ」に夢中。マンガ大好き。※k-popグループBTSファンの総称