<毎月第1・3火曜更新>「韓流ドラマ」にはまったく興味がなかった辛淑玉さんが、ある日突然ハマった「韓流沼」。隔週でおすすめドラマ1本とその見どころをディープにミーハーに解説します。韓国の芸能・歴史情報、小ネタも満載!!
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愛の不時着
読者のコタローさんからのリクエスト!
日本のドラマと韓ドラの、ぱっと見てすぐわかる違いは何かと問われたら、素材をきれいに盛って食べる「ちらし寿司」とぐちゃぐちゃに混ぜて食べる「ビビンパ」の違い、と言えばわかりやすいだろうか。
ドラマの中身が、シリアスとかコメディとかラブロマンスというふうにきっちり分けられるのが日本のドラマだとすると、韓ドラは、そもそもジャンル分けなどできないくらい、一つの物語の中にぐちゃーっと何でも入っている。
『愛の不時着』も、第二次世界大戦の遺物である38度線による民族分断という歴史の悲劇をベースに、ラブロマンスやコメディ、そしてサスペンスまで入っているビビンパ作品の一つだ。
物語は、韓国の財閥令嬢で実業家のユン・セリ(ソン・イェジン)が、パラグライダーで飛行中突風にあおられ、不時着したところが非武装地帯を越えた北朝鮮の大地で、そこで北朝鮮の軍人で高官の息子リ・ジョンヒョク(ヒョンビン)に助けられるところから始まる。
そこからセリの北朝鮮での生活が描かれ、やっと韓国に戻れたと思ったら、今度は北朝鮮でのある事件の解決のためにジョンヒョクたちが韓国に潜入してセリの家で生活を始める。そして、やがて別れの時が来る、とまぁ、いわば韓国版ロミオとジュリエットの物語だ。
イラスト/西村オコ
高遠菜穂子さんもイラクでの人道支援活動中に現地で見てはまったと言うほど、世界的にヒットした作品でもある。
このドラマで多くの日本女性を魅了したのが、北朝鮮という「未知の世界」の男の立ち居振る舞いだ。
礼儀正しく、威張らず、命令もせず、無理な注文にも誠心誠意対応し、愚痴も言わず、危ないときは身体を張って助けてくれて、病気になれば一日中看病してくれて、しかも可愛げがあって、ちょっとウブで、笑顔が可愛くて、背が高くてハンサムで、胸板が厚くて声が低くて、軍人なのにピアノも弾けるという、まさに宝塚歌劇に出てくるような夢の世界の男性像だったからだ。
いわば昭和オヤジの真逆。定年退職後、家に戻って居場所がないと感じた男性は、ぜひマニュアルとしてこのドラマを視聴することをお勧めする。
ところで、以前ペ・ヨンジュン主演の『冬のソナタ』で彼のファンになったどれほどの人が、彼の祖父母には創氏改名による日本名があったことを知っているだろうか。
悲劇の38度線も、アメリカとソ連による東西ドイツの分断と同じように、日本の領土の分割統治のために引かれたものだ。そう、朝鮮半島は日本の植民地だったからだ。日本の降伏がもっと遅ければ、境界線は東京や大阪あたりに引かれていたかもしれないのだ。
エンタメだから悲劇を娯楽として楽しむこともあるだろうが、その悲劇がいまも続いていることを忘れないでほしい。
かつて『ビルマの竪琴』という映画が日本で大ヒットしたが、その映画(1985年版)を研究者がミャンマー(当時のビルマ)に持って行って見てもらったとき、現地の人々は導入部分で早くもあきれたという。あまりにもビルマの現実とかけ離れていたからだ。
我慢してやっと最後まで見た人は、「ああ、日本の観光客が、竪琴はどこで売っているかと聞く理由がわかった」と言った。
まず、ビルマでは僧は竪琴など弾かない。
袈裟の色も「あれはタイのものでビルマではあんなもの着ない」し、また「日本兵はみんな背が低くて歯並びが悪かった」ので、水島上等兵を演じた中井貴一は違いすぎて物語に入れなかったという。
ミャンマーの人々にとって、この映画は日本を一度も見たことがない欧米人が作った日本の時代劇のようなものだったのだ。
同じように『愛の不時着』は、南北分断の悲劇が帝国日本による植民地支配の結果であり、北朝鮮の貧しさや飢餓には日本を含めた西側諸国の経済制裁にも原因があることを知る者にとって、簡単にラブロマンスとして楽しめるものではない。
38度線を越えようとして非武装地帯で何人の人が殺されたのか、朝鮮戦争でどれほどの数の離散家族が作られたのかを思う。
1959年から始まった「帰還事業」では、日本で生まれ育った在日とその家族約10万人が片道切符で北朝鮮に渡ったが、後に命がけで脱北し、ふるさと日本へたどり着けたのは200人ほどしかいない。
分断の悲劇は今も続いている。
ヒョンビンとソン・イェジンが共演をきっかけに交際を始め、このたび結婚するというニュースを聞いて、38度線をパラグライダーで気軽に越えて遊びに行けるようにするために私には何ができるだろうか、と考えた。
『愛の不時着』予告編
視聴情報
愛の不時着
以下の動画配信サービスで視聴できます。
Netflix
※情報は2022年4月時点のものです。
辛淑玉
しん・すご●博報堂特別宣伝班を経て1985年、企業内研修の会社を起業。職能別研修を請け負う。著書『怒りの方法(岩波新書)』『差別と日本人(角川ワンテーマ)』など多数。いまは、日・韓・在日の100年史の執筆準備中。
隠れARMY(※)。k-popでは、クロスオーバーグループ「フォレステラ」に夢中。マンガ大好き。※k-popグループBTSファンの総称