<毎月第1・3火曜更新>「韓流ドラマ」にはまったく興味がなかった辛淑玉さんが、ある日突然ハマった「韓流沼」。隔週でおすすめドラマ1本とその見どころをディープにミーハーに解説します。韓国の芸能・歴史情報、小ネタも満載!!
17
刑務所のルールブック
(原題:賢い監房生活)
読者のマライカさんからのリクエスト!
今回は読者のマライカさんのリクエスト『刑務所のルールブック』。
パク・ヘス主演のこのドラマは、メジャーリーグでのデビューを目前にして、妹に暴行しようとした男に重傷を負わせてしまい、実刑判決を食らった野球選手のムショ暮らしと、そこで彼が出会う人たちを描く、人間再生物語である。
イラスト/西村オコ
主人公の周囲の人物に社会の様々な問題を入れ込む手法は韓ドラの定番だが、このドラマはいわゆる「犯罪者」「前科者」の人生に焦点を当てて、冤罪も含め、社会問題や汚職などをコミカルに描く。
それぞれの犯罪の背景にはそれぞれの事情があり、そんな受刑者たちと刑務官の人生が交錯する刑務所には、いじめも賄賂も人情もある。また受刑者たちは、ある意味「犯罪者」としてみな平等でもあるのだ。
主人公は野球バカの単純男。そこに、かつて共に野球に夢を見、今は刑務官として働く親友や、冤罪の弟のために奔走する兄や、ヤクザの父を探し当てたが名乗らずに面会をする娘、ちょっとひねた薬物中毒の財閥御曹司、貧しさゆえに犯罪を犯した人などの人生が重なり合う。
笑いながら泣けるシーンは毎回出てくる。
たとえば、出所間際に、取得した免許証を取り出して眺める元ヤクザの姿は、アウトローと呼ばれる社会で生きざるを得なかった若者たちの姿と重なって見えた。彼らの多くは、学校教育から締め出されているので学歴がない。だからこそ、生きるために必死で資格を取るのだ。そんな些細なシーンのひとつひとつの向こう側にリアルがある。
思えば、韓国で地下鉄に乗ると、いわゆるシルバーシートの上の案内文には、「目の前の人は、そうは見えなくても、昨日徹夜で仕事をした人かもしれない」「耳が聞こえない個性の人かもしれない」といった、いくつもの“かもしれない”が書かれていた。
要は、「ぱっと見で人を決めつけてはいけない」ということだ。そうした問いかけを、韓国社会では日常的に目にする。想像力こそが人間らしさの源であると言うかのようだ。
この作品は、そんな韓国社会の「情」とつながるからこそ社会的ブームにもなったのだろう。
ちなみに、刑務所で受刑者がどう扱われているかを見ればその国の人権感覚がわかる、と言われている。
人間再生の物語である『刑務所のルールブック』は、人は人によって生きる力を得るという強力なメッセージを伝えているが、舞台となる刑務所自体は旧態依然とした前近代的なものだ。
しかし、たとえばイタリアのミラノにある刑務所は、受刑者への懲罰ではなく「更生」を目的として作られている。そこには囚人服もなければ、房に鍵をかけられることもない。
所内には図書館もあり、希望すれば、たとえ殺人犯でも大学の授業が受けられる。
受刑者たちは自分たちで雑誌を発行し、サークル活動もたくさんあった。所内にあるブティックは原宿のリサイクルショップみたいで、私など受刑者や刑務官と一緒に「ベラチャオ」を歌いまくり、皮製品のお土産までもらった。
ここでは、刑期の半分を終えれば外で働くこともできる。昼間は外で働き、夜は刑務所に戻るのだ。刑務所内に設置された、受刑者が営むレストランは、いつもミラノのグルメ雑誌のトップに出ている。安くて美味いからだ。
人間を信じるとは人間の再生を信じることで、それを一番示す指標は、まさに受刑者の人権をどう扱うかだろう。
ドラマの最終話で、刑務官が学校で特別授業をするのだが、そこで彼は、「監獄には悪い人たちがいます。でも、人間は時には過ちを犯すこともあります」と語りかける。
そう、人は誰でも、間違って罪を犯すことがある。あなたも、わたしもだ。その眼差しこそが、社会を再生させるのだと私は思う。
韓国は独裁政権から民主化を勝ち取った国ではあるが、まだ戦争をしている国でもある。その国が、戦争の時こそ大量に執行される死刑を廃止したのは大きな一歩で、次にやるべきことが刑務所の近代化なのだろう。
このドラマは、その可能性をも感じさせてくれる。
ちなみに、ドラマの中に耳を洗ってあげるシーンが出てくるが、韓国の時代劇でも、不愉快な言葉を投げつけられた人の耳を洗ってあげる場面がある。
お祓いみたいなものなのだが、嫌なものは目を閉じれば見えなくなるが、耳は閉じることができないから洗い流してあげる、という意味の行為だ。
これって、優しさなんだよ。
視聴情報
刑務所のルールブック
全国のレンタルビデオ店でレンタル中のほか、以下の動画配信サービスで視聴できます。
Amazonプライムビデオ/NETFLIX/Hulu/U-NEXT/dTV/ABEMA
※情報は2022年3月時点のものです。
辛淑玉
しん・すご●博報堂特別宣伝班を経て1985年、企業内研修の会社を起業。職能別研修を請け負う。著書『怒りの方法(岩波新書)』『差別と日本人(角川ワンテーマ)』など多数。いまは、日・韓・在日の100年史の執筆準備中。
隠れARMY(※)。k-popでは、クロスオーバーグループ「フォレステラ」に夢中。マンガ大好き。※k-popグループBTSファンの総称