紛争地からドイツ平和村へやって来る子どもたちに1口2,000円のお年玉を。

「ドイツ国際平和村」は、自国で十分な治療を受けられない子どもたちをドイツに連れてきて治療し、
治ったら母国へ帰す「援助飛行」という活動を半世紀にわたり続けています。
平和村の活動内容とこれまでの読者カンパについては、下記の通販生活2026年新春号の記事をご覧ください。

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ドイツ平和村の子どもたちにカンパを

事故に巻き込まれ顔面にやけどを負ったサイードハビブくん(7歳、写真中央)。
左目は閉じることができない。

「ドイツ国際平和村」は、自国で十分な治療を受けられない子どもたちをドイツに連れてきて治療し、治ったら母国へ帰す「援助飛行」という活動を半世紀にわたり続けています。
 タリバン政権下、国際社会からの支援がなくなったアフガニスタンでは食料危機がさらに悪化。加えて2025年は2度の大きな地震が発生し、市民の暮しをいっそう追い詰めています。
 こうした中で、平和村がどんな取り組みをしているのか。アフガニスタン在住のジャーナリスト・安井浩美さんに取材していただきました。

「通販生活」編集部

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アフガニスタンの現在

1日50人以上の未熟児が亡くなることも…。
アフガニスタンで、平和村が撒いた医療の種が少しずつ芽吹き出している。
写真・文 安井浩美(ジャーナリスト)

プロフィール

安井浩美さん

やすい・ひろみ/1963年、大阪府生まれ。2001年にアフガニスタンに移住。共同通信社カブール通信員として働くかたわら、現地の女性や子どもの支援活動に取り組む。

 2021年にタリバンが政権に復帰してからのアフガニスタンは、「干ばつ」「地震」の自然災害に見舞われている。
 さらに隣国パキスタンが首都カブールを空爆したため、両国の関係は悪化。国境は今も閉鎖され、生活物資など輸入品全般が滞り、物価は高騰。パキスタンでの治療の機会も奪われている。

国民の9割が十分に食事をとれていない。

 1年ぶりに、カブールにある政府系のアタトゥルク病院を訪れた。院内は清潔で、衛生面での問題はなさそうだが、小児科病棟には、多くの乳幼児がひしめきあっていた。
 担当医のマリアム・ジャボール医師によると、数ヵ月前は1つのベッドに4人の乳幼児を寝かせていたと話す。未熟児で生まれた子どもは特に弱く、1日に50人以上が死亡する日もあった。

出産時の体重がわずか700gだったという未熟児。

 政府系の病院は医療費が無償のため、患者の多くが貧困層。ほかの政府系の病院は資金不足で経営状況が悪く、入院患者の粉ミルクさえ事欠くという。同院では昨年の3倍以上の栄養失調児が入退院を繰り返している。
 国連によると、アフガニスタン国民の9割が十分に食事をとることができておらず、5歳未満の子ども370万人と、妊婦および授乳中の女性の120万人が深刻な栄養失調に陥っている。
 乳幼児の増加はタリバン政権が強いる無計画な多産によるもの。ジャボール医師は、未熟児や脳性まひなど障害を持って生まれる例が多いことを挙げながら、教育の大切さを強調する。

栄養失調の乳幼児の診察。
以前は1台のベッドに4人の赤ちゃんが寝ていた。

 さらにタリバン政権が女医を大幅削減したことで、深刻な医師不足にも直面している。ジャボール医師は、数少ない女医の一人。公務員の医師の月給は、多くても1万4千アフガニ(約3万2千円)ほどで、家族を養うのは困難だ。国外で働くことが頭をかすめるものの、「授かった2人の子どもを1人1万円強で売った母親の話が忘れられない」と、苦しむ自国民に寄り添う姿勢を打ち明ける。
 そんな彼女は「患者の笑顔」が唯一の支えだという。「力が続く限り、祖国で医療を提供したい」と結んだ。

アフガンでは少ない女医のマリアム・ジャボールさん。

「骨髄炎」のまん延に歯止めがかけられない。

 カブール西部にあるキュアホスピタルの手術室には、アフガニスタン人のハイダリ医師の姿があった。昨年はドイツ人医師とともに執刀していたが、いまは平和村から医療物資の支援を受けるものの、アフガニスタン人の医師のみで手術を行なう。「現地手術プロジェクト」の成果がさっそく出ていると感じた。
 手術を受けるのは骨髄炎のサーディアちゃん(5歳)。感染部位の骨の中の細菌を消毒し、腐っている部分を削り取る。骨は強固で、削るたびに大きく振動する手術台で格闘すること約2時間、手術は無事終了した。

サーディアちゃんの骨髄炎の手術を執刀するハイダリ医師(中央)。

 骨髄炎が「貧困の病」といわれるのは、貧困による栄養不足から抵抗力がなくなり、傷口などから体内に侵入した細菌が炎症を起こして重症化するためだ。骨髄炎を発症する99%が1歳~11歳の子どもで、国民のほとんどが貧困に直面しているアフガニスタンでは、骨髄炎のまん延に歯止めがかけられない状況だ。

平和村の新しい取組み、「移動式クリニック」。

 平和村の新しいプロジェクト「移動式クリニック(MER)」が始まった。
 医療設備を整えた車両は、過疎地の無医村や難民キャンプへ赴き、予防接種や診療など基礎医療の提供ができる。さらには地震、洪水など自然災害の現場での活躍も大いに期待できる。

地震など災害現場での活躍も期待される「移動式クリニック」。

 この日はカブールからフェルズィ医師が来てMERで診療にあたった。イランとの国境を越えて来たばかりのアフマド・イサくん(6歳)は、微熱のためここで診療、薬を処方してもらった。父親は都市に出向かなくても医療が受けられることに感激していた。
 MERはカブールに移動し、次の出動に備えるという。平和村が撒いた医療の種が、アフガニスタンで少しずつ芽吹き出している。

現在は17歳と16歳になった2人。

平和村が愛のキューピッド。
アフガンのカップルに幸あれ!

2019年、当時11歳だったティナさん(左)と10歳のウベイドラさん(右)は平和村で出会い、恋に落ちた。ともに骨髄炎で渡独、治療以外の時間はほぼ一緒に過ごしたという。21年ティナさんは先に帰国。その後ウベイドラさんも帰国すると、ティナさんの両親を訪ね、2人の一途な愛を説き、結婚を許されたそう。末永くお幸せに!

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ドイツ平和村の現在

「アフガニスタンでの治療」と「ドイツへの援助飛行」の両輪で子どもたちに医療を届けていきます。
ビルギット・シュティフター(ドイツ国際平和村代表)

 この5年間、コロナによる制限や周辺国の紛争の影響などで、ドイツ国際平和村の活動は変化してきました。母国で適切な治療を受けられない子どもたちにドイツでの治療を提供する「援助飛行」で受け入れる子どもたちの数はやや減少しています。しかし、紛争地の子どもたちが緊急に医療を必要としている状況は変わりません。アフガニスタンの現地パートナー団体(赤新月社)と対話を重ね、23年から「現地手術プロジェクト」を進めてきました。平和村から医薬品や資金を援助し、24年は56件、25年は73件の手術を支援してきました。

ドイツの空港に到着した子どもに係員が寄り添う。

 そして25年から始まった新しいプロジェクトが「移動式クリニック(MER)」です。現地の環境に左右されずに医師が治療にあたれるよう、車両内に医療設備を備えた〝四輪の治療室〟を考案したのです。
 赤新月社が医師、看護師、運転手を手配し、平和村は車両と約半年分の医薬品を用意しました。これらの費用は、およそ15万2000ユーロ(約2500万円)でした。通販生活の読者のみなさんをはじめとした多くの方々のご寄附によって、このプロジェクトは実現したのです。

24年に2歳で平和村に来たツバイダちゃん(左)は
25年、笑顔で帰国。

 25年11月には、アフガニスタンから75人の子どもたちがドイツにやってきました。「助けを必要としている子どもたちのために、できる限り取り組んでいく」。この指針を忘れず、ドイツと現地での活動を両輪で継続していきます。引き続きのご支援を、なにとぞよろしくお願い申し上げます。

25年11月、帰国直前の49人の子どもたち。
1年〜2年半の治療滞在の後、家族の元へ帰る。

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平和村ではたくさんの日本人スタッフが活躍しています

「あなたが大好きだから!」
まっすぐな優しさに、胸がいっぱいになりました。

新階胡心さん(21歳/25年2月から10月までボランティア)

 両親が国際支援団体に寄附していたので、私も関心をもちました。平和村のことは母から教えてもらい、その理念と実際に働ける制度に惹かれ、ボランティアに参加しました。
 小さい子どもたちのおむつ交換や食事の補助など、日常生活の支援を担当しています。当初は言語で苦労したのですが、次第に慣れ、仕事に取り組めるようになりました。

 ある日、おやつを配ると、私にはおやつがないことに気づいた子どもたちが「あなたのことが大好きだから!」と、1つしかないおやつを分けてくれようとしたんです。その素直でまっすぐな優しさに、胸がいっぱいになりました。
 ここには紛争地でケガや病気をした子どもたちが集まるので、その身体に残る生々しい傷に最初は戸惑いました。彼らは、心にも深い傷を負っているはずです。それでも、人懐っこい満面の笑顔を見せてくれます。その姿に私の方が何倍も癒やされました。
 思い切って飛び込んだからこそ目の当たりにした“悲しい現実”と“見出した希望”は、私にとって大きな学びになりました。

子どもたちは、心身に傷を負っているが満面の笑顔を見せてくれる。

平和村の子どもたちは、ケガや離別で
辛いばかりと決めつけていたのは偏見でした。

藤井千彩さん(26歳/25年4月からボランティア)

 2歳から9歳くらいの子どもたちが生活する宿舎で、子どもたちが朝起きてから寝るまでの生活のお手伝いをしています。
 平和村での活動に参加する以前は、子どもたちの母国の情勢やケガの具合、親元を離れて暮すことなどから、辛く苦しい状況なのだろうと決めつけていました。しかしここでは、活気に溢れた前向きな子どもたちに多く出会います。彼らと過ごすうちに、自身の考えの偏りに気づかされました。

 私が国際協力に興味を持ったのは、小学校の担任の先生が青年海外協力隊として渡航したことがキッカケでした。大学で心理学を専攻する傍ら、移民や難民など、母国とは異なる国で生活する人々について勉強する中で、友人から、平和村のことを教わりました。平和村の子どもたちの生活を知りたい、支援したいと、ボランティアに応募しました。
 今は「子どもたちが大変な状況にあるから助けたい」とは考えていません。平和村でのさまざまな経験が、帰国後の彼らのよい思い出になればという思いで活動しています。

アフガニスタン以外に、アンゴラなど7ヵ国の子どもたちが一緒に過ごす。

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カンパの方法と活動報告

「ドイツ国際平和村」は、自国で十分な治療を受けられない子どもたちをドイツに連れてきて治療し、 治ったら母国へ帰す「援助飛行」という活動を50年にわたり続けています。

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