大人たちの戦争で満足に治療を受けられない子どもたちに1口2,000円のカンパを。

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「ドイツ国際平和村」は、自国で十分な治療を受けられない子どもたちをドイツに連れてきて治療し、
治ったら母国へ帰す「援助飛行」という活動を50年にわたり続けています。

ドイツから帰国した子どもたちと西谷さんで記念撮影。

西谷文和さん/ジャーナリスト
1960年、大阪府生まれ。吹田市役所を退職後、フリージャーナリストとして活動。イラク、シリアなど海外を中心に取材を続け、「報道ステーション」(テレビ朝日系)や市民メディア「ラジオ・フォーラム」などで発表している。2003年、NGO「イラクの子どもを救う会」を設立し、代表を務める。

米軍、タリバン、双方の武器で傷つく子どもたち。

「通学路でペンを拾ったんだ。ちょっと重かった。ペン先が開かないので、口にくわえて引っ張ったんだ。そしたら……」
ツバイヤー君(10歳・A)の記憶はそこで途切れている。閃光が走り、気がつけば病院のベッドの中。口に大きな穴があき、「ペンに似たもの」を持っていた右手の指は吹き飛んでいた。

ツバイヤー君(10歳)。ペン型の爆弾で右手の指を失い、口に大きな穴が開く。

2013年8月13日、アフガニスタンの首都・カブールにある赤新月社(赤十字社)事務所には、ツバイヤー君のように大きなケガをした子どもたち57人が参集した。彼らは明日、ドイツへと飛んでいく。「ドイツ国際平和村」が、アフガニスタンでは治療できない子どもたちをドイツで治療し、元気な姿でアフガニスタンに送り返してくれるのだ。
ツバイヤー君が拾ったペンに似せた爆弾は、おそらく米軍がばらまいたものだ。タリバンにはこのような爆弾は作れないし、持っていないだろう。なぜこんなにも残酷な爆弾が仕掛けられたのだろうか?
それは「タリバン少年兵」を狙った米軍からの〝プレゼント〟なのだろう。米軍に自爆テロを仕掛けるのは、総じて若者が多い。「マドラサ」と呼ばれるイスラム神学校で、極端なイスラム原理主義に洗脳された若者が、タリバン少年兵となって突撃してくる。神風特攻隊が10代、20代の若者中心だったように。彼ら「文字通りのタリバン」(タリバンとはアラビア語で「学生」という意味)に手を焼いた米軍が、こうした仕掛け爆弾をばらまいたと見るのが自然だ。
ツバイヤー君の隣に横たわっていたのが、アミナちゃん(9歳・B)だった。

アミナちゃん(9歳)。車で移動中、路肩爆弾で両足に重症を負う。

4ヵ月前、親族の結婚式に招待されて、母親と一緒にカンダハル(アフガニスタン南部の都市)の国道を車で走っていたところ、突然、身体ごと吹き飛ばされた。カンダハルでは、国道を通行する米軍を狙って、タリバンが頻繁に路肩爆弾を仕掛けてくる。母親は即死。彼女は両足に重症を負った。シーツをめくり上げて怪我の状態を撮影する。
シーツを外した途端、多数のハエがたかってくる。筋肉がむき出しになり、「肉のかたまり」と化した両足にハエが攻撃を仕掛けてくるのだ。急いで治療をしないと両足切断だ。

激戦地のカンダハルでは、アミナちゃんのような子どもがたくさんいて、ひっそりと暮しているのだろう。ドイツでの治療が成功してアミナちゃんが元気に帰還すれば、カンダハルの病院に入院中の子どもたちにも希望が芽生えるのではないだろうか。

戦争による貧困が子どもたちの命を奪う。

翌朝午前6時。子どもたちと平和村スタッフがバスに乗り込む。このバスでカブール空港に行き、ドイツへと飛んでいく。父母との別れがつらく、泣き叫ぶ子どももいた(C)。日本の学童疎開もきっとこんな情景だったのだろう。母から聞いた学童疎開の経験談を思い出す。

父母との別れに泣き出す女の子。

今回、ドイツでの治療を希望する子どもは、500〜600人いた。現地の医師と平和村のスタッフが1人ひとり面談して絞り込んだのが、この57人だ。アフガニスタンの病院で治療が可能と判断された子どもたちには、薬や包帯を渡し病院を紹介する。ドイツでの治療は、状況によって半年から2年程度という。いま泣きじゃくっている子どもも、輝くような笑顔で帰国してくるのだろう。
57人の中には、やけどで重症を負った子ども、骨髄炎に感染した子どもが多かった。その背景について考えてみたい。
アハマド・ザミア君(7歳・D)は、1歳の時にパン焼き釜に落ちた。アフガニスタンでは、大やけどを負って亡くなる子どもが後を絶たない。なぜか? それは「戦争による貧困」が原因だ。

アハマド・ザミア君(7歳)。1歳の頃、パン焼き釜に落ちて大やけど。左は地面に穴を掘ってつくったかまど。

アフガニスタンは、首都のカブールでさえガスも水道もない生活を強いられている家庭が多い。日本のように台所と寝室が分かれておらず、人々は、地面に穴を掘ってかまどを作り、薪やゴミで火をおこして調理する。
アフガニスタンの冬は寒く、零下20℃を超える凍てつく夜もある。寒い夜、唯一の暖房は地面の穴だ。幼児が暖を求めてかまどに近づく。そして、顔から炎の中に落ちてしまう。そのとき、1歳のザミア君は両手で踏ん張ったのだろう。炎で指が溶けて癒合してしまった。ドイツでの治療で指が切り離され、鉛筆が持てるようになればいいのだが。
ザビウラ君(5歳・E)は、家の屋根から落ちて顔面を骨折した。日本ならすぐに手術をして、傷の化膿を防ぐ抗生物質が投与される。清潔な状態で回復を待てば全治しただろう。しかし、アフガニスタンではそうはいかない。

ザビウラ君(5歳)。顔面を骨折後、骨髄炎になる。

下水もなくハエが飛び回っている村の衛生状態は悪く、骨折した部分に細菌が入り込み骨髄炎を起こす。こうなればアフガニスタンでは治らない。日本など先進国では普通のケガが、ここでは命取りの重症に発展していく。なぜ衛生状態が劣悪なのか? それは30年以上戦争が続いた結果、上下水道や電気、ガスなどの社会的インフラが整備されていないからだ。
アハマド・ズハイル君(4歳・F)の首は、先天的に膨れ上がっていた。カブール郊外の村に住んでいるが、父親によると近所の病院には同じ症状の子どもが多数入院していると言う。父親はカメラの前で、「このような症状の子どもが生まれてくるのは、戦争が原因と確信している」と述べたが、「劣化ウラン弾」がどんな物かは知らなかった。

アハマド・ズマイル君(4歳)。首が先天的に膨れ上がっている。

以前訪れたイラクの「バグダッド子ども病院」にも、先天性奇形の子どもがたくさん入院していた。イラクでは劣化ウラン弾の危険性がよく知られており、多くの人たちが「劣化ウラン弾を落とす米軍は憎い」と口にしていた。
アメリカの都合で大統領に選ばれたカルザイは、アメリカの戦争犯罪――劣化ウラン弾による被害を隠そうとしている。医師やメディアも処分を恐れ、声を上げることができない。だからアフガニスタンでは、いまでも劣化ウラン弾の存在がほとんど知られていない。

病院の薬や医療機器は絶望的に不足している。

戦争が続くアフガニスタンには、ドイツや日本のような先進医療技術がなければ命を落としてしまう子どもがたくさんいる。しかし、その全員がドイツで治療を受けられるわけではない。では「ドイツに行けなかった子どもたち」や「ドイツ平和村の存在すら知らない子どもたち」はどうしているのだろうか?
カブールの旧市街に、「インディラガンジー子ども病院」がある。案内してくれるハビーブ医師とまずはハグ。毎年この病院を取材するが、状況はあまり変わらない。薬も保育器もレントゲンなどの医療機器も絶望的に不足している。
まずは緊急病棟へ。「ギャーッ」と泣き叫ぶ声がこだまする。大やけどを負った子どもが水をかけられ、全身を震わせている。今朝、熱湯をかぶったという。「あゎあゎゎ……」と声にならない声が聞こえる。小さな瞳がカメラをみつめて「助けて」と訴えかける。
パン焼き釜に落ちた子どもが泣いている(G)。両手はガーゼにくるまれ、顔に大やけど。あのガーゼの下の両手指はすでにくっついてしまっているのだろうか?

パン焼き釜に落ちて大やけどを負う。

隣の部屋では栄養失調の子どもがベッドで泣いている。ムスタファ君(1歳・H)の母親も栄養不足で母乳が出なかった。「イャァイャァ……」。か細い泣き声で、口をチュパチュパと細めては、オッパイを求める仕草をしている。
必死の訴えをあざ笑うかのようにハエが顔にたかる。

ムスタファ君(1歳)。母親が栄養不調で乳が出ず、栄養失調に。

「食べ物を買うお金がなかったの」
ベッドの隣で、母親が寂しそうにつぶやく。なんでこんなになるまで放っておいたのか! 日本なら叱責するところだが、この母子にはお金がない。弱っていくムスタファ君を見かねた近隣の人たちがお金を貸してくれ、カブールの病院までたどり着けた。バスの代金は3千アフガニー(約6千円)。わずか6千円が工面できないことで、アフガニスタンでは尊い命が奪われてしまいかねない。

インディラガンジー子ども病院には、白血病やがんの子どもも多数入院している。ドイツ平和村の治療を申請した子もいれば、平和村を知らない家族もいる。57名の子どもの背後には、戦争と貧困によって殺されかけている子どもたちが多数存在しているのだ。

多くのアフガニスタン人はただ平和を求めている。

カブールの街は現在、「復興バブル」に沸いている。日米はじめ国際社会が多額の「復興支援金」を拠出した。そのお金で道路が整備され、マンションが建ち並び、治安維持という名目で軍隊や警察が巨大化した。そんなカブールから東へ車で30分の場所には、なんと「ニューカブール」が建設中だ。建設用の重機が立ち並び、道路が舗装され、巨大な街が作られていく。
復興資金の一部はカルザイ政権の汚職に消え、一部はアフガニスタンの建設会社に入る。今やカブールの人々は巨万の「戦争成金」と、1日1ドル以下で生活する「貧困層」に分かれてしまった(I)。

避難民キャンプの奥には豪華な結婚式場の建物が見える。

格差が極限まで拡大すると、テロが起きやすくなる。治安権限をアフガニスタン軍や警察に委譲し、撤退を始めた米軍は、基地からあまり外へ出なくなったので、テロリストのターゲットは「米軍に取り入って大儲けをしたアフガン富裕層」に向かっている。そう、最近の自爆テロは高級デパートで起こるのだ。戦争は弱肉強食の新自由主義経済をもたらした。そんな格差の怒りの中から、「ニュータリバン」が生まれてくる。
上空には米軍の「無人偵察飛行船」が浮かんでいる。そしてアフガニスタン・パキスタン国境付近では、米軍の無人戦闘機が、罪なき人々を殺害する。上空から生活を監視されたうえ、無人機で誤爆されていれば、当然反米感情が高まり、結果としてタリバンの勢力が伸びていく。悪循環だ。
アフガニスタンの多くの人々は、米軍の空爆もタリバンの自爆攻撃も支持していない。ただ平和を求めている。ドイツ平和村の活動が、アフガニスタンの負の連鎖を断ち切る一助になれば、と願う。

8月18日、2台の乗合バスが赤新月社の事務所に到着した。
パォーン、喜びのクラクションとともに、ドイツから帰国した子どもたちが降りてきた。骨髄炎の子どもたちには軽くて丈夫なアルミニウム製の松葉杖が。やけどの子どもたちは外科手術によって顔面が再生されている。癒合した指先が切り離されてペンを握れるようになり、字を書いて見せてくれる子もいた。
その中でひときわ輝く笑顔を見せてくれたのが、ツハルちゃん(10歳・J)。寒い冬、自宅のプロパンガスが爆発し、両手両足、顔面に大やけどを負った。1年前、この場所で彼女を見送った親族が、事務所に待機している。

ツハルちゃん(10歳)。家族と再会し満面の笑顔を浮かべる。

歩くことのできなかったツハルちゃんが、歩いている! 母親に手を引かれた彼女に、花束をもった兄弟姉妹が交互に抱きついている。みんな目をまっ赤にして泣き笑う。
ツハルちゃんは、この国の希望だ。戦争による貧困、そんな困難な状況を変えていくのは、この子たちの世代だ。戦争がいつまでも続いていいはずがない。ドイツから元気に帰国した子どもたちがこの国を励まし、平和を勝ち取ってくれるだろう。

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