大人たちの戦争で満足に治療を受けられない子どもたちに1口2,000円のカンパを。

「ドイツ国際平和村」は、自国で十分な治療を受けられない子どもたちをドイツに連れてきて治療し、
治ったら母国へ帰す「援助飛行」という活動を50年にわたり続けています。

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ドイツ平和村の子どもたちにカンパを

ドイツ・デュッセルドルフ国際空港に到着した子どもたち。
顔と両手をやけどしたニゴラちゃん(5歳)。

子どもたちを早く元気にするためには、
“平和村手術室”がなんとしても必要なのです

ビルギット・シュティフターさん●ドイツ国際平和村共同代表

ビルギット・シュティフターさん

 通販生活読者のみなさん、はじめまして。いつもご支援くださりありがとうございます。2019年6月をもって前代表のトーマス・ヤコブスは退任し、私とケビン・ダールブルフが共同代表に就任しました。代表が替わってもやることは変わりません。8月にアフガニスタンと周辺諸国から96人の子どもたちが平和村にやってきました。
 血行性骨髄炎と見受けられる子が多く、他にはやけどや先天性疾患、銃弾被害を受けた子どももいます。その中には骨髄炎が再発した子や金属プレートを取り除く子など、再びドイツに来た子どもたち10人も含まれています。来た当初はどの子も不安そうな表情を浮かべていましたが、それから約3ヵ月が経ち、友だちもできて食事もよくとるようになり、リハビリに励んでいます(下写真参照)。

協力病院の減少で、ドイツへ受け入れる子どもの数を制限しなければなりません。

 やることは変わりませんが、平和村を取り巻く状況はここ数年で大きな変化を見せています。もっとも大きな変化は、これまで何度もご報告しているとおり、子どもたちを無償で治療してくださる「協力病院」の減少です。2017年には155ヵ所ありましたが、現在は134ヵ所に減りました。主な理由は、病院の財政状況が厳しいことです。
 そのため、せっかくドイツに来ても治療をなかなか受けられない子どもたちが増えているのです。平和村では子どもたちが親から離れる期間をできるだけ短くしたいと考えており、苦渋の決断としてドイツに受け入れる子どもの数を制限しなければなりません。
 そんな状況を打開するため、平和村の敷地内に手術室を備えた「メディカル・リハビリセンター(平和村手術室)」を建設する計画を2016年から進めていました。ようやく2019年4月から、敷地内の工事が始まりました。完成は2020年内を予定しています。すでに医師や麻酔医が無償で手術をすると申し出てくれていますから、手術室ができれば、ドイツに来た子どもたちが早期に治療できることは間違いありません。
手術室の建設には、250万から300万ユーロ(約3億~3億6千万円/1ユーロ=120円換算)かかるだろうと想定されています。現在のところ、約100万ユーロのめぼしがついたので建設を始めましたが、まだ半分にも満たないのが現状です。

平和村敷地内の工事現場(左)と、完成予想図(右)。

子どもたちが母国で治療できるように現地での活動も進めていきます。

 今年、もう1つ力を入れたいと思っているのが、子どもたちに必要な治療を母国で可能にする「現地プロジェクト活動」です。
 アフガニスタンのような、現在もテロや紛争が続く国では大規模に行なうことは難しいのですが、例えば、ドイツ平和村の設立当初多くの子どもたちを受け入れていたベトナムでは、並行して現地で医療施設を建設し、現在では開設した診療所が100ヵ所以上あります。
 それによって、以前は毎年数人の子どもたちが治療のために渡独していましたが、2004年以降、1人の男の子をのぞき、子どもたちはベトナムで治療を受けられる状況になりました。いま力を入れているカンボジアでは、20年のうちに診療所をさらに2軒建設する予定で、約12万ユーロ(約1440万円)の資金が必要になります。
 通販生活読者のみなさんからは、長期にわたり多大な支援をいただいており、感謝の気持ちでいっぱいです。みなさんと私たちに共通するのは、「子どもたちを早く元気にしたい」という思いでしょう。
 平和村手術室の建設も現地プロジェクトも、そのために必要不可欠な活動です。どうか本年もご支援をよろしくお願いいたします。

ドイツ平和村の子どもたち

2019年8月の援助飛行で、アフガニスタンからドイツにやってきた子どもたちも、平和村で治療やリハビリを頑張っています。

骨髄炎で足が変形した ダーニッシュくん(アフガニスタン・9歳)


現地レポート

医師や薬は慢性的に不足しており、平和村のような外国のNGOの存在が、市民の命綱になっています。
写真・文/乗京真知(朝日新聞アジア総局員)

ドイツ平和村がアフガニスタンから子どもたちを受け入れ始めたのは1988年。
それから30年以上経ちますが、アフガニスタンからの子どもたちの受け入れは今も続いています。
治安が悪化し入国が困難ななか、現地で取材を続ける乗京さんに最新状況をレポートしていただきました。

テロや戦闘は1日約70件、結婚式場で自爆テロが起こる。

2019年7月に襲撃された選挙事務所。20人が亡くなった。

 機関銃を載せた警察車両が、アフガニスタンの首都・カブールを巡回する。官庁は高さ3メートル近い塀で囲われ、要塞化が進む。反政府勢力タリバーンや過激派組織イスラム国(IS)の標的になるからだ。
「私がたくさんの人を結婚式に招いたばっかりに、多くの仲間が死んでしまったのです」。カブールの仕立職人ミルワイス・ハラミさん(25歳)は2019年8月17日、妻ライハナさん(18歳)と結婚式を挙げた式場でISの自爆テロが起き、弟や親友ら60人以上を亡くした。
 不眠が続き、今でも人混みを見ると体の震えが止まらなくなる。親戚には「お前もバラバラになって死ねばいいのに」と責められ、精神科に通院している。「絶望を抱えて生きる被害者を、これ以上増やさないでほしい。国民に苦悩を負わせる政治を続けないでほしい」
 治安機関は事件後、テロ情報をつかんでいたが自爆犯を取り逃がしたと式場に釈明した。式場の所有者フセイン・スルタニさん(44歳)は「治安機能が崩壊している。祝い事さえ命がけだ」と憤る。同国ではテロや戦闘が1日約70件ほど起き、18年間の紛争で死亡した市民は4万人を超えている。

2019年10月、カブール市内で物乞いをする親子。

治安上の懸念で選挙も混乱、国のリーダーが決まらない。

 2019年9月28日にはアフガニスタン大統領選があったが、その2ヵ月前の7月末には、現職のガニ陣営の選挙事務所が襲撃され、20人が死亡。9月17日にはガニ氏の演説会場の爆発で30人が亡くなった。いずれもタリバーンの犯行とみられる。
 選挙事務所を訪ねると、建物は車爆弾や銃撃戦で周囲の4棟とともに半壊していた。焼け焦げた壁には弾痕が残り、赤黒い血痕が飛び散っていた。陣営の男性(34歳)は「選挙をやることで被害が増える矛盾を、変えるのもまた選挙だと信じている。
でも、怖い。投票日に何もないことを祈っていてほしい」と語った。治安上のリスクが高すぎると判断し、選挙運動を中止した陣営もあった。
 米政府監査機関によると、アフガン政府の統制が及ぶのは国土の約半分。残りは武装勢力の影響下にあり、投票率の低下は避けられない情勢だった。有権者は推計1700万人いるが、選挙管理委員会によると、うち投票に必要な登録を済ませたのは約970万人で、実際に投票したのは約200万人だったという。投票当日は治安上の懸念や機材の不備で投票できない投票所が続発した。
国連によると、選挙妨害を狙ったテロや銃撃で、少なくとも85人が死亡し、373人が負傷した。
 当初、選挙管理員会は1ヵ月ほどで暫定結果を発表する予定だったが、2ヵ月たっても発表のめどは立っていない。18人の大統領候補のうち、最大民族パシュトゥン系のガニ氏の優勢が伝えられているものの、2番目に多いタジク系を支持母体とするアブドラ元外相も少数各派の有力者の支持を取り付けていて、結果は見通せない。過半数に届く候補がいない場合は、上位2人の決選投票にもつれ込むことになり、国のリーダーが決まらない事態が少なくとも数ヵ月続くことになる。

2018年4月、戦乱から逃れて暮す子どもたち。

医療や教育分野の援助団体も武装勢力の攻撃対象になっている。

 アフガニスタンの国家運営を支えているのは、国際援助だ。
2016年にブリュッセルで開かれた「アフガニスタン復興支援国際会議」では、2020年までの4年間で約100の国・機関が計152億ドル(約1兆6千億円)を援助すると約束した。主要ドナーの日本は2001年以降に計7千億円を拠出した。国際援助がアフガン政府の予算の半分以上を占めている。
 援助の多くは治安分野に使われているが、治安維持は容易でない。治安部隊約30万人の力が及ぶのは、国土の約54%(2018年10月時点)。前線に給料や物資が届かず、部隊の投降や武器の横流しが相次いでいる。犠牲者が多いため、当局は部隊の被害規模を公表していない。日本も警察官の育成や地雷除去などで支援してきたが、状況は厳しい。
 長期化する紛争は難民を生み続けている。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の集計では、国外に逃れた難民の数は2018年時点で約270万人と、シリアに次いで2番目に多い。国内避難民も約210万人いる。
 経済の見通しも暗い。世界銀行によると、2018年の国内総生産(GDP)は10年前の2倍近い約194億ドル(約2兆600億円)になったが、2013年をピークに停滞。個人消費や投資も伸びない。24歳以下の失業率は3割近くに上っている。
 アフガン政府の統計によると、医療や福祉に回される資金は、政府予算の5%ほどに過ぎない。医療施設は2018年までに約2800ヵ所に増えたが、医師や薬は慢性的に不足している。5歳未満の児童の4割超が栄養失調だ。テロが多発している首都カブールでは、外国のNGOが運営する診療所が市民の命綱になっていて、海外からの支援が止まれば救急医療体制は崩壊しかねない。
 就学人口はタリバーン政権時代(1996~2001年)の9倍に増えた。就学者の4割を女性が占めるようにもなった。だが、若者(15~24歳)の識字率は男性74%、女性56%と差は依然大きい(2018年)。全国約400地区のうち半数に女性教員がいないことも、女性の就学を難しくしている。
 医療や教育分野の援助団体も武装勢力の攻撃対象になっている。国連などによると、援助団体を狙った事件は2018年に17件あり、36人が死傷、21人が誘拐された。各国のNGOは活動を縮小。かつて10を超えた日本の団体も大半が撤退した。
 そして、肝心の国際援助も減っている。経済協力開発機構(OECD)によると、アフガニスタンへの国際援助額は2017年に計約28億ドル(約3千億円)と、5年前から半減している。2016年のアフガニスタン復興支援国際会議で世界が約束した援助は、2020年までの期限付きで、その先どうなるかは2020年に予定されている次期会合で議論される。
欧米各国が他の紛争地や難民問題に資金を振り向けるなか、援助は減ることはあっても増えることはなさそうだ。武装勢力との和解を進めて治安を回復させ、経済復興や医療福祉体制の立て直しにつなげられるか、アフガニスタンは自立への正念場を迎えている。

カンパの方法と活動報告

「ドイツ国際平和村」は、自国で十分な治療を受けられない子どもたちをドイツに連れてきて治療し、 治ったら母国へ帰す「援助飛行」という活動を50年にわたり続けています。

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