映画評論家・山田宏一の今月の“2本立て映画”

映画評論の大家である山田宏一さんに、毎月、その時期に合わせた映画を「2本立て」(日本映画、外国映画)で紹介していただきます。今月は、春の兆しが感じられるこの時期にふさわしい、木下惠介監督の『春の夢』とルネ・クレール監督の『夜ごとの美女』の2本立てです。前者は岡田茉莉子、後者はジーナ・ロロブリジーダの美しさも特筆ものです。

紹介作品

春の夢

製作年度:1960年/上映時間:103分/監督・脚本:木下惠介/撮影:楠田浩之/音楽:木下忠司/キャスト:岡田茉莉子、久我美子、川津祐介、東山千栄子、小沢栄太郎、笠智衆、佐野周二、荒木道子、丹阿弥谷津子、中村メイコ、十朱幸代、田中晋二


夜ごとの美女

製作年度:1952年/上映時間:86分/監督・脚本:ルネ・クレール/キャスト:ジェラール・フィリップ、マルティーヌ・キャロル、ジーナ・ロロブリジーダ、マガリ・ヴァンドゥイユ、レイモン・ビュシエール

邦画は『春の夢』、洋画は『夜ごとの美女』という2本立てである。春の気配、春めく恋の夢と夜ごと見る美女の夢という夢の2本立てである。

風刺喜劇タッチのなか、恋に生きる女たちをやさしく見つめる傑作

木下惠介監督の『春の夢』(1960)は知られざる傑作と思っていたら、なんと、すでに、永久保存版とも言うべきDVD-BOX「木下惠介」(全集)が出ていて、その第四集に収録されていた。あでやかな色彩(撮影は木下惠介監督と名コンビを組んでいた楠田浩之)も夢のようによみがえってきて久しぶりにその妙味を堪能した。

DVDの解説書の「チャプター」には映画の見どころが興味深く以下のように章立てられている。

  1. 豪邸にお芋の配達
  2. 倒れてしまったおじいさん
  3. 代々養子で栄えた家柄
  4. このまま死ねば極楽往生
  5. ロクな人間いない家
  6. 「おばあさまお金を下さい」
  7. 会社もストに突入か?
  8. 蔭で花咲く恋愛模様
  9. 皆が狙う芋屋の財布
  10. 暴力団を雇った社長
  11. 小さな星も光ってる
  12. ボヤが出た日のハプニング
  13. おばあさまの大変心
  14. シュプレヒコールに送られて

これだけでもどんな映画か興味津津、なんとも虚虚実実の面白い展開になる。

1960年のお正月映画(とていねいに「お」を付けて呼びたくなる新春のおめでたい、楽しく華やかな気分にみちた大作)で、東山千栄子というお婆さん女優(とでも呼びたくなるほど見事にお婆さんの役ばかり演じていた貫禄ある名女優)が、青春の夢をよみがえらせてくれる恋物語「ロミオとジュリエット」を読みながら老いらくの恋に殉死する幕切れも幸福な大往生といったあざやかなハッピーエンドだ。天井には豪華なシャンデリアが吊された大邸宅の内側の玄関口が画面いっぱいにうつり、それが幕開きになる舞台劇のような構成で、そこから出たり入ったりする多彩な人物があれやこれや、次から次へと解決のつきそうもない問題を持ち込んでドラマを盛り上げることになる。

2千人もの従業員をかかえる製薬会社の社長(小沢栄太郎)の大邸宅なのだが、彼は婿養子の二代目社長で、初代の創業者の未亡人である東山千栄子のお婆さんには頭が上がらない。「みんな、あたしをたぬき婆あなどとののしって、早く死ねばいいと思ってるんだろ」と皮肉たらたらの祖母、東山千栄子は元気いっぱい。「もっと、もっと長生きしてください」などと言われても、「お世辞はけっこう」と、そう簡単には死にそうもない。一家を実質的にしきっている元締といった感じだ。一家といっても大家族というほどではなく、社長夫人はすでに亡くなっていて、孫娘が2人、長女(丹阿弥谷津子)は自由奔放な戦後派の女性(アプレゲールといった呼称はすでに古めかしくなっていた頃だったかもしれないが)で若い男たちと遊び歩き、ときには邸宅の2階の寝室に連れ込んだりして手のつけられないアバズレぶり。そこで、次女(岡田茉莉子がシックな黒のスーツや純白の毛糸編みのキャップにカーデイガンといった洋装で、とても美しい)になんとか父親のような商才に長けたしかるべき婿を取らせて製薬会社の跡継ぎにしようと祖母も父親も決めているのだが、次女には貧しい画家の恋人(原美樹)がいて、祖母が認めてくれないので、もめつづけている。2人の娘たちの下に大学生の長男(川津祐介)がいるのだが、これが半ズボンというにはきわどく丈の短すぎるショートパンツをはいて、哲学辞典のような大型の本を手に持って家中をうろつき、いかにして正しい人生の道を見出すべきか、「ああ、人生とは何だろう」とむなしく真剣に悩んでいる幼稚な変人なので、こいつはどうしようもないと祖母も父親もあきらめているかのようだ。それどころか、父親にとっては会社が春先から賃上げ闘争でストライキに入り、その対策に頭をかかえ、重役たちを邸宅に招いて討議中なのである。

そんなときに、焼き芋を届けに来たお爺さん(これも私が映画を見始めた戦後にはいつも見事にお爺さんばかり演じていた飄々たる名優、笠智衆)が裏の勝手口から入らずに正門から入って邸宅の応接間のある庭先に来てしまって(地下足袋をぬぐと両足があかぎれで絆創膏だらけである!)、ちょうど掃除中だった若いお手伝いさんの十朱幸代に家具などを動かす手助けをたのまれるが、突然、脳溢血で倒れ(これが映画の発端になるのだが)、邸宅に出入りしている町医者(佐野周二)が急きょ呼ばれて「絶対安静」と診断、もうひとりのお手伝いさん(中村メイコ)があわてて蒲団を運んできて寝床をつくってやったりして(焼き芋を注文したのも彼女たちなのである)、そのままお爺さんは応接間に「入院」状態になってしまう。スト対策に老人問題と時ならぬ異常事態に社長は怒り狂い、さっさとお爺さんを追い出そうとするが、脳溢血で父を失くした女秘書(久我美子)がそんな非情な社長の態度に反撥して猛反対。町医者の佐野周二も社長を諫めてやむなく一件落着と思いきや、警察からの報告でお爺さんの身の上に起こった不慮の出来事を知った下町の同じアパートの住人たちが押しかけてお見舞いに来るが、お見舞い金を持ってくるどころか、みな、焼き芋屋のお爺さんが長年貯め込んできた貯金や財布を肌身離さず持っていることを知っていて、その財布や貯金目当てにまるで獲物を横取りするハイエナさながら寄ってたかってきたのがわかってくる。ただひとり隣室の青年(田中晋二)だけが親身になってお爺さんの看病をみてやるのだが、お爺さんは死を間近にしても疑い深く、なかなか信用しない……。

イラスト/池田英樹

やんわりとながら皮肉なタッチの木下惠介監督ならではの風刺劇なのである。DVDの解説書には佐藤忠男氏が「下司っぽく野卑な人間、粗暴な人間への嫌悪は木下惠介の全作品に一貫している」と書いている。

「恋のために苦しみ、悩み、青春を燃えつくした思い出の夢だけが最後の人生の生き甲斐」と東山千栄子のお婆さんは深く溜息をつきながらつぶやくのだが、春の夢は恋の夢、社長に「早く帰って男でも探しなさい」などと嘲笑されてお説教される久我美子のオールドミスの女秘書も、お婆さんに仕える冷たい表情の家政婦、荒木道子も、そしてもちろん美しい次女の岡田茉莉子も、結局は恋に生きる女の勝利を証明するに至る。木下惠介の映画はまさに「女の園」なのである。

『春の夢』は岡田茉莉子にとって「巨匠」木下惠介監督との初めての仕事だった。自伝「女優 岡田茉莉子」には、プロデューサーから「お正月映画ですから喜劇です」と告げられた岡田茉莉子が緊張してステージに立つと、その緊張を一瞬にして解きほぐすこんな見事な「演出」をしたと述べている。

『春の夢』の、初日のセットでのことである。私のクローズ・アップを撮るテストをしながら、木下さんはカメラのレンズを覗き込んだまま、「綺麗ね!」と声を上げられ、カメラマンの楠田浩之さんに、「君も、見てごらんなさい」といわれた。
一瞬、私は恥ずかしい思いがした。それが木下さんでなければできない演出だったのだろう。はじめて出演する私が自信をもって演技できるよう、なんのためらいもなく、そうした言葉をかけることのできる監督だった。

撮影技術に精通していた木下惠介監督は「みずからカメラのポジションとフレームを決め、私たち俳優に演技の動きを迷うことなく指示すると、自分でカメラのレンズを覗きながら、テストをされる」し、そして本番の撮影に入ると「俳優の演技について細かい注文はほとんどされなかった」という。木下惠介の映画における俳優たちの自然なすばらしさと今なお古びることのないフレッシュな魅力の秘密がそこにあるのだろう。演出は「芝居をつくる」ことではなく、俳優がキャメラに美しくとらえられることによって自ずとつくられ、生まれてくるものが大事なのであり、キャメラを魅惑する演技こそ映画的な「芝居」なのだということになるのだろう。

夢の美女を追う貴公子ジェラール・フィリップ主演の軽妙洒脱なコメディー

かつて「世界一の美女」「美女の中の美女」とうたわれたイタリアの肉感的なグラマー女優(当時、1950年代には肉体美女優などと呼ばれた)、ジーナ・ロロブリジーダがこの[2023年]1月16日、95歳で亡くなった。追悼という以上に彼女の出た映画をどうしても見たくなった。なかでも、白黒作品だが、名匠ルネ・クレール監督のフランス映画(仏伊合作)『夜ごとの美女』(1952)が私にはとくに忘れがたい。長身の美男子で、容貌・風采がすぐれているばかりでなく気品があって「貴公子」の名で呼ばれて人気絶頂のスター、ジェラール・フィリップ主演の軽妙洒脱なコメディーで、オペラの作曲家をめざす売れない音楽教師が夜ごと夢みる美女たちの一人がジーナ・ロロブリジーダなのだが、出番は少ないものの強烈な印象で、アラブのお姫さまというか、「アラビアン・ナイト」のハーレムの美女を演じ、おへそまるだしの美しい裸身をさらけ出して(実際、露出度も半端ではなく、入浴シーンでは背中とお尻だけだが当然ながら全裸になって)男たちを悩殺したものである!

そんな悩ましい入浴シーンを貴公子ジェラール・フィリップが望遠鏡であられもなくのぞき見るのだが、卑猥な出歯亀の感じなどまったくしない。気品があって清潔感あふれる美貌の名優がいたずらっぽく、ユーモラスに、駄々っ子のようにはしゃいでいる感じだ。

イラスト/池田英樹

いいところで目が覚めてしまい、もう一度同じ夢を見ようと羊を1匹、2匹と数えて3267匹まで数えたりして、夜は閉じられた宮殿の扉をあけて深窓の美女の心をひらく巨大な鍵をもらった貴公子は——もちろん夢のなかで——ついにベッドの美女を抱きしめ、美女も「あなたのためにヴェールも身につけたものもすべて脱ぎ捨てましょう」と歌い(オペラの作曲家志望の音楽教師の夢のなかでは、どんなシーンもコミカルだがオペラ仕立てになっている)、そこですべてが…というところでいつもながら邪魔が入って、というのも、現実が夢のなかに入り込んできて、やむなく目が覚めてしまうのだ。映画のジーナ・ロロブリジーダは永遠に夢の女なのである。

女優ジーナ・ロロブリジーダは1970年代には引退して、その後、「私のイタリア」などの写真集で知られる写真家として活躍していた。たしか、日本でも写真展が開かれたことがあると思う。

イラスト/野上照代

山田宏一

やまだこういち●映画評論家、翻訳家。ジャカルタ生まれ。東京外国語大学フランス語学科卒業。1964~1967年にパリ在住。その間「カイエ・デュ・シネマ」の同人となり、ジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォーらと交友する。

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