映画評論の大家である山田宏一さんに、毎月、とっておきの映画を「2本立て」で紹介していただくコーナーです。今回は、今年で生誕100年の名女優・高峰秀子の少女時代の代表作『秀子の應援團長』と、イギリスの往年のサスペンス映画の傑作として誉れ高い『ミュンヘンへの夜行列車』です。奇しくも同じ1940年に製作され、映画ならではの楽しさと面白さに溢れた2本立てをお楽しみください。
紹介作品
秀子の應援團長
製作年度:1940年/上映時間:71分/監督:千葉泰樹/脚本:山崎謙太/撮影:中井朝一/音楽:佐々木俊一/出演:高峰秀子、灰田勝彦、小杉義男、清川玉枝、若原春江、千田是也、沢村貞子、音羽久米子ほか
ミュンヘンへの夜行列車
製作年度:1940年/上映時間:93分/監督:キャロル・リード/脚本:シドニー・ギリアット、フランク・ローンダー/原作(短篇小説):ゴードン・ウェルスリー/撮影:オットー・カンツレク/音楽:ルイス・レヴィ/出演:レックス・ハリソン、ポール・ヘンリード、マーガレット・ロックウッド、バジル・ラッドフォード、ノーントン・ウェイン、フェリックス・アイルマー、ローランド・カルヴァーほか
屈託がなくナチュラルな高峰秀子の存在感
今年は、昭和の大女優、それも5歳で映画初出演して以来天才子役として人気を博し、名優の名をほしいままにして半世紀に及ぶキャリアで300本以上の映画に出演した高峰秀子(1924生–2010没)の生誕100年を記念して多彩な特集上映や展覧会などが全国各地で開催されている。
DVD(あるいはBD)でも見られる高峰秀子主演作品のなかから忘れがたい何本かを拾い上げてみようと思う。私が最も強く心を打たれた作品は成瀬巳喜男監督の『あらくれ』(1957年)だが、それは次回以後、最後のお楽しみということにして、まずは少女時代の——子役からティーンエイジャー(10代)に成長した——デコちゃん(の愛称で親しまれた)の名作の1本、『秀子の應援團長』(千葉泰樹監督、1940年)から——。
イラスト/池田英樹
丸首のセーターに白いソックス、同じセーラー服の女友だちとこっそり焼き芋を買っておいしそうに食べたり、「幼い頃から子役としてスクリーンに出ていた高峰秀子のカメラ馴れした屈託のないナチュラルな味が映画の救いになっている」と評価されたほど少女時代の高峰秀子は新鮮ですばらしく、画面は古めかしくても戦時中の暗い世相などまったく感じさせない映画だ。
野球狂の少女が、叔父の監督する弱小プロ野球チーム、アトラス軍の応援歌まで作って、野球好きの子供たちと合唱し、女学校の同級生たちとともに歌い、家族のみんなとも歌い、野球チームとも合唱し、街中が歌い、球場でも歌ってチームを応援する。主題歌「青春グラウンド」の誕生だ
♪ナインの胸に/燃える若い血よ
たのし 青空/仰げ 旗は鳴る
打て 打て 打て/勝て 勝て 勝て
タラランランラン
タラランランラン
タラランランラン
球よ 飛べ/若い夢のせて
晴れの栄冠は/堂々 我がもの
最後は高峰秀子がひとり球場の人けなき客席のまんなかで、バンザイを三唱。映画の冒頭のクレジットタイトルに「日本野球聯盟参加」と記されているように、後楽園スタジアム(球場)に巨人軍の名選手(私が初めて知った外人選手、スタルヒンなど)も顔を見せる。
しかし高峰秀子の少女やみんなが応援するアトラス軍は負けっぱなし。
灰田勝彦というハワイ生まれの野球好きの若い歌手がアトラス軍の投手を演じ、奮闘むなしく敗戦に敗戦、試合の終わった球場で ♪男純情の/愛の星の色/冴えて夜空に/ただひとつ/あふれる想い…と歌う。甘い歌声で大ヒットした名唱「燦(きら)めく星座」(作詞・作曲は「青春グラウンド」と同じ佐伯孝夫・佐々木俊一)である。
日本最初の(たぶん)ハワイアン・バンドのヴォーカルとウクレレ奏者で人気の流行歌手で映画俳優としても活躍することになる灰田勝彦だったが、『秀子の應援團長』では高峰秀子はあくまでも気持ちがいいくらい単純な野球狂のおてんば娘、ピッチャー灰田勝彦との甘いロマンスのようなものはない。
血湧き肉躍る冒険映画の醍醐味
「イギリスのサスペンス映画」という5枚組のDVDボックス(ジュネス企画)には、前回紹介させていただいたシドニー・ギリアット脚本・監督の『絶壁の彼方に』(1950年)とともにシドニー・ギリアット脚本(『絶壁の彼方に』では製作を担当したフランク・ローンダーと共同)のスリル満点の冒険活劇、『ミュンヘンへの夜行列車』(1940年)も収録されていて、姉妹篇と言ってもいい面白さである。監督はのちに『邪魔者は殺せ』(1947年)や『第三の男』(1949年)といった世界的な名作を撮るキャロル・リード。
第2次世界大戦前夜、1939年9月、ナチス・ドイツ占領下のチェコスロバキアを舞台にドラマがはじまる。のちにハリウッドの大スターになるレックス・ハリソン(1964年の『マイ・フェア・レディ』ではオードリー・ヘップバーンの花売り娘に美しい発音を教え込む言語学者のヒギンズ教授を演じた)やポール・ヘンリード(1942年の『カサブランカ』では美しいイングリッド・バーグマンを妻に持つ反ナチ運動のリーダーを演じた)が若々しく熱演している。
イラスト/池田英樹
ナチに捕らえられたチェコスロバキアの科学者(ジェームズ・ハーコート)とその娘(マーガレット・ロックウッド)を救うためにナチの将校に変装したイギリスの諜報員(レックス・ハリソン)がナチの秘密情報員(ポール・ヘンリード)の厳しい監視の下にミュンヘン行きの夜行列車に乗り込む。ミュンヘンに着くまでに列車の内外でいろいろなことが起きる。列車のなかにはイギリス人の旅行者(バジル・ラッドフォードとノーントン・ウェインの名コンビが愉快な愛国者を演じる)が乗り合わせていて思いがけない大活躍をするのだが、ユーモラスで波瀾万丈。列車が一時停車したときにレックス・ハリソンの身元がバレてしまい、ついにポール・ヘンリードが拳銃を抜いて「芝居も終わりにしてもらおうか」とすごみ、万事休すとなった一瞬……ここは見てのおたのしみということにして、列車がミュンヘンに到着したあとも逃走劇がつづき、『絶望の彼方』さながら、標高2400メートルの山頂でケーブルカーによる国境越えがクライマックスになるという冒険映画の醍醐味をたっぷり味わえる傑作である。
イラスト/野上照代
山田宏一
やまだこういち●映画評論家、翻訳家。ジャカルタ生まれ。東京外国語大学フランス語学科卒業。1964~1967年にパリ在住。その間「カイエ・デュ・シネマ」の同人となり、ジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォーらと交友する。