映画評論家・山田宏一の今月の“2本立て映画”

映画評論の大家である山田宏一さんに、毎月、とっておきの映画を「2本立て」で紹介していただくコーナーです。今回は先ごろ亡くなった米国の俳優ジーン・ハックマンを追悼して、代表作の『フレンチ・コネクション』と『フレンチ・コネクション2』の洋画2本立てです。まさに2本立てらしい2本立てで、あらためてこの名優の魅力に触れながら偲びたいと思います。

紹介作品

フレンチ・コネクション

製作年度:1971年/上映時間:104分/監督:ウィリアム・フリードキン/製作:フィリップ・ダントニ/原作:ロビン・ムーア/脚本:アーネスト・タイディマン/音楽:ドン・エリス/撮影:オーウェン・ロイズマン/出演:ジーン・ハックマン、ロイ・シャイダー、フェルナンド・レイ、トニー・ロ・ビアンコ、フレデリック・ド・パスカル、マルセル・ボズフィ、エディ・イーガン、ソニー・グロッソ、ビル・ヒックマン、アーリーン・ファーバーなど


フレンチ・コネクション2

製作年度:1975年/上映時間:119分/監督:ジョン・フランケンハイマー/製作:ロバート・L・ローゼン/脚本:ロバート・ディロン、ローリー・ディロン、アレクサンダー・ジェイコブス/音楽:ドン・エリス/撮影:クロード・ルノワール/出演:ジーン・ハックマン、フェルナンド・レイ、ベルナール・フレッソン、フィリップ・レオタール、エド・ローター、シャルル・ミロー、ジャン=ピエール・カスタルディ、キャスリーン・ネスビットなど

 ジーン・ハックマンが亡くなった。享年95。各紙、訃報には「米俳優『フレンチ・コネクション』」と付されているように、1971年の映画『フレンチ・コネクション』(米アカデミー賞作品賞・主演男優賞受賞)と75年の続篇『フレンチ・コネクション2』の2部作が代表作として知られる名優(というよりも怪優と言うべきかもしれない)であった。「おせじにも二枚目とはいえない中年スターの登場は、個性派時代の到来を印象づける」と「キネマ旬報外国映画事典」にも記されているように、遅咲きの41歳の注目の新人は若い美男スターのハリウッド映画の伝統をしのぐ凄まじい勢いであった。

●疲れを知らぬ体当たりの演技で一世を風靡

「ニュー・シネマ、暴力、セックス、芸術! 自由にめざめたハリウッドの衝撃」という「タイム」誌の記事のセンセーショナルな見出しとともに喧伝されたアメリカン・ニュー・シネマの幕開けとなった『俺たちに明日はない』(アーサー・ペン監督、1967年)にはギャングの傍役で出演し、いらだたしく目立つ程度だったが、その後、『イージー・ライダー』(1969年)や『ファイブ・イージー・ピーセス』(1970年)といった根無し草のような若者たちの挫折を描いた一群のニュー・シネマ旋風のあと、古きよき時代のハリウッド映画の夢のように美しく心地よい清潔感とはうって変わったリアルな、ざらざらした映像の感触が今日に至るアメリカ映画の主流をなすきっかけともなった『フレンチ・コネクション』では、いっきょにスクリーンをはげしく駆けめぐるジーン・ハックマンの体当たり演技が脚光を浴びることになったのである。ポパイと呼ばれるこの映画のジーン・ハックマンは刑事の役なのに正義感のかけらもなく、暴力には暴力だといわんばかりの張り切りぶりで、麻薬犯罪者を検挙して取り締まる側なのにどっちが悪役かわからないくらい兇暴で、その体当たりのすさまじさたるや胸のすくような見ものといったところ。しょぼくれた中年男と思いきや、疲れを知らぬ奮闘ぶりにはただもう圧倒された。

イラスト/池田英樹

 腰の拳銃ならぬ足元のくるぶしのあたりに特製のガンベルトをつけて小型の鋭い拳銃なども巧みに使いまくるジーン・ハックマンのポパイ刑事のタフ・ガイぶり。それにクラウン(帽子の頭部をおおう山の部分)がポーク・パイに似ているのでポーク・パイ・ハットとよばれた四角っぽい帽子を大事そうに野暮ったくかぶって大活躍する。相棒のロイ・シャイダー扮する地道ながらタフな刑事とも相性のいい最強のコンビだ。ニューヨークの下町ブルックリンの裏通りで麻薬の売人どもを逮捕するためにサンタクロースとホットドック売りに変装した2人組の初登場するシーンから快調そのものである。
 フレンチ・コネクションとよばれるフランス麻薬密売組織をあばき、追いつめる刑事アクションもので(映画は南フランスの港町、マルセイユからはじまる)、実録(ドキュメンタリー)も公開された。映画化にあたって本物の2人組の刑事が技術顧問を担当、大きな話題になった。1968年にスティーヴ・マックイーン主演でダイナミックなカーチェイス・アクションを中心にしたスリル満点の刑事アクション映画『ブリット』(ピーター・イエーツ監督)を製作したフィリップ・ダントニがプロデューサーで、テレビのドキュメンタリー番組からのちにオカルト・ブームを生んだ話題作『エクソシスト』(1973年)などを撮るウィリアム・フリードキンが監督。息もつかせぬスピーディーな展開である。
 ハリウッドは第2次世界大戦直後にもセミ・ドキュメンタリーという、犯罪をその事件が起きた現場でロケーション撮影するという、なまなましくリアルな手法で活性化したが、その代表作と言っていい『裸の町』(マーク・ヘリンジャー製作、ジェールズ・ダッシン監督、1948年)を想起させるような『フレンチ・コネクション』であった。
 国際的な麻薬密輸組織のボス、シャルニエに扮するフェルナンド・レイは世界的な名匠ルイス・ブニュエル監督の『ビリディアナ』(1961年)や『哀しみのトリスターナ』(1969年)などで知られたスペイン出身の国際的名優で、貫禄のある優雅なフランス人の紳士として出てくる。いかにもヤンキーといった風情で下品で好色で暴力的なジーン・ハックマンとは対照的な、社会的地位や人望もありそうな、上品で狡猾な悪党である。高級レストランで上等のワインと豪奢な食事コースをたしなむシャルニエと寒さで凍えそうな街頭でスタンドのテイクアウトの安物のピザ・パイを紙コップ入りのコーヒーで飲み込みながら見張るポパイ刑事の対照が痛烈に印象的だ。シャルニエの手下の冷酷な殺し屋(マルセル・ボズフィ)がまた第一級の殺し屋という凄味があって、犯罪都市ニューヨークの高架線を暴走する電車とそれを死に物狂いで追うポパイ刑事の白昼の迫真的なカー・チェイスが圧巻である。

●ハックマンのタフ・ガイぶりは続篇でも健在

 監督が新鋭のウィリアム・フリードキンから同じくテレビ出身だがベテランのジョン・フランケンハイマーに替わった続篇の『フレンチ・コネクション2』は、ニューヨークからフランスのマルセイユに逃げのびた麻薬秘密組織のボス、シャルニエを追ってポパイ刑事が単身マルセイユにやってくるところからはじまる。フランスの警察からは冷遇され、勝手なことをされては困るとパスポートも拳銃も取り上げられ、そのうえ言葉も通じないという不自由さである。それでもなんとか組織に乗り込もうとしてポパイ刑事は逆に捕らえられてしまい、フランスからアメリカへの麻薬ルートを壊滅させるどころか、組織に監禁されてヘロインを打たれ、中毒にさせられてしまう。こうして麻薬漬けになったジーン・ハックマンがいかにしてその地獄のような苦しみに耐え、そこから回復するか、ここでもその体当たり演技が映画の見どころになる。バルテレミーという名のフランス側の警察の責任者になるベルナール・フレッソン扮する熱心な刑事とのおたがいに言葉の通じないやりとりが感動的でもあり、笑わせもする。幻覚症状やら記憶の錯綜やら、野球のことなどはまるでとんちんかんのフランス人がケリーという名が出ると映画『雨に唄えば』のジーン・ケリーかと思い込んだり、おかしな対話の連続である。

イラスト/池田英樹

 タフ・ガイ、ジーン・ハックマンはあれやこれやでついに禁断症状から抜け出して、追いかけて、さがしまわり、走りに走り、へとへとになりながも最後には波止場まで組織のボス、シャルニエを追いつめ、船で逃げ出す一瞬をとらえて、執念の一発、とどめの一撃を放つのだ。カタルシスと言いたいくらいだ。すべての緊張感から解放されるきわめつきの一瞬である。

イラスト/野上照代

山田宏一

やまだこういち●映画評論家、翻訳家。ジャカルタ生まれ。東京外国語大学フランス語学科卒業。1964~1967年にパリ在住。その間「カイエ・デュ・シネマ」の同人となり、ジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォーらと交友する。

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