映画評論家・山田宏一の今月の“2本立て映画” - 第48回『有りがたうさん』『マーフィの戦い』

映画評論の大家である山田宏一さんに、毎月、とっておきの映画を「2本立て」で紹介していただくコーナーです。すっかり春めいてきましたが、そんな季節にふさわしく、邦画は、戦前から活躍し名匠とうたわれた清水宏監督の爽やかで心地良いロードムービーの傑作『有りがたうさん』を取り上げます。そして洋画は『アラビアのロレンス』で有名なピーター・オトゥール主演のすさまじい戦争映画『マーフィの戦い』です。まさに異色の2本立てを存分にお楽しみください。

紹介作品

有りがたうさん

製作年度:1936年/上映時間:76分/監督・脚本:清水宏/原作:川端康成/撮影:青木勇/音楽:堀内敬三/出演:上原謙、桑野通子、築地まゆみ、二葉かおる、石山隆嗣、仲英之助、青野清、小倉繁、河井君枝、如月輝夫、利根川彰、河村黎吉、忍節子、高松栄子、久原良子ほか


マーフィの戦い

製作年度:1971年/上映時間:107分/監督:ピーター・イェーツ/原作:マックス・カットー/脚本:スターリング・シリファント/撮影:ダグラス・スローカム/音楽:ジョン・バリー、ケン・ソーン/出演:ピーター・オトゥール、シアン・フィリップス、フィリップ・ノワレ、ホルスト・ヤンセン、ジョン・ハラムほか

●バスに乗り合わせた人々の交流をあたたかく描く珠玉の名作

 「ありがと〜う」という、何とも言えない、ゆったりとした、ささやくような、つぶやくような、それでいてよく通る親しみのこもった呼びかけのような感謝の言葉がいつまでも心に残って忘れられなくなる。山と海にはさまれた狭い道を安全運転でおだやかに走る路線バスの制服・制帽の運転手さん(上原謙)が人や車などを追い越す(というよりも、バスを優先して人や車などが道の脇へ寄ってくれる)たびに挨拶をする口ぐせのような「ありがと〜う」なのである(原作は川端康成の初期の短篇集「(てのひら)の小説」百篇のごく短い1話「有難う」)。その「ありがと〜う」という運転手さんの言いっぷりがなんとものどかで、のんびりした口調だ。映画のはじまりからバスが走り、つるはしを振り下ろす道路工事の2人の抗夫が道をあけてくれると、運転手さんが「ありがと〜う」と挨拶する。薪をかついだ2人の農夫も道をあけてくれる。「ありがと〜う」。もっこを背負った4人の農婦も道をあけてくれる。「ありがと〜う」。農家の前の道のまんなかで餌をついばむ4、5羽のニワトリもあわてて飛びはねてバスをよける。「ありがと〜う」。
 といった実にのんびりとした愉快な出だしだ。「だから/彼を/有がたうさん/と云ふ」という字幕が入る。何とも言えぬ快調な出だしだ。
 山あいの狭い道、海と山にはさまれた険しい道。静岡県伊豆半島の天城街道である。戦前の、1936年(昭和11年)に全篇オール・ロケーションで撮影された画期的な日本映画だ。清水宏監督作品。
 ようやく(というか、むしろ急に、と言うべきか)春めいてきて、桜も開花のシーズンになり、ふっと思い出したのがこの映画なのだが、久しぶりにわが愛蔵版DVD(デジタル修復によるニューマスター版4枚組BOX「清水宏監督作品」第1集「山あいの風景」所収」)を見たところ、季節は春先ではなく、秋である。陰暦10月ごろの小春日和といったところか。
 乗合いバスだから、いろいろな人物が乗り降りして、多彩な人間模様が描かれることになるのだが、映画の冒頭に登場人物全員が配役とともに紹介され、クレジットされる——「黒襟の女…桑野通子」/「売られていく娘…築地まゆみ」/「その母親…二葉かおる」/「髭の紳士…石山隆嗣」/「行商人…仲英之助」/「田舎の老人…青野清」/「新婚夫婦…小倉繁、河井君枝」/「うらぶれた紳士…如月輝夫」/「田舎のアンちゃん…利根川彰」/「東京帰りの村人…河村黎吉」/「その娘…忍節子」等々。バスには乗らないが、バスの運転手に伝言や買物をたのむ人たちやら、停車所の「茶店のお婆さん…高松英子」、巡業中の東京女歌舞伎の一座やら、旅芸人たちやら、バスを追いかける村の小学生たちやら、「白い朝鮮服(チマチョゴリ)の女…久原良子」等々。もちろん配役の筆頭には「有りがたうさん…上原謙」と出る。そういった存在のすべてが点景として断続的にスケッチふうに描かれるだけでなく、そこから人生の多様な物語が浮かび上がってくるという、さりげなく見事な構成だ。
 港町・下田の停車場の休憩所(告知板に「今度の上り 午後三時発」の文字が読める)でタバコを吸いながら運転手の有りがたうさんが寝転んで、これから上りのバスに乗る母と若い娘に茶店のおばさんが話しかけるのを聞いている。「娘さんを本当に働きに出すのかね、かわいそうに…かわいそうにねえ」「いつまでも遊んでいられる年でもなし、どうせ出すなら寒くならないうちにと思ってね。一人で行ってくれるといいんだけれど、初めての旅ではあるし、遠い所へ行くんだし、当分会えなくなると思って、せめて汽車まで送ってくことにしましたよ」「東京の奉公先はお屋敷かね…かわいそうに…かわいそうにねえ」と、本当にかわいそうに思ったらしく、店先に出してあるようかんを2、3本取って差し出し、「自動車のなかで召し上がるといいよ」「そんなことしてもろうては…」「いいんだよ、二つの峠を越して行くんだもの」「(母親は拝むように手を合わせて)ありがとうございます…ありがとうございます」
 こうした会話が古い映画の録音(当時はもちろん画期的な日本で開発された「土橋(つちはし)式松竹フォーン/全発声版」という字幕が冒頭に出る)だったが、画像以上にひどい音声の劣化を実は「日本語字幕入り」で読める(!)ように配慮された、これぞとっておきの松竹蒲田作品のデジタル修復のニューマスター版なのである。トーキー初期の日本映画は台詞がとくに重要だったにちがいなかったことを思えば(有りがたうさんの「ありがと〜う」という独特の感謝の挨拶だけでなく、出てくる人物のどの台詞回しもゆったり、ゆっくり、わかりやすくしゃべっているのもそんなトーキー初期の事情にもよるのだろうと思う)、日本映画をトーキーなのに日本語字幕入りで読みながら見るというのはなんとも奇妙かもしれないが幸福な体験と言わなければならない。
 「売られゆく」娘については、乗合いバスのなかでも、その母親と客の老人とのあいだでこんな会話が交わされる——「娘さんはおいくつかね?」「十七ですよ」「十七、八といや、昔は嫁入り(ざか)りだった…それでもお前さんは娘さんを持って幸せだよ。男の子を持ってごらんなさい、働こうにも仕事なんかありゃしません」。当時の不景気をボヤくせりふがしょっちゅう出てくる。
 運転手の有りがたうさんとそのすぐうしろの席にすわった「黒襟の女」とのあいだでもこんな会話がつづく——バスの外を出稼ぎの一家が戻ってきたらしい光景をとらえたあと、「このごろは毎日失業者が村に帰って来ますからねえ」「それでも帰る家がある人は幸せだよ。あたしなんか、ほうぼう歩いているうちに、帰る家がわかんなくなっちゃったわ」とボヤくさすらいの水商売の女の行く末は「峠を越えた」彼方の末路ということらしい。「この秋になって、もう8人の娘がこの峠を越えたんだよ…ほうぼうへ。俺は葬儀自動車の運転手になったほうがよっぽどいいと思うことがあるよ」と運転手の有りがたうさんが言うせりふもある。
 安全運転とはいえ、一瞬、崖っぷちの曲がり角でバスの前輪が道をはみ出して急ストップするといった、慎重な運転の有りがたうさんらしからぬ、危ない「軽業(かるわざ)」をやってしまうところもある。「有りがたうさんでも、たまにはこんなことがありますかね」とお客がおどろくと、有りがたうさんは落ち着いて、「いやあ、とんだ軽業をやってしまいましたよ」。それでみんな、また安心してバスはゆるやかに走りつづけるのだ。
 途中、何度もバスを止めて、有りがたうさんは道を行く人たちから言伝やら買物やらをたのまれる。「運転手さんも楽じゃないね、1度もバスに乗ってくれたことのない人の言伝までするんじゃねえ」などと言われても、「ハハハ(と笑って)、これも街道渡世の仁義ですよ」とあくまでも心やさしく悠然たる有りがたうさんなのである。

『有りがたうさん』のイラスト

イラスト/池田英樹

 バスのいちばん前の席には威張っている「髭の紳士」が腰かけて(運転手にきちんと運転しろと文句をつけてばかりいる)、運転席のすぐうしろの席の「黒襟の女」(女優王国を誇る松竹蒲田でも丸顔で愛くるしくて、はつらつとした近代美にあふれた当時のモダンガールの最先端をゆく洋装の似合う桑野通子が和服の水商売の女、それもわけありの流れ者の女を演じて、ふてくされながらも気風のいい、生意気なことを言っても粋な女っぷりを見せる)を相手に、もめごとというほどではないにしても、しょっちゅう、つまらないことで対立するのが笑わせる。「きみはさっきから、わしの顔をじろじろ見てるが、何かついてるのかね」「ついてるわよ、髭(ひげ)が!」「なに、髭が?」(男、あわてて手で口をおさえる。女は奥の娘に目をやり、よせばいいのに、しつこく追求する)「あんたこそ、さっきから、あの娘さんを横目でちょいちょい見てたんじゃないの。娘さんの顔に何かついてんの?」「ついてるじゃないか、目も鼻も」「目鼻がなくちゃ玉子だよ!」といった調子だ。
 行きのバスと帰りのバスが停車場で交叉するところで、お互いに窓をあけて、こんな話し合いをする。「東京帰りの娘」が「あたし、水の江ターキーを観てきたわよ。すごいわよ。それから発声映画。トーキーよ。あんたも観ていらっしゃいよ」
 ターキーは、もちろん、当時松竹歌劇団の男役で人気絶頂だった水の江滝子のこと。知ってか知らないのか、それを聞いて「黒襟の女」が運転手の有りがたうさんに悪口を言うような口調で「ターキー、ターキーって何のことだい?」。すると有りがたうさんもゆったりとした口調ながら、皮肉っぽく、「女が男の真似をすることさ。だから男が女のようにしゃべるのをトーキーっていうんだろうさ」とダジャレのようなトーキー論になったりする。
 長いトンネルに入る前にバスを止めてひと休みする有りがたうさんが「白い朝鮮服(チマチョゴリ)の女」に出会うところは、せつなく、涙なくしては見られないシーンである。「もうあそこの道路工事は終わったのかね?」「ええ、次は信州のトンネル工事。有りがたうさんにもお別れだわ」「これからあっちも寒いんだろうねえ」「あたし、有りがたうさんにお願いがあるの」「何だい?」「あたし、お父さんを置いて行くの。だから、あそこを通るときは時々お墓に水をまいて、お花を差してやってね」「そうそう、お父っつぁんは死んだんだったね」「あたし、あそこの道ができたら、一度、日本の着物を着て、有りがたうさんの自動車に乗って通ってみたかったわ。でも、あたしたち、自分でこしらえた道、一度も歩かずに、また道のない山へ行って道をこしらえるんだわ…」
 有りがたうさんは「売られゆく娘」に下田の港からずっと心を動かされてきて、バスの運転中も、何度も、何度も、バックミラーに映る娘を見つづける。それに気づいた「黒襟の女」は「わき見してまた軽業をやらないでよ」とからかうのだが、有りがたうさんはどうやら、かなり真剣なようだ。
 娘の母親が娘を奉公にやったあと一人きりになると知って「おっ母さんも寂しくなるだろうね」と深く同情し、娘に「手紙をおっ母さんに出して慰めてやるんだね」とやさしくお説教をしたりする。「あたし、有りがたうさんにも手紙を出していいかしら」と娘が言うと、「いいとも、俺だって返事ぐらい書けるよ」と有りがたうさんも快く答える。「そう? じゃあ、きっと返事くれるわね」
 そんなふうに親密になっていく二人を羨望のまなざしでじっと見ていた「黒襟の女」は、有りがたうさんが「シボレーの中古品(セコハン)が手に入る」ので長年貯めた全財産で購入して「独立して開業する」準備をしていることを知って、運転席の有りがたうさんの耳にそっと口を近づけて「そんな財産があれば、あの娘さんは一と山いくらの女にならずに済むんだよ」と励ますようにささやく。そして自分は運命にみちびかれるままに「峠を越えて」消え去って行くのである。
 曲がりくねった山あいの道を乗合いバスが走る俯瞰のロング・ショットのあと、画面には「翌日/天城街道は/日本晴れ」という字幕が出る。そして、走るバスのなかでは運転席のうしろに——昨日までそこにいた「黒襟の女」はもうそこにはおらず——晴れやかな顔をしてすわっている「売られゆく娘」が有りがたうさんに言う。「帰ったら、すぐ昨日の女の人に手紙を出しましょうね」。気のいい運転手、有りがたうさんはシボレーの中古品を買う代わりに「売られゆく」娘を救って結ばれることになったのだろう。
 「素直な良い心根としっかりした信条を持つ人々を心から祝福する映画である」と佐藤忠男(「日本映画300」、朝日文庫)は結んでいる。

●たった1人で戦い続ける男の執念あふれる戦争映画

 清水宏監督作品だけで字数がふえて、原稿の締切りも迫り、イギリス映画『マーフィの戦い』(ピーター・イエーツ監督、1971年)についてはちょっと急いで短く書かなければならない。たった1人でドイツの潜水艦Uボートに立ち向かうイギリス人の男の戦いを描いたオトギ話のように残酷で狂った夢みたいな(なにしろ、戦争が終わったというのに、ひとり戦いつづけるという、人間の執念のすさまじさが最後にはたぶんオトギ話の教訓さながら、悲劇的に浮上してくる)ドラマである。

『マーフィの戦い』のイラスト

イラスト/池田英樹

 1967年に『大列車強盗団』という地味ながら迫力あるサスペンス映画で注目された新人監督(『大列車強盗団』が3作目だった)、ピーター・イエーツが翌1968年にはスティーヴ・マックィーン主演でこれまた(しかし、地味どころか派手な)迫力あるカー・チェイスで話題になったアメリカ映画『ブリット』を撮り、ふたたびイギリスに戻って、ロバート・レッドフォード主演のユーモアたっぷりの洒落た犯罪映画『ホット・ロック』(1971年)の前に撮り上げたのが『マーフィの戦い』で、当初はロバート・レッドフォード主演が予定されていたという。ロバート・レッドフォードはシドニー・J・フューリー監督のオートレーサー映画『お前と俺』(1960年)の撮影が長引いて間に合わなかったらしい。
 ピーター・オトゥールはデヴィッド・リーン監督の超大作『アラビアのロレンス』(1962年)で一躍大スターになって以来、この世紀の英雄をしのぐような強烈な役に恵まれずにいたが、『マーフィの戦い』の脚本(1967年のノーマン・ジュイソン監督の『夜の大走査線』でアカデミー脚本賞を受賞したスターリング・シリファントがマックス・カットーの原作をもとに書いた)を読んで大いに乗り気になり、妻シアン・フィリップスとともに出演することになった。
 第2次世界大戦終末期のカリブ海に面する南米ベネズエラ。いきなり、ドイツの潜水艦Uボートに撃沈されたイギリスの大型船からボートで逃げようとする乗組員がみんな殺されてしまい、1人生き残ったマーフィ(ピーター・オトゥール)だけが大きな河のほとりの赤十字病院みたいな伝道保険救助施設で原住民の面倒をみている女医・ヘイドン先生(シアン・フィリップス)に救われる。そこへもう1人、重傷を負ったイギリス人の空軍将校でマーフィの上官であるエリス中尉(ジョン・ハラム)が運び込まれ、かくまわれて、マーフィに不時着した飛行機が隠してある場所を教える。近くに住んでいるフランス人の石油会社の管理人、髭面のルイ(フィリップ・ノワレ)の道案内で不時着機を発見、これはなんとか手直しをして使えるぞと整備係だったマーフィは大歓びだ。不時着機を河に浮かべてロープで引っ張りながらやっと運んできたが、その間に、上陸してきたドイツのUボートの艦長(ホルスト・ヤンセン)が森の伝道施設を調べてベッドに横たわるイギリスの空軍将校を射殺し、潜水艦は河をさかのぼっていったことを知る。Uボートへの復讐の念がここからいっきに高まり、マーフィは髭面のルイの力を借りて不時着機を修理し、水陸両用の戦闘機に改造して、マーフィが力をこめて操縦し、水上を滑走、やっとのことで空中に浮かび、河の上をすれすれに、よたよたと飛んで、森を越え、大空のかなたへ消えたかと思ったら、ついにやっとUボートの潜む河上の基地を発見、手製の火炎ビン爆弾を投下して攻撃成功と思いきや、なんと無傷の潜水艦がやがて水上に雄姿を見せ、猛攻撃を開始。大砲やら機銃やらで森全体が吹き飛ぶかのごとき地獄図がくりひろげられ、もはやこれまでというところで、ドイツ側にもマーフィやルイや女医の先生のほうにもラジオ放送で「戦争が終わった」という知らせが入る。これで否応なしに不愉快ながらもハッピーエンドかと思いきや、マーフィだけは絶対にあきらめない。石油会社が管理人のルイに残していったオンボロの機械船を借りて(というよりも、奪って)、終戦を祝うUボートに体当たりせんと突進していくのだ——オンボロの機械船だから突進とはいっても戦士マーフィのはやる気持ちだけで、ほとんど動きも見せないほどのろのろと進む機械船だ。のろのろと、しかし確実に体当たりに迫っていく。死して(のち)()む、(また)遠からずや、とでもいわんばかりだ。「戦争は終わったんだぞ!」と何度警告されても、聞く耳持たぬマーフィである。ついにUボートは潜水して、マーフィの機械船めがけて魚雷を発射する。1発、2発、3発……河の流れに機械船をやっと寄せて、1発目、2発目の魚雷をなんとかすれすれによけるが、最後は魚雷が命中して木端微塵(こっぱみじん)になるというすさまじいラストシーンだ。

イラスト/野上照代

山田宏一

やまだこういち●映画評論家、翻訳家。ジャカルタ生まれ。東京外国語大学フランス語学科卒業。1964~1967年にパリ在住。その間「カイエ・デュ・シネマ」の同人となり、ジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォーらと交友する。

この企画へのご意見、ご感想をお寄せください。

ご意見・ご感想はこちら

バックナンバー

映画評論家・山田宏一の今月の“2本立て映画”TOPへ戻る