映画評論家・山田宏一の今月の“2本立て映画”

第54回
『西鶴一代女』『城の生活』

映画評論の大家である山田宏一さんに、毎月、とっておきの映画を「2本立て」で紹介していただくコーナーです。邦画は、前回の『雨月物語』に引き続き、溝口健二監督のこれまた名作の『西鶴一代女』です。そして洋画は、先ごろ亡くなったフランスの映画監督、ジャン=ポール・ラプノーの、カトリーヌ・ドヌーヴ主演のはつらつとした演技が印象的な『城の生活』です。まさに好対照の2本立てを存分に楽しんでいただきたいと思います。

紹介作品

西鶴一代女

製作年度:1952年/上映時間:137分/監督:溝口健二/原作:井原西鶴/脚本:依田義賢/撮影:平野好美/音楽:斎藤一郎/出演:田中絹代、山根寿子、三船敏郎、宇野重吉、進藤英太郎、菅井一郎、大泉滉、清水将夫、加東大介、松浦築枝、澤村貞子、柳永二郎ほか


城の生活

製作年度:1966年/上映時間:90分/監督:ジャン=ポール・ラプノー/脚本:ジャン=ポール・ラプノー、アラン・カヴァリエ、クロード・ソーテ、ダニエル・ブーランジェ/撮影:ピエール・ロム/音楽:ミシェル・ルグラン/出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、ピエール・ブラッスール、マリー・マルケ、フィリップ・ノワレ、アンリ・ガルサン、カルロス・トンプソンほか

●緊張感あふれる圧巻の名場面がつづく映画史上の傑作

 前回取り上げた溝口健二監督の『雨月物語』(1953年)をDVDで久しぶりに見て深い感動にひたりながら、もう一昔も二昔も前になるけれども(私はまだ学生だった)名画座と呼ばれる小さな映画館があちこちにたくさんあって、東京では銀座の並木座や池袋の人生坐などで、溝口健二監督の名作がしょっちゅう上映され、夢中になって見てまわり、1960年代になってフランスに留学することになって、肩書きは留学生だが大学には通わず(じつは口頭試問で落とされてしまったからなのだが)、シネマテーク・フランセーズやパリのシネマ・ダール・エ・デッセー(というのはアートシアターなのだが、西部劇100本特集とかフィルム・ノワール特集とかいった上映番組が目立った最もポピュラーな名画座といった感じだった)に通いつめていたころを思い出し、溝口健二監督の名作の数々が日本でもフランスでもごく普通にどこでも見られた、そんな幸福な時代に、ジャン=リュック・ゴダールが書いた「日本における最大の映画監督、シネマテーク・フランセーズはその死にあたり、謹んで彼に敬意を表する」と題された一文が「カイエ・デュ・シネマ」誌(1956年第40号)に発表された。

「1956年8月24日、日本における最大の映画作家が京都で死んだ。端的に言えば、世界最大の映画作家のひとりでさえあった。事実、シネマテーク・フランセーズは彼の作品を回顧上映し、それによって明らかにされた通り、ミゾグチは[F.W.]ムルナウや[ロベルト・]ロッセリーニのような監督に匹敵する監督であった。彼は、最も多作な作家のひとりであった。2百本、と言われているが、おそらくここにはかなりの伝説があるだろう。[中略]彼は、ロベール・ブレッソンのような監督では2年もかかってやっと仕上げるような作品を、3か月で何本も撮ることができる。しかも、それを完璧な作品に仕上げてしまうだろう。」(蓮實重彦・保苅瑞穂訳「ゴダール全集4」竹内書店)

 文芸週刊誌「アール」(1958年2月、第656号)には、さらに、やや小難しい理論ながら(などと言っては失礼ながら)「優雅と形而上学、簡潔さの革命的テクニック」と題して、こんな分析と讃辞を書いた。

「ミゾグチの撮る映画には、その各瞬間、各ショットに、詩があらわれる。なぜなら、この詩は、ムルナウの場合と同じく、作者の創意ゆたかな高貴さの本能的な反映だからである。『雨月物語』の監督は、『サンライズ』(1927年)を撮ったムルナウと同じように、同時に天地創造の理論でもあるように波瀾にみちた物語を描くことができる。
 彼のヒロインたちはみんな同一人物であって、トマス・ハーディの小説「テス」に不思議と似通っている。彼女たちの身に最悪の不幸がつぎつぎにふりかかる。ミゾグチは娼家に特殊な愛着を示しているが、美的なもののまやかしの魅力に閉じこもるようなことは決してしない。彼は古い日本を再現する時、逸話や安っぽいけばけばしさを越えて、たとえばロッセリーニの『神の道化師 フランチェスコ』(1950年)のなかにしか見いだせないような素晴らしく冴えた技巧で、われわれになまの真実を解きはなつ。今までに一度も、われわれは、中世がこれほど強烈な雰囲気をもって存在しているのを、この目で見たことがなかった。」(同上)

 こうして、『西鶴一代女』(1952年)について、その技法が「対象とは直接関係のないすべての援助手段を断ち、自然にことが起きるにまかせ、思考はみずからの痕跡を消すためにしかそこに介入せず、思考は対象によりいっそうの効果を与えてわれわれの賞賛にゆだねるという点にある。だからこれは写実的な技法なのである。演出もまた写実的なものとなるだろう」という分析的批評に至る。

「効果と表現の簡潔さとは偉大な映画作家の特質である。この簡潔さは、とにかく逆説的にならざるをえない。なぜなら彼の簡潔さは、一方で材料が蓄積されてゆく時でも、なおも裸形にされることを要求しているものだから。しかしそこにはごてごてしたどんな誇張もなく、実体そのものによってわれわれを感動させる以外のどんな意図もない。厳密に言って、喜劇的な、悲しい、幻想的な、またはエロチックな映像はまったくない。しかし、そうしたものすべてが一体となって存在している。ミゾグチの技法は、最も簡潔であるために最も複雑なものなのである。カメラや移動撮影の効果はほとんどない。しかし突然、場面の途中でそうした効果が現れると、そこには閃光のように鋭い美がある。カメラをのせたクレーンが動くたびに、北斎の筆になるような鮮明な図がさっと描かれる。」(同上)

『西鶴一代女』のイラスト

イラスト/池田英樹

 というわけで、今回は溝口健二監督の晩年の傑作群の最高作とも言うべき(いや、それにつづく『雨月物語』『山椒大夫』『近松物語』…とどれも最高作と言いたいくらい)の見事な作品ばかりなのだが、今回は『西鶴一代女』に絞って、その見ごたえのあるいくつかのシーンを考察しつつ、巨匠溝口健二監督の悠揚迫らざる重厚なタッチと女優田中絹代の純情な御殿女中から老残の女比丘尼に至るまで多種多様な何役もの女の生きざま(「様」ではなくて「ざまみろ」などのように毒づく感じの「ざま」であると脚本家で「溝口健二の人と芸術」の著者である依田義賢は述べているくらいだ)をじっくり堪能することにしよう。『西鶴一代女』には「非情無残なものが流れている。感傷ではない。そこには生きざまが描かれている」と、依田義賢は言うのである。
 映画のクレジットタイトルには「井原西鶴の『好色一代女』より」と記され、「溝口健二 構成・監督」と出てくる。依田義賢は監督の指示で、「たくさんのエピソードから成っている」西鶴の浮世草子(浮世本)「好色一代女」を読んで、「そこに現れている女は必ずしも一人の女主人公の一生という風でもないよう」に感じたが、はじめに京都嵯峨の奥に「好色庵」という庵に住む老女が語り出すという書き出しであり、幼少の時からはじまって、次々と環境が変わり、ラストは[惣嫁(街娼)にまで]転落した老女の生活があり、そして[荒寺に居並ぶ]羅漢像の前に立って、その中に自分の関係した男たちに似た顔を見出して、嘆いたり、嘲笑したりしているので、わたしはお春という女の一生に見立てたのです」と書いている。そして「御所(公卿に付け文されるほどの女なのに青侍と見下げている身分の低い者と恋愛して男は処刑され、お春は一家のものと洛外へ追放される)→島原(親の難儀のために遊郭へ身売りされる)→商家(女中奉公に上がるが、旦那に口説かれ、女房の悋気りんきにあって解雇される)→家庭(心やさしい商人と結婚したが、夫の不慮の死にあう)→寺(無常を感じて逼塞ひっそくしたが、好色な男に乱され、若いやさ男と駆け落ち、その男とも引き裂かれる)→どん底(乞食のようになっている時、かつて産んだ若君の成人したのに出合う)→国主の屋敷(拾われたが、若君の産みの親が乞食売女でうろついていては困るというので監禁状態にされる)…と以上が大まかな構成ですが、ここに見られるように、当時の階級層と権威の系列を見せ、その中で、[運命に翻弄され、]迫害され、転落してゆく女の生涯を描いたのです」。吉井勇に時代考証を求めて、時代描写の正確を期したことも注目された。
 数々のエピソードのひとつひとつに、とても脇役とは思えない名優たちをそろえて(御所勤めの若いお春に恋をして斬首される若侍に三船敏郎、娘を遊郭に売る父親に菅井一郎、太夫になったお春を身請けしようと贋金をばらまく田舎大尽に柳永二郎、嫉妬深い女房の澤村貞子の目を盗んでお春を口説く商家の主人に進藤英太郎、結婚するやさしい商人に宇野重吉、若い駆け落ちの相手に大泉滉、等々)、その名優名演ぶりを緊張感あふれるキャメラの長回し(ワンシーン=ワンカット)、印象的な移動やパンでとらえて圧巻の名場面の数々がつづく。

1951年、「日本映画界に大きな事件がありました。それは大映の黒澤明作品『羅生門』(1950年)がベニスの映画祭で大賞を獲得したことです」と依田義賢はまた、書いている。
「溝さんは、この『羅生門』の受賞に非常に強い刺激を受けたようです。自分のような古くから映画をやっている先輩が、若い黒澤君などに、してやられてどうなる。大変低迷していた時でしたから、一番奮起を決意したのでしょう。『西鶴一代女』はこんな溝さんから生まれてくるのであります。
 それに、田中絹代さんがアメリカから帰ってきて、海外の風俗や感覚に強い影響を受け、田中さんとしては、自分の演技に新しい境地を開こうとしていたんでしょうが、それがかえって田中さんのペースを乱したのか、2、3の作の田中さんの演技に対してかなり手きびしい批評が加えられ、田中さんは考えて、その不評をこの『西鶴一代女』で一挙に回復してしまおうという心持ちであったようですから、この製作には監督と主演の重要な二本柱が強い意欲に充ちて立ち上がったというところです。そこへ製作の児井英生さん(独立プロの自主製作という形でした)の野心が加わり、スタッフの情熱が集まったのですから、はじめから殺気のようなものがこの製作にこもっていたというのは決して誇張ではありません。」

 児井英生には「伝・日本映画の黄金時代」(文藝春秋)という著書があり、その序文には長いあいだ「キネマ旬報」の編集長だった映画評論家の白井佳夫氏が「私が今までの生涯で見た日本映画の最高の1本である溝口健二監督の狂気の傑作『西鶴一代女』を、製作段階から巨額の赤字を背負いながら、この巨匠の思うままに撮影させたプロデューサー、それが児井英生である」と書いているように、『西鶴一代女』製作中の苦闘の興味深い裏話がなまなましく語られていることも付記しておきたい。

●若きカトリーヌ・ドヌーヴの魅力が満載の戦争コメディ

 私がフランスに滞在して映画研究誌「カイエ・デュ・シネマ」の編集部に出入りしていた1960年代にも溝口健二は最高、至高の映画作家として熱狂的に評価されていて、私は、拙い語学力ながら、依田義賢の「溝口健二の人と芸術」を仏訳して「カイエ・デュ・シネマ」誌に連載することになった。依田義賢が溝口監督を「溝さん」と親しく呼ぶのが気に入って、みんなMizo-sanと呼んだり書いたりするようになった。フランス語ではたとえばギュスターヴ(Gustave)という名の愛称をギュ(Gu)と短く呼んだり、ギュギュ(Gugu)とさらに親しみをこめて呼んだりするけれども、Mizoguchiという綴りをミゾギュシとフランス的な訛りで発音して、ミゾギュギュなどと呼んだりもした。
 ジャン=リュック・ゴダールとともに「カイエ・デュ・シネマ」誌の批評家から映画作家になったジャック・リヴェットがやはりミゾグチに熱狂し、なかでも『西鶴一代女』に強い影響を受けて『修道女』(1966年)という作品を撮り、そのヒロインにはゴダールの全面的な協力を得てゴダール映画専属の女優だった(ゴダールの愛妻だった)アンナ・カリーナを起用したことなども思い出され、今回の2本立ての外国映画には『修道女』を取り上げるのも一興かもしれないと考えていたところ、ジャン=ポール・ラプノーという1960年代後半から1990年代にかけて活躍したフランスの映画作家(脚本家としても活躍した)の訃報を新聞で読み、忘れがたいデビュー作『城の生活』(1966年)がDVDで見られるとの情報も入って、ぜひとも久しぶりに——追悼の思いもこめて——見たくなった。

「ジャン=ポール・ラプノーさん(フランスの映画監督)1日死去、94歳。家族がAFP通信に2日明らかにした。
 仏中部オセール生まれ。カトリーヌ・ドヌーブ主演の『城の生活』(1966年)で監督デビュー。ジェラール・ドパルデュー主演の『シラノ・ド・ベルジュラック』(1990年)はヒット作となり、国際的に高く評価された。ジャン=ポール・ベルモンド主演の『コニャックの男』(1971年)、イブ・モンタンとドヌーブが出演した『うず潮』(1975年)でも監督を務めた」
というのが「朝日新聞」9月4日の朝刊の死亡記事だった。

『城の生活』のイラスト

イラスト/池田英樹

 ちょっと忘れられかけていた監督だった。原稿のしめきりもギリギリに迫っているので、取り急ぎ、短く、1966年のフランス映画の最優秀作品に与えられるルイ・デリュック賞をジャン=リュック・ゴダール監督の『気狂いピエロ』と競って見事に鮮やかに獲得したデビュー作『城の生活』を取り上げることにしたが、カトリーヌ・ドヌーヴが若く美しく(撮影当時22歳だった)、明るく無邪気で、はつらつとして、元気いっぱいに走りまわる(それも、映画は白黒作品だが、純白の可愛らしいネグリジェ姿で)を見るだけでもたのしくなる。白っぽいワンピース姿で自転車を乗りまわすところもあって、わがまま、気ままなおてんば娘みたいだが、若い人妻の役で、かなり年上の夫(フィリップ・ノワレ)が田舎(フランス北西部、イギリス海峡に臨むノルマンディ地方)の古城の持ち主なのである。美しい田舎娘のマリー(カトリーヌ・ドヌーヴ)は城の持ち主のジェローム(フィリップ・ノワレ)が花の都パリにもアパルトマンを持っていて、すぐにもあこがれのパリに住めると思って結婚したのだが、夫は別の人にパリの住居を貸してしまい、古い城と広大なりんご園と年老いた(といっても元気いっぱいの)母親(マリー・マルケ)をかかえて、のんびりと落ち着きはらい、自由気ままな若い妻をほったらかしにして動こうとしない。マリーはもうすべてに退屈してうんざりしながら、やさしい夫に甘えてだっこされたりして、けっこうたのしく暮らしているものの、やっぱり田舎の城の生活は退屈で、あこがれのパリに行くチャンスをうかがっているのだが、「パリは誘惑の多い所だから」と夫は美しい妻を手放そうとはしない。そんなところへ、女心をくすぐる魅力的な若いイギリス軍の落下傘部隊の将校でフランス語も達者なスパイ(アンリ・ガルサン)とドイツ軍の貴族的な大尉(カルロス・トンプソン)が現れて、若い美貌の人妻を口説いて競い合うことになる。時は第2次世界大戦の末期、1944年6月5日の英米仏連合軍のノルマンディ上陸作戦の前夜の物語なのである。
 マリーの父親で小作人からたたき上げて地主になった田舎者(ピエール・ブラッスール)が実は、何を隠そう、レジスタンスの闘士(地方代表)だったり、なんやかやで多彩な人間模様もけっこうたのしい。
 しかし、はたして、マリーは退屈な田舎の古い城の生活から解放されて、あこがれのパリ行きの夢が叶えられるのか…ドイツ軍に城を接収されても抵抗できずにいた無能な夫が突如、古い銃を持って立ち上がり大手柄、そんな夫を見直して愛に生きるマリーだが…ラストシーンは見てのおたのしみといったところ。

「映画評論家・山田宏一の
“今月の二本立て映画」が
本になりました!

画像:書影

『山田宏一のとっておき二本立て映画館』

山田宏一著
草思社 3,400円(+税)

『WEB通販生活』の人気連載「映画評論家・山田宏一の“今月の二本立て映画”」に大幅加筆。とっておきの邦洋画86本のみどころやエピソードがギュッと詰まった、映画ガイド風エッセイができあがりました。読むだけで夢の世界に引き込まれること間違いなし。映画をこよなく愛する映画評論家、山田宏一さんならではの映画愛溢れる1冊です。

イラスト/野上照代

山田宏一

やまだこういち●映画評論家、翻訳家。ジャカルタ生まれ。東京外国語大学フランス語学科卒業。1964~1967年にパリ在住。その間「カイエ・デュ・シネマ」の同人となり、ジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォーらと交友する。

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