コータリさんの要介護5な日常 - 連載第56回「理想の家」

<毎月第2・4火曜更新>2011年、突然のくも膜下出血により要介護5となった神足裕司さん(コータリさん)と、妻の明子さんが交互に綴る「要介護5」の日常。介護する側、される側、双方の視点から介護生活を語ります。

連載第56回「理想の家」

画像:神足裕司さん

人は「今の自分」を基準にしか家を考えられない。

神足裕司(夫・介護される側)

家を建てた頃は子育てに配慮した模範解答の家だった。

「家は3度建てると、ようやく納得のいく家になる」
 そんなもっともらしい言葉を、住宅展示場か何かで聞いた覚えがある。3度も家を建てられる人間は、よほど金と運と体力に恵まれているか。あるいは、よほど懲りない人だ。

 ボクは36歳のころ、親の土地に家を建てさせてもらった。当時としては、かなり考えた家だったと思う。雑誌も読み、モデルハウスも回り、その当時は車をたくさん停められる家。
 営業マンの話も半分だけ信じて「これ以上はない」と自分なりに納得して建てた。

 が、その「納得」は、元気な体が前提だった。

 体が思うように動かなくなってから、この家を見る目は一変した。階段は急だし、廊下は長いし、ドアノブはやたら遠いし、スイッチは、なぜこんな位置にあるのかと腹が立つ。家というのは、元気な人間のために、元気な人間が考えてつくるものなのだと、今さらながら思う。

 介護のことなんて、ほとんど考えていなかった。せいぜい「いずれ義父母と同居するかもしれない」その程度の想定で、両親用に1部屋ずつ和室を設けた。
 年寄りは畳がいい。和室は落ち着く。日本人の心だ。全部、思い込みだった。

 実際に同居してみて、しばらく時が経ったこの数年。90歳代の親にとって和室はとにかく不便だ。
 立ち上がれない。布団から起き上がれない。畳に足を取られて転びそうになる。

「年寄りには和室がいい」そう言ってきたのは、たいてい元気な中年だ。自分が年寄りになった姿を、想像できないまま。

 年をとると「風情」より「安全」、「伝統」より「実用」その順番が、はっきり逆転する。

 家を建てた頃、子どもたちはまだ小さかった。だから風呂は広めに。階段も少し余裕をもたせて。リビングと玄関は2枚の開き戸に。トイレも、まあまあ広めに。
 当時は「いい父親の家」だったのだと思う。子育てに配慮した、模範解答の家。

 皮肉なことに、車椅子生活になった今、その「子育て仕様」が助けになる場面がある。広めのトイレ。開き戸。無駄に広い風呂や玄関。
 計算していなかったバリアフリー。たまたま当たった宝くじみたいなものだ。

 いまは平屋が流行りだという。「ワンフロアで完結する暮らし」「老後も安心」どの住宅メーカーも、同じ言葉を並べる。

 実際、我が家も2階は使っていない。義母は2階から1階へ。ボクも書斎だった1階の部屋で寝起きしている。2階は、ほぼ「思い出置き場」だ。

 平屋の便利なところは、上り下りがないこと以上に、生活がごまかせないことだと思う。逃げ場がない。誰かが動けば、音でわかる。倒れれば、すぐ伝わる。
 2階にいれば聞こえないことが、平屋では全部、聞こえてしまう。それは不自由でもあり、介護においては、正直でありがたい。

 介護というのは、立派な設備より最新の住宅性能より「気づける距離」のほうが、ずっと重要だ。

 もし次に家を建てることがあるなら、たぶん平屋を選ぶ。でも、また同じ失敗をする気もする。
 なぜなら、人は「今の自分」を基準にしか家を考えられないからだ。若いときは、老いを想像しない。元気なときは、弱る自分を信じない。介護する側のときは、介護される側の気持ちがわからない。

「3度建てないとわからない家」というのは、設計の問題じゃない。人生を3回やり直さないと、わからないという意味なのだ。

 ボクはいま「介護される側」として家を見ている。この視点は、元気な頃にはなかった。というより、あえて見ないようにしていた。

 家は夢を語る場所ではなく、現実を引き受ける器なのだと、ようやくわかった。あの頃400万円くらいの上乗せをしてエレベーター付きの家を建てる気になっていただろうか。どこを削れば予算を数万円落とせるか考えていたのに。

 今日もボクは1階の部屋で目を覚まし、ゆっくり体を起こし、車椅子に移り、この家の中を移動する。
 考え抜いた家のつもりだった。けれど、歳月が経つとすみやすい条件は違ってくる。しかし、不思議なことに思いもよらない部分が、生きることをあきらめずにいられる家であった。
 少なくとも、住宅展示場の営業マンよりは、この家のことを、今のボクのほうがよく知っているのだから、使いやすさもいたらないところもわかる。
 介護が必要なために建てられた家は本当に幸せに見える家に感じるのだろうか。そんな気がしないのは何故だろう。

画像:2枚扉で大変便利な玄関とリビングのドア。

2枚扉で大変便利な玄関とリビングのドア。(写真・本人提供)

画像:神足明子さん

家は暮らしながら、介護しながら、少しずつ生き直していく。

神足明子(妻・介護する側)

介護は道具に頼ることで楽しさが見えてくると思っています。

 前回、裕司が「家」について書きました。「3度建てれば納得がいく家になる」という説があるという話。けれど3度も建てられる人はそういないです。
 たしかに建てた時は考え抜いてつくった家でした。でも、その考えでは及ばないほど人生のほうが想定外だったのです。病気も、老いも、介護も、図面には描かれていませんでした。

 思いもよらなかったけれど、偶然にもその一風変わった設計がわが家でいまいちばん活躍している場所はお風呂です。以前にも原稿に書いたことがあるお風呂。
 設計している時「天井は高く面積をもう少し広くしてください」「湯船をもっと大きいのにしてください」「湯船の両脇はイギリス製のタイルで埋め、出窓も作って」なんてかなり裕司のこだわりが詰まっていました。「そんなに広くすると寒いですよ」と言われたりもしました。

 もともと少し広めにつくっていましたが、裕司が左半身麻痺になってからは、そこが「生活の要」になりました。「良かったなあ」つくづく思います。
 お風呂ではさらに介護用品が湯船への出入りを助けてくれます。TOTOの入浴用リフトはボタン一つでゆっくり体が沈み、また上がってくる。最初は大げさだと思いました。でも、いまはこれがなければ成り立ちません。さらに介護用の入浴チェアを使用する洗い場は、ほんと広くしてよかったなあと実感します。
 入浴は清潔を保つだけではなく、体がほぐれ、表情がゆるみ「今日も生きたな」と思える時間です。それは介助する私にとっても同じ。無事にお風呂を終えられた日は、それだけで少し誇らしいのです。

 そして、もう一つ。この家の設計でよかったなあと思うものに、玄関と門のあいだにある12段の外階段があります。
 幅は広めにつくってあり、設計時に予算を削る時「もう少しコンパクトに」と提案があった場所でした。けれどいま裕司が安全に外との世界に行き来するためにはなくてはならない広さです。両親のために数年前、両側にしっかり手すりをつけました。設計時はそこを毎日、車椅子で上り下りすることになるとは思ってもいませんでした。
 この広い階段で活躍しているのが「スカラモービル」です。以前にもご紹介していると思いますが、わが家のスカラモービルは、本体に付属した椅子に座らせ使う電動式の階段昇降機です。後方から操作する人が機械を支えながらボタンを押すと、キャタピラのようなタイヤ部分が一段ずつ階段を上り下りしてくれます。重たい電動車椅子を持ち上げる必要はありません。傾斜角度も自動で調整され、ゆっくり確実に動きます。初めて使ったときは、正直怖かったですが、いまはこれがあるから外に出られるのです。
 12段の階段は、わが家の境界線です。そこを越えられるかどうかで、一日の世界の広さが決まります。

 裕司は「家を建てた頃は子どもが小さくて」と書いていましたが、本当にそうでした。階段を駆け下りる足音。廊下で転がるボール。広いお風呂は、子供たちと入る憩いの場所。
 いまは違います。手すりの位置。段差の高さ。廊下の幅。すべてが意味を持ちます。家は完成しません。暮らしながら、介護しながら、少しずつ生き直していくものなのだと思います。

 TOTOのリフトも、スカラモービルも、決して安いものではありません。介護保険で借りているものの中でも高額です。導入を迷わなかったと言えば嘘になります。けれど、私はこれは「ぜいたく」ではなく、「未来への投資」だったのだと。お風呂に入れること。外に出られること。それは尊厳だし、なくてはならないものでした。

 介護は、辛いことの積み重ねだと思われがちです。でも私は、道具に頼ることで楽しさが見えてくると思っています。家族の空気を守ることにつながっていると。昔考え抜いた建てたわが家の中で「これは介護に向いていたなあ」と思うトップ2のおはなしです。

画像:入浴用リフトが設置されたお風呂。

入浴用リフトが設置されたお風呂。(写真・本人提供)

神足裕司

こうたり・ゆうじ●1957年広島県生まれ。大学時代からライター活動を始め、グルメレポート漫画『恨ミシュラン』(西原理恵子さんとの共著)がベストセラーに。クモ膜下出血から復帰後の著書に、『コータリン&サイバラの介護の絵本(文藝春秋)』など。

神足明子

こうたり・あきこ●1959年東京都生まれ。編集者として勤務していた出版社で神足さんと出会い、85年に結婚。1男1女をもうける。

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