<毎月第2・4火曜更新>2011年、突然のくも膜下出血により要介護5となった神足裕司さん(コータリさん)と、妻の明子さんが交互に綴る「要介護5」の日常。介護する側、される側、双方の視点から介護生活を語ります。
連載第55回「親の介護」
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「若すぎる介護当事者」の現実は普通だったら目を背けたくなる。
神足裕司(夫・介護される側)
親を支えきれない娘も、頼らざるを得ない父も、職場のもうわかりあうことはないという看護助手の上司も、「間違っていない」。
新年明けましておめでとうございます。年明け早々、ある映画を観て親の介護について考える機会があった。
親の介護はもっと先のこと、自分も初老に近づいた頃と思っているかもしれない。けれど現実は、20代、30代のまだ働くのもままならない年齢や働き盛りに、前触れもなくやってくる。貯金も余裕もないまま、仕事と生活と家族の責任を同時に抱え込む世代が、いま増えている。
実際ボクもそうだった。中心になって動いてくれた長男は働き始めて2年目、長女は高校生だった。
映画は、そんな「若すぎる介護当事者」の現実を、静かに映し出している。普通だったら目を背けたくなるのに「その先には?」と見入ってしまう作品だ。
親の介護、借金、仕事を失う不安。どれも、できれば考えずに済ませたい現実ばかり。
ところが不思議なことに、目は画面から離れなかった。辛い。けれど、ほんのわずかな言葉がこの辛い世界を続けていけるマジックだというひとコマ。じっと見入ってしまう。そんな種類の映画だった。
派手な事件が起きるわけではない。誰かが声を荒げる場面も少ない。それなのに、こちらの生活と地続きの現実が、静かに差し出されてくる。
主人公の唯は31歳。バイトで生計を立て、特別な蓄えもない。
まだ自分の人生をどう生きるか、模索している途中の年齢だ。
そんな唯の前に、父の問題が立ち現れる。健康のこと。仕事のこと。生活の行き詰まり。
この映画のなかで印象に残る言葉がある。「無理だよ」
父は、「無理だ」と言われるのではないか、と。娘に見放されるのではないか。介護も、借金も、背負いきれないと突き放されるのではないか。そういう不安を、父は抱えていたんだろうなと。けれど娘は受け入れる。
映画はそこにとどまらない。
唯はこれまで自分が父に対して親孝行らしいことをしてこなかったと気づいていく。反抗的な態度。距離を取ったままの関係。「家族だから」という甘え。
そして、自分がここまで生きてこられたのは、父ひとりの力ではなく、父を支えてきた周囲の人たちの存在があったからだと、少しずつ理解していく。
「無理だよ」という言葉は、拒絶ではなく、自分自身の未熟さや怖さを含んだ、正直な感情なのだと分かってくる。唯からは「無理だよ」という言葉は一度も発せられなかった。わからないながらも、介護について学び進んでいく。
この映画は、誰かを断罪しない。親を支えきれない娘も、頼らざるを得ない父も、職場のもうわかりあうことはないという看護助手の上司も、最後に気持ちを繋ぐ伏線を忘れない。どちらも「間違っていない」と描く。
介護現場の入浴介助が大変だという現実もどこで取材してきたんだろう、知っているものだけが密かに含み笑いをしてしまう。
介助の場面もそうだ。トイレで父のお尻を拭く。距離の近さに戸惑い、手が止まり、空気が重くなるはずが「スピーディに丁寧さ重視」いちいち頷けて和む。
こうした場面を映画は避けない。きれいごとにもしない。だからこそ「これは体験談なのではないか」「相当よく取材しているな」と感じた。
恋人の描かれ方も印象的だった。この恋人は、まったく悪い人ではない。むしろ、唯の予想をはるかに超えて、思いやりのある人だ。父の借金の話も、アルコールの問題も聞いたうえで、それでも「結婚しようと思っている」と口にする。
こんな人物を用意するあたり、この映画はずるい。逃げ場がない。
けれど、唯の中には葛藤がある。父の問題が解決する前の段階で、自分の人生を前に進めていいのか。
借金を返すために、今までのようなデートはできないかもしれない。自分の楽しみを、どこまで削ることになるのか。
そうした不安が膨らんでいく。ところが、それが「勘違い」だったと分かったとき、観ているこちらも、ふっと息をつく。
この映画は、重たい題材を扱っているのに、人間への信頼を最後まで手放さない。
私はこの映画のオンライン試写を、元旦の午前中に観た。晴天で、空気が柔らかく、世の中が静かで、平和な時間だった。
題材を考えれば、観終わったあと暗くなってもおかしくない。けれど、そうはならなかった。
現実の介護や生活問題は、映画よりもっと大変なのだろう。もっと理不尽で、もっと孤独なのだろう。
それでも、この映画は「それでも生きていくしかない」という現実を、過剰に重くせず、そっと手渡してくる。
「おててつないで」というタイトルは、かわいらしくもあり、頼りなくもある。けれど、それはこの映画にふさわしい。
完璧な支え合いではない。立派な覚悟もない。ただ、手をつなぐしかない場面が、人生にはあるのだと教えてくれる。
目を逸らしたくなる。けれど、見入ってしまう。そんな不思議な力を持った映画だった。
ボクの家でもよくある、大変すぎるはずのトイレ事件が真面目すぎて「パパ手が届かない、もっとくっついてきて」なんて叫んでいる妻に申し訳ないが笑えてくる。そんな日常と同じような気がしている。

映画「おててつないで」(写真・本人提供)
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介護する側で学んだ「頼ることは弱さではない」ということ。
神足明子(妻・介護する側)
「つらいと言えないまま、日常をこなしている子どもたち」がヤングケアラーだと思います。
裕司の観た映画に関連して、我が家の介護の始まりについて書こうと思います。
いまから14年ほど前のこと。我が家は突然「介護のある暮らし」へ突入しました。誰も予期しなかった普通の生活から、ある日突然です。
「今日から介護が始まります」と家族に宣言されたわけではありません。その「家族」の中には、当たり前のように息子や娘も含まれていました。
娘は学校から、息子は勤め始めたばかりの職場から帰ると、当時は今よりもずっと悪い状態の、食べ物すら飲み込めないような変わり果てたパパの姿があるのです。寝たきりで何もできないパパの姿がありました。
今日は話しかけていい日なのか、そっとしておいたほうがいい日なのか。頼まれる前に気づいて動く。
私が疲ているだろうと、なんとなく察している空気をよく感じました。「バレちゃうよねー」と思うのですが、子どもたちはそっと手伝ってくれます。時には絶望したような重い空気で帰ってくる息子を見て、かける言葉もありませんでした。
何も言わなくても帰宅後は2人とも介護に参加してくれました。家の空気は普段は意外にも明るい雰囲気。介護という新しいことをどう攻略しようか、色々試してみては家族で話し合いました。たくさん話たし、パパを盛り上げたい一心で試行錯誤しました。
当時の私は、2人を「やさしい子だな」「しっかりしているな」と思っていました。けれど、いま振り返ると、胸の奥が少しだけ、きゅっとしてしまいます。
私たち親に見せないよう、帰り道にちょっとどうして良いかわからない顔をしていたあの姿。偶然見かけてしまった顔が忘れられません。
子どもというのは、驚くほど環境に適応するのだなあ、と思いました。それが自分の役割だと思えば、無理だとも言わずに引き受けてしまいます。
「今日はママ忙しそうだから」「これくらい、私がやるよ」そう言われるたびに、どこかで「任せても大丈夫だろう」と思い込もうとしていたのかもしれません。本当は無理をさせているのに。
ヤングケアラーという言葉が指しているのは、特別につらい状況にいる子どもたちというよりも「つらいと言えないまま、日常をこなしている子どもたち」なのだと思います。
我が家の子どもたちも、自分を「ケアをしている側」だとは思っていなかったでしょう。ただ、家族だから。ただ、必要だったから。それだけの理由で、その若さなら普通はその領域に足を踏み入れなくてもよいのにです。
介護をしていると「ありがとう」という言葉を何度も口にします。本当に助かっているから。けれど、その言葉が子どもに向けられたとき、それは時に「見えない責任に変わってしまうことがある」と思っていました。
「自分がやらなきゃ」でも「ありがとう」しか言えないのです。
14年前の私は、そこまで考えが及んでいませんでした。毎日を回すことに精一杯で、子どもたちが少し早く大人の場所に立っていたことに、後から気づいたのです。
介護する側に立って、私自身が少しずつ学んだのは「頼ることは弱さではない」ということでした。外の手を借りること。話を聞いてもらうこと。
それはパパを大切に思っていないからではありません。むしろ、家族が家族でい続けるために必要な工夫なのだと思います。
ヘルパーさんに変わってもらえる時は自分が休んだり、他の仕事をしたりすることにしました。最初は人に任せてボーっとしているのに抵抗もありました。「一緒に手伝わなきゃ」と。
でもあるヘルパーさんが「奥さんは違う何かをするか休んでいてくださいね」と半ば強引にそういう時間を作ってくれました。すごく気が楽になりました。
ヤングケアラーという言葉も、誰かを責めるためのものではなく「ひとりで抱えなくていいのですよ」と伝えるために、そっと差し出される言葉であってほしいと願っています。
14年前の我が家の息子や娘は、何も言わずよくやってくれていました。けれど、それは「大丈夫だった」ということと同じではありません。裕司が映画を観て感じた「逃げたいほどではないけれど、確かにつらい現実」。その感覚は、特別な家庭だけのものではないのでしょう。いつ、どこにでも起こる可能性のあることだと思います。

娘・文子さんと顔を寄せて。(写真・本人提供)

神足裕司
こうたり・ゆうじ●1957年広島県生まれ。大学時代からライター活動を始め、グルメレポート漫画『恨ミシュラン』(西原理恵子さんとの共著)がベストセラーに。クモ膜下出血から復帰後の著書に、『コータリン&サイバラの介護の絵本(文藝春秋)』など。
神足明子
こうたり・あきこ●1959年東京都生まれ。編集者として勤務していた出版社で神足さんと出会い、85年に結婚。1男1女をもうける。
