<毎月第2・4火曜更新>2011年、突然のくも膜下出血により要介護5となった神足裕司さん(コータリさん)と、妻の明子さんが交互に綴る「要介護5」の日常。介護する側、される側、双方の視点から介護生活を語ります。
連載第37回「海外での体験」
新しいことを始める時乗り越えなければならないことがあるのは、今のボクも健常な人も同じ。
神足裕司(夫・介護される側)
人と話すのは楽しい。
ハワイからの帰りの飛行機でこの原稿を書いている。
要介護5の体になってからも、ありがたいことに色々なところへ旅に出た。海外や国内、その時々の苦労話はきりがない。けれど、それと比べものにならないくらいなハッピーな体験も多い。
車椅子に乗っていると話しかけられる回数が倍増するような気がする。「Good morning」「Have a nice day」は目が合えば当たり前。まあ、普通だってあたりまえか。道を聞かれたり「どこへ行くの?」「何か助けることはある?」行き交う人が普通に声をかけてくる。
意外なのは道を聞かれる回数がすごく多かったことだ。妻は昔から海外でも日本でも道を聞かれたり、写真撮影なんかも頼まれるタイプの人間なんだけど。車椅子になったらボクも、特に海外で増えた。車椅子=現地の人と見られるのかもしれない。
人と話すっていうのは楽しいもんだ。
スタバでお茶をしていたら隣に座ったおばあちゃんに「ツーリスト?ここに住んでるの?」を皮切りに「なんで車椅子なの?」「いつから?」なんて延々と30分以上話し続けていた。「なんで車椅子になったの?」なんてなかなかゆきずりの人に、日本では聞かれることなんてない。
今回ハワイに行ったら是非やってみたかったことに「Apple Vision Pro」の体験があった。
日本でも6月28日に発売になったばかり。最初のうちは日本での体験は大変だろうと、ハワイでApple Storeに予約した。こちらでは、アプリも説明も画面も全て英語だ。第一この「Apple Vision Pro」 には、リアルリモコンが標準ではついてない。(日本で発売されているみたいだ)全てHMD(ベッドマウントディスプレイ・頭部に装着するディスプレイ装置)の中でハンドトラッキング(空間に架空の自分の手が現れて、自分の手を動かしたのと同様に動く)がリモコンがわりだ。リモコンという観点が古い。空間コンピュータニング(現実空間とデジタル空間を融合させる技術の総称)なのである。
Apple Vision Proを体験中の神足さん(写真・本人提供)
左手が麻痺しているボクは、左手を使ってつまんだり、引き伸ばす動作をしたり、そんなことが苦手だ。リアルリモコンのVRの時だって同じわけで、左手のリモコン操作が難しいのは同じことのはず。けれど、どうも空間のものを掴んだり選んだりが出来ない。ボクの身体をみて、Apple Storeの担当者もVision Proの中を iPadに写し、最大限のフォローをしてくれている。
中々できないなあ。MetaのVRゴーグルに出会った時だって「神足さんにはできないかもね」そんなことを言われたが、なんとか使いこなしている。
新しいことを始める時、乗り越えなければならないことがあるのは、この身体になってから、さらにハードルが高くなった。でもね、健常な人だって、努力が必要なことがたくさんあるし、今のボクだって同じだ。憧れて体験したかったVision Proだもの、次回はもう少しできるようになると思う。
今回は同行の娘にチュートリアルの部分から変わってもらい、体験した。
8Kの画像は今までのVRとは比べ物にならないほどの美しさと臨場感だ。違う世界に没入できる。
娘なんて恐竜が首を振ったら、思わずのけぞっていた。自分の今いる世界なのか架空の世界なのか、わからないくらいだ。
ただ、今まで発売された国では爆発的ヒットには至っていないらしい。まず値段が高い。3500ドルだから日本円では約59万円。
今までのHMDに比べたら10倍近い値段だ。それと、一般の方にもハンドトラッキングは中々ハードルが高いとの噂。普及版のローコストのものが出るとも聞いたけど、8Kであったとして、どこを削って安くするんだろうか?
いい体験をした。日本でも落ち着いた頃にまた体験してみたい。
そうそう、Apple Storeの優しい熱心なプロモーターが「あなたが今使っているinsta360 X3というカメラも、X4なら8 Kに対応していますよ。よかったですね」と手持ちの360度カメラの後継機種なら大丈夫だと教えてくれた。いやはや、文明の進歩についていくのは、お金がかかる。
今回の旅も飛行機の予約から、レンタカー、ホテルの予約とバリアフリーにするために大変努力してもらった。その辺りができていなくては、要介護5の旅は安心できなかっただろう。
詳しくは次回に続く。
Apple Vision ProとApple Store前での一枚(写真・本人提供)
たくさん探して、スロープ付きで車椅子のまま乗れるレンタカーを借りました。
神足明子(妻・介護する側)
ハワイはユニバーサルデザインが進んでいるけれど。
今回、裕司のハワイへの旅が決まってから、日本で4つの手配に着手しました。
①飛行機のチケットとそれに関わる「お手伝いが必要な方」というくくりの手配
②車椅子でも過ごせる部屋の手配(ホテルなのか、はたまたコンドミニアムか、その他か)
③レンタカーの手配
④アメリカで車を使うとき「車椅子の人でも停めていい場所」に駐車するための証書の手配
①と②に関しては、国内旅行でも同じような手順を踏むので今度じっくりお話したいと思いますが、ホテル選びで手配の時に注意した点をざっと話すと、今回は車椅子の人間が裕司以外にもう一人いる点と、絶対バリアフリールームであること。ロールインシャワー必須。私的には洗濯機があること。コンドミニアムが望ましい。
そんな条件で探していましたが、比較的長期だったこと、この円安で値段の問題などちょっと選ぶのに苦労しました。選ぶというか、、、、条件に合ったところを探し当てるのに苦労したとうい方が正解かも。次回またお話しますね。
裕司が車椅子になってから以前ハワイを訪れたとき、普通のレンタカー屋さんから「荷台に車椅子も詰めそうな5ドアの車」を借りたのですが、電動車椅子が重すぎて荷台に積むのが大変だったこと。車高が高すぎて裕司が移乗するときにお尻が届かず毎回力持ちの同行者に抱き上げてもらっていた点。その失敗を加味して、今回は介助する娘でも大丈夫なように「スロープ付きの介護車」を借りようと試みました。
普通のレンタカー屋さんには、障害のある人が自分で運転する手動運転装置に変更できるレンタカーはあるのですが(たとえばハーツとか)車椅子を乗せる装置がついた車は見当たりません。日本の例えばトヨタレンタカーやニッポンレンタカーなどは、スロープ付きで車椅子のまま乗れるレンタカーを割と簡単に借りられるのに、ユニバーサルデザインが進んでいるはずのハワイではないの?
本当に探して探して探して、ハワイ観光局のホームページでようやく1軒発見しました。まずハワイ観光局にメールをして、そのスロープ付きの車を持っているレンタカー業者に問い合わせ。「あなたが滞在する期間に貸せる車はオデッセイ1台だけ。大人4人と車椅子が2台可能」との返答。
「当方、車椅子でそのまま乗車する人間1名。車椅子だけどそこから降りて車に乗りたい人が1名(車椅子は折り畳めない)。その他に運転手と大人がもう1名の合計4名」
英語でのメールのやりとりで細かく聞いていくと、レンタカー業者では自動車保険に入れないという。
「あなたの期待に添えないかも。自分で探して保険には入ってください」との返事。
「どうしよう。難しいなあ。先に進めない。諦めるの?明子?」「保険会社に直接ってどうするの??」わからないことばかり。自問自答。ここで1回諦めかけました。英語、もっと勉強すればよかった。「何言ってるのこの人?」って思われてるんだろうなあ。
「じゃあ日本の旅行会社で頼めないの?」と安易に考えた私は、バリアフリーに力を入れている会社の案内をいろいろみました。たった1社だけ「HISなどでもバリアフリーの旅コーナーでレンタカーも借りられる」と書いてあったので、神頼み的に今回同行の海外旅行の達人に聞いてもらいました。が、業者の紹介はできるかもしれないがHISでは借りれないみたいとのこと。「だめかあ、、、」親切にも業者も紹介してくださいましたが、もちろん今進行している会社と同じでした。
やっぱりここはもう一踏ん張りだなと。英語が堪能ではない私は、力尽きて娘にSOSを出しました。連絡の途絶えたいた業者にもう一度コンタクト。細かな手続きも終わり、空港へ迎えにきてくれることになりました。保険にも入りました。当日事務所によって手続きをするとのこと。
アメリカのオデッセイは大きな車でした。190センチある同行の車椅子乗りの友人でも乗り込む時、地面に立ち上がった時にお尻が座席にぎりぎりの高さ。裕司では届かなかったと思います。裕司はもちろん車椅子のまま車にスロープで乗り込みます。大きな車で荷物もどんどん詰めるし、娘も簡単に車椅子ごとパパを乗せられます。
もう一台の車椅子も折りたたむことなくすんなり詰めます。大きい!
広々とした車内のレンタカー
事務所へ行くとレンタカー屋さんとはちょっと違い、キャンプカーなどのレンタルを行っている、特殊車両の自動車修理工場といった感じのところでした。そこで所有している車椅子用の介護車は3台とのこと。一般的に私たちが乗れるのはこのオデッセイ1台のようでした。皆さん事務所で忙しく働いている会社のような場所でレンタルの手続きをしました。手続きにはちょっと苦労しましたが、やはり、車がある生活しかも介護車です。快適な車生活を過ごせました。
今回、レンタカーを借りるのにあたり用意しなければいけなかったものに、ハワイ州、州障がいコミニケーション支援委員会が管理する「障がい者駐車許可証」があります。
車椅子マークのところに駐車するとき、この許可書がなければすごい額の罰金が待っています。たとえ車椅子の人でも高齢者でも、このマークがないと「あれ?どこでみていたの?」というぐらいのスピードでポリスに切符を切られます。日本みたいにゆるくない、障がい者スペースに普通車が停めることは絶対に許されないのです。
英語の許可証は日本の住所へ郵送か、到着後ハワイ州のDCAB(Disability and Communication Access Board)という機関よりピックアップいただくか、滞在先のホテル情報をお知らせするとホテルへ郵送することも可能です。
■連絡先(対応は英語のみ)
Disability and Communication Access Board Program Specialist(DCAB)
メールアドレス: dcab@doh.hawaii.gov
今回の旅はその他Uber(配車アプリで個人タクシーを呼べるサービス)を使ったり、バスに乗ったり。たくさんお知らせしたいことがあります。また次の機会に続きをお話したいと思います。レンタカーを借りるだけでもなかなか大変でしたが、大変さを差し引いても素敵な旅だったようです。
許可証と車椅子の駐車スペース
神足裕司
こうたり・ゆうじ●1957年広島県生まれ。大学時代からライター活動を始め、グルメレポート漫画『恨ミシュラン』(西原理恵子さんとの共著)がベストセラーに。クモ膜下出血から復帰後の著書に、『コータリン&サイバラの介護の絵本(文藝春秋)』など。
神足明子
こうたり・あきこ●1959年東京都生まれ。編集者として勤務していた出版社で神足さんと出会い、85年に結婚。1男1女をもうける。