<毎月第2・4火曜更新>2011年、突然のくも膜下出血により要介護5となった神足裕司さん(コータリさん)と、妻の明子さんが交互に綴る「要介護5」の日常。介護する側、される側、双方の視点から介護生活を語ります。
連載第22回「介護している人のこと」
しゃべらないの?「今日は?」だけでも。
神足裕司(夫・介護される側)
稀だけど、たまに「本当の声」が出る
「介護される側」としては、介護してもらっている人のことが気になるのは確か。
普段お喋りなヘルパーさんが「今日はしゃべらないな」って感じただけで「どうしたんだろう」と思ってしまう。ボクが全くと言っていいほどしゃべらないわけだから、相手はほとんど一人でおしゃべりをする。
よく原稿の中で、「こうボクが言った」とか、「こうみんなと話した」と書いているのだから、「しゃべれないのに?」と思うこともあるかもしれない。
ざっとこんな感じだ。
ボクの部屋は、その昔書斎だった。一階にあった仕事部屋のものを80%ぐらい片付け、ボクが寝られて、介護や医療のサービスを受けられるようにした。だからまだ大きな本棚が3つほどある。家族チョイスだが、ボクが大切だと思っていたであろう本と、自分の今までの著書が残っている。
「神足さんこれ借りていっていいですか?」
ボクがまだ元気だった頃の本を読んでみたいと言ってくれるヘルパーさんや医療関係者の方もたまにいらっしゃる。
「これを書いた頃、あなたは何歳だったの?小学生くらい?」と心の中で会話する。「神足さん、これってどこかで連載していたんですか?」「何字ぐらい書くんですか?」
「うん」「ううん」首振りで返事をする。
「何字ぐらい?」何ていうYES、NO、で答えられないものは放っておく。すると質問を変えたり、そのままだったり。
そんな感じでヘルパーさんの仕事をしながらおしゃべりをする。
まあ、十分会話を楽しんでいる時間なのである。
この前なんて「ゴーストライターって本当にいるんですか?」と聞かれた。
まあ、いるんだけどね。
それって「誰々っていうタレントが書いてないのに書いたって本を出す」「いけないこと、という感じ」に思ってるよなあ。そういう返事だとしたら、「うん」と縦に首を振るんではいけないような気もする。いるにはいるんだけどね。ボクだってすごく若い頃したこともある。ボクの名前は構成という名前で出ている。
喋ったことをまとめて文書にするわけだから構成しているわけだ。密着でその人について回ったり、しゃべったことをまとめたり。その人の言葉で。
よく見れば、著者にはなっていない。書いてないからね。本は出したのだけど。そんな話をしたいけど、残念ながらできない。
ヘルパーさんとのサービスの時間にワイドショーがついていれば、その時の話題が自然と出る。自転車の話を最近はよくしている。4月1日から自転車に乗る時、ヘルメット着用が努力義務になったからだ。
「神足さんは車専門だから自転車なんて乗ってないですよね?」大きく首を横に振る。「え?乗ってたんですか?!」「そうさ、ボクは高校時代競輪選手の乗るような自転車をバイトで買って乗ってたんだ」そんな話をしたい。口の中まで言葉があるのに出ない。
「マウンテンバイク派ですか?」「ううん」「じゃ、スポーツタイプ?」「へえ、高いでしょ?」「もう大人になってからですか〜?」「車雑誌のころですか?」、、、
「高校の頃」
「!!!!!」
幽霊を見るようにボクを見る。
「しゃべった!」
慣れた人だとたまにこんなことがある。
声が出る。ボクはずっとしゃべっているつもりだから、その延長線上の出来事なのだけど、本当の声が出ちゃうのが稀なこと。
すごく喜んでくれる。ボクもどうやれば出るのかもわからないんだけど。
そんな会話をするヘルパーさんがしゃべらない日があると、「何かあったの?」と気になってしまう。まあ、ボクにだってそういう日もある。
もう10年ぐらいヘルパーさんとの生活が続いているのだから、そんな日の1日や2日、あるだろうなあ。人間と人間の付き合いだ。そんなささいなこともちょっと気になるという話。
書いたは書いたがまあ、そんな日がたまにあるのも嫌いではないんだけど。
福祉用具機器展の取材で見つけたリアルタイム字幕表示装置。
脳の中にある言葉を代わりにしゃべってくれるロボットの登場も期待している。
(写真・本人提供)
平気で裕司に無理を言ってしまう私。
神足明子(妻・介護する側)
言ってはいけないと思っているのについ口に出てしまう
介護している側の私ですが、まあプロのヘルパーさんではないので、そこは裕司の話のように「今日はちょっと違った感じ」そんな風に感じさせてしまうことはきっとたくさんあると思う。
出かけなければいけないのにちょっと食事に時間がかかってしまう裕司に「時間がない!早く食べて」そんな無理を平気で言う。何か原因があって早く食べられないのにだ「早く食べろ」と言っても無理な話なのである。進まない箸を横取りして私が口に運ぶ。
「あーんしてみて」そうやって口を開けさせて何がどう口のなかで残ってしまっているか調査する。
「ああ、これが残ってしまってリスのように両頬に食べ物が溜まってるのね、飲み込めないのね」それじゃあ、なかなか食事も進まないわけだ。「パパ、一回出す?」飲み込めない口に溜まってしまった食べ物を「ぺって出して」と言って出してもらうか、私が指でかき出す。そして次の食べ物を口に運ぶ。
「急いで!出かけるまであと10分しかない」言ってはいけないと思っていることがつい、口に出てしまう。言いながら「こんな食べさせ方いけないよなあ」と思いつつ急がせる。
だって、あと10分で出ないと遅刻しちゃう。それに裕司は外で食事をするのはこれまた至難の業だ。
なるべく食べやすいものをメニューから選んでお願いするけれど、先ほどと同じく口に溜まってしまうなんてことがあったら。こっそりトイレに行って出したり。第一、親しい人とならまだ良いが、口の中に溜まったり、飲み込めなかったりするので、ちょっと食事をするのも気になる。
なので「家でちゃんと食べていく」ことに拘る。もしも外で食べられなくても大丈夫なように家で1食は確保する。こんな言い訳を思い浮かべながら急がせる。
「急いで」ちょっと切羽詰まっている私の声や態度は、すぐに裕司に伝わってしまう。
「もういらない」そう言って首を横にふる。「いや、食べて、あと一口」急がせてでも、あと水分だってとってほしい。「いらない」「いやあと一口飲んで」ぷいっと横をむく。そんなやりとり。裕司も怒っているわけではないんだけど、「そんなに急いで食べられないよ、もういいよ」そんな感じか。
「じゃ、用意するよ、もう本当にいいの?」やっと頷く裕司。
他にも「今日は、疲れているなあ」そんな顔をきっとしているんだろう。
「今からお風呂入ろうか?」そんな提案をすると「今はいい」そんな合図をする。
「だってゆうべ入りたいって言ってたじゃない」また首を横にふる。
「いいの?じゃ、後でヘルパーさんきたら手伝ってもらおう」頷く裕司。
きっと私が疲れた顔をしているのを気遣ってくれているんだろう。
そんなことは結構ある。「パパあっちの部屋に行ってお茶でも飲む?」「ううん」首を横にふる。ベッドから起こしてあちらの部屋に行きお茶を飲む。ベッドで、寝てばかりじゃと思って誘うのだけど私の状態をよくみている。「今はいいよ」そう言う。
ほんとよくみられていると思う。申し訳ない。ありがとう。
自宅で食事をとる神足さん。食べやすいように工夫された食事。
(写真・本人提供)
神足裕司
こうたり・ゆうじ●1957年広島県生まれ。大学時代からライター活動を始め、グルメレポート漫画『恨ミシュラン』(西原理恵子さんとの共著)がベストセラーに。クモ膜下出血から復帰後の著書に、『コータリン&サイバラの介護の絵本(文藝春秋)』など。
神足明子
こうたり・あきこ●1959年東京都生まれ。編集者として勤務していた出版社で神足さんと出会い、85年に結婚。1男1女をもうける。