コータリさんの要介護5な日常

<毎月第2・4火曜更新>2011年、突然のくも膜下出血により要介護5となった神足裕司さん(コータリさん)と、妻の明子さんが交互に綴る「要介護5」の日常。介護する側、される側、双方の視点から介護生活を語ります。

連載第16回「お風呂」

シャワーも風呂も入りたくない。

神足裕司(夫・介護される側)

ボクを入れるのはシャワーもお風呂も重労働

 介護でよく話題になることに「風呂問題」がある。

「あんなに風呂好きだった父が入りたがらないのよ」とか、「一人で入らせるには危ない気がして」とか「風呂に介助するほどの広さがない」とか本当さまざまな話を聞く。「入りたくない」や「入るのが面倒だ」はよく聞く。

 ボクの場合の話をしよう。
 今現在は、木曜日の午前に「風呂に入れてもらう」ために、ヘルパーさんにきてもらっている。しかし、妻が結局そのほか週に3回はシャワーで全身を綺麗にしてくれている。多ければ毎日のこともある。

 やはり風呂が週に1回じゃ少ないし、朝起きた時に汗をかいていたり、失禁していたり。体を拭くよりシャワー浴びた方が手っ取り早いと思うらしい。それにしたって、シャワーとはいえ麻痺のあるボクを一人で入れるのは重労働だ。

 妻の「シャワーを浴びるよ」は絶対的なものがある。ボクが「え〜」と思っても諦めるしかない。

 以前は、風呂のためにデイサービスのようなところに行っていたから週に2回風呂。あと妻が週に1、2回シャワーってとこだったが、今は妻のシャワーが週に3回は確実だ。

神足家のお風呂

 我が家の風呂にはボクのために湯船にリフトがついていて、そこに座って両足を湯船につければ、自動で(リフトの)椅子が下がって、湯船に浸かることができる。

リフト付きのお風呂。
(写真・本人提供)

 が、ボクの足は麻痺しているので、固まってしまっていて、なかなか湯船をまたぐことが難しい。
 頭を押さえてもらっていれば、ボクの足を思いっきり上げても転倒の心配はない。頭を押さえるのはそんなに力がいらないのだけど、妻が一人でやるのは「左手で頭を押さえながら」「右手で力の入りまくった左足を湯船を跨がせて」と大変だ。
 裸のぼくはツルツル滑る。いつも「危ないなあ」と思いながらの入浴になる。
 なので、夏の間は「シャワーでいい」。いいっていうか、ボクは実際、積極的に「シャワーも風呂も入りたくない」。
 めんどくさいのだ。
 あんなに「水の中が好き」で「サウナも好き」だったボクなのに、だ。

 でもいつも思う。
 入ってしまえば「入って良かったなあ」「気持ちいいなあ」そう思うのに。それに入れてもらうんだから「めんどくさいって何事?」である。
 けれど、洋服を脱いで、車椅子で運ばれて、体を洗う、髪を洗う。想像するだけで面倒なのだ。贅沢な話だ。

 が、朝がやってきて(時には夜のこともあるが)初めてベッドから妻に起こしてもらうとき、「パパ、シャワー入ろ」そう言われたら、自動的にそれは決まる。
 ボクを起こすために背中に手を差し込んで、汗をかいていればシャワーだ。
「ベッド上で(ヘルパーさんに)体拭いてもらうよりさっぱりするでしょう。」そう言う。
 浮かない顔をしているボクを分かってはいるんだけど、シャワーの時間はやってくる。

 まあ、入ったら間違えなく気持ちいい時間なんだけどね。

お風呂に入ってさっぱりした、バスローブ姿の神足さん。
(写真・本人提供)

病気前の裕司にとってお風呂は「特別な場所」でした。

神足明子(妻・介護する側)

天井が高く出窓がついた「こだわりのお風呂」

 病気前は、あんなに「大好きなお風呂」だったはずなのに、最近ではなんとなく気が進まない裕司です。

 家を建てるときも、まだ小さかった子供たちと一緒に入れるように、と必要以上に大きな面積の風呂場と、快適な時間を過ごせるように出窓まで作り、天井も高く、、、、などなど設計時から思い入れも強かったのです。まあ、天井が高いお風呂なんて掃除は大変だし、冬は寒いし、あまり良いものではなかったかもですが。

お風呂の出窓からは光が差し込む
(写真・本人提供)

 仕事柄、原稿の締め切り後の朝風呂やTV・ラジオの収録へ出発する前に、朝や昼にお風呂へ入ることが多かった裕司は、陽の光が入る家のお風呂が大好きでした。
 夜家にいるときは、子供たちをぞろぞろ引き連れてお風呂に入るのも大好きでした。「風呂に入っているときは、子供たちの思いがけない話を聞けることがある」とよく言っていました。
 お風呂という特別な場所で生まれる、特別な話です。

普通の部屋に近づけるのは難しいけれど

 そんな裕司だったはずなのに、最近はめっきりお風呂に入るのは消極的です。「お風呂に入ろう」そう言うと、ほぼほぼ首を横に振ります。

 介護者からはよく「体の自由が効かなくなった高齢者の唯一の楽しみがお風呂だ。施設などでも、たとえ一人に与えられたお風呂の時間が10分だとしても、ゆっくりしてもらいたい。湯舟に浸かっているときの平和そうな顔を見ていると、しみじみそう思う」と聞きます。

 実際、裕司も入ってしまえば「気持ちよかった」「入ってよかった」と思っている様子なのですが、とにかく「入るまでがめんどうくさい」そうで。

入ってしまえば気持ちがいいお風呂
(写真・本人提供)

 朝起きて失禁しているのを発見してしまったら、大汗をかいているのに気が付いてしまったら、ヘルパーさんがくるまでにまだ時間はあるし、、、見てみぬふりもできない。そんなとき部屋の隣のお風呂(シャワー)へ行って「全部洗い流してくれたほうが手っ取り早い」と思ってしまうのです。全身を綺麗にタオルで拭うのは「もっと大変そう」と思ってしまうのです。

 同じ部屋で寝ている私は、いかに「裕司の部屋から介護臭をさせないか」に気を配っています。部屋も本当は普通の部屋に近い形で、と思うのですが、それはなかなか不可能に近いです。医療機器や薬、吸飲みにガーグルベース(寝たままの姿勢でうがい等がしやすい受型容器)、オムツ類に至るまで隠しきれない品々が置かれてしまいます。なので、できれば「匂い」に対しては敏感でいたい。そのためのお風呂推薦でもあるわけです。

 面倒な気持ちもあるのは分かっているつもりです。でも「清潔でいてほしい」そう強く思っています。半ば強制的にシャワーの時間はやってしまいます。ごめんなさい。

神足裕司

こうたり・ゆうじ●1957年広島県生まれ。大学時代からライター活動を始め、グルメレポート漫画『恨ミシュラン』(西原理恵子さんとの共著)がベストセラーに。クモ膜下出血から復帰後の著書に、『コータリン&サイバラの介護の絵本(文藝春秋)』など。

神足明子

こうたり・あきこ●1959年東京都生まれ。編集者として勤務していた出版社で神足さんと出会い、85年に結婚。1男1女をもうける。

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