<毎月第2・4火曜更新>2011年、突然のくも膜下出血により要介護5となった神足裕司さん(コータリさん)と、妻の明子さんが交互に綴る「要介護5」の日常。介護する側、される側、双方の視点から介護生活を語ります。
連載第44回「講演会と旅」
ボクが「旅にで出る」というのは大変なこと。
神足裕司(夫・介護される側)
障がいといっても100人いれば100通り。「車椅子に乗っている」という状態だって100通りだ。
しゃべれないボクが講演会にでる。2月20日(木)に行われる小田急電鉄×登嶋健太さんのコラボイベント「たびの福祉展」だ。
東京大学の登嶋健太さんは(たび×VR)、小田急電鉄の坂田和也さんは(たび×時間)、Meta Fecebook Japanの栗原さあやさんは(たび×創る)、浦安市ソーシャルサポートセンター千楽の三澤朋洋さんは(たび×自立)旅系YOUTUBERの食べて喋って旅をしてさんは(たび×記録)、そしてボク神足裕司は(たび×障がい)
というテーマで登壇する。錚々たるメンバーが新宿のNEUU XR Communication Hubに集まる。
講演会のチラシ(写真・本人提供)
これまでも何回か講演会を行ったことはあるが、今回も周りの皆さんや妻の助けを得て登壇する。何を話そうか、発病後12年の今までの写真をひっくり繰り返している。
前回この連載で話したように、ボクは左半身が麻痺していて思うように体が動かないし、寝返りすらうてない。「見えているつもり」の目だって視野に問題があるようだ。尿も自分では「出る」という感覚が持てないので、オムツなどの世話になっている。そんなボクが「旅にで出る」というのは大変なことだ。「色んなところに行きたい」と思うけど、連れて行く方は並大抵のことじゃないのはわかっている。
障がいといっても100人いれば100通り。「車椅子に乗っている」という状態だって100通りだ。
ボクが仲良くしている世界一周をした車椅子トラベラーの三代達也くんは、お箸も持てない手を駆使して、車椅子に乗ってグングン自力でタイヤを回して世界一周してきたのだ。普通の生活だって、車椅子から自分の車の運転席に両手でぐいっと飛び乗る。乗っていた車椅子も器用に後ろの座席へブーーーーンと投げようにして納める。2階にある友達の家では両手で階段を上がるそうだ。
何年か前、話題にのぼったアスリート系の車椅子乗りの方が「自力で飛行機の階段を昇降できなければ搭乗できません」といわれて、それならばと、タラップを両手でグイグイ這いずって上った、という伝説の事件があった。「身体の違いで搭乗拒否はいかがなものか?」「安全上仕方ない」賛否両論になったが、その事件のおかげで少なくとも日本の飛行場には、歩行困難者のためにタラップ利用時の可動式エレベーターやスロープが義務付けられた。
ボクも海外でのLCC(格安航空券)の国内線で「飛行機のドアの前までは空港なので空港の車椅子をご使用になれます。けれど、飛行機の中は車椅子のご用意はありません」といわれたことがあった。座席は1B。「すぐそこだから」とカタコトの外国語で話したがダメ。私たちもお手伝いしますからとCAさん。一番手前のドアから数メートルなのに、そこまでは空港の車椅子では入れないと。決まりだから。怪力の妻が5メートルぐらいの距離、抱き上げてボクを座席まで運んだ。いくら怪力だからって妻が大きいボクを抱きかかけて移動するのは不可能なはずだ。
それから間も無くLCCでも飛行機内まで車椅子が使用できるようになった。LCC内に車椅子が用意されないことはまだあるようだが、やっとこの10年で世の中は色々な意味で進んだ。
そんな一件もあるように、ボクを旅に連れていうのは大変なことだ。
飛行機の中での神足さん
昔、通販生活で特集してくれたのだが、頼りの妻なしで、娘と二人旅だって、工夫次第ではできるのだ。
トラベルヘルパーさんというアシストを使えば、身の回りのことは全てやってくれる。つかず離れず帰宅までをアシストしてくれるので「娘と二人旅」のコンセプトを外れることなく、沖縄まで行き色々な思い出を作ることができた。ただ、ご想像の通りコストはかなりかかる。「どうしても年を取った両親を思い出の地に連れていきたい」そんな方にはかなりおすすめだ。
ボクだって当時娘との二人旅なんて、20歳になった娘と旅をするんだなんて。健常の頃は想像したこともあるけど「そんなの無理」とあきらめていた。それが「あきらめることはない」「こんな方法もあるんだよ」と提案できただけでも嬉しかった。旅にはそんな効果もあるんだ。
娘との沖縄二人旅(写真・本人提供)
それから気を良くしたボクは、車椅子に乗っていても「お金をかけないで今まで通りの旅をできないか」模索してきた。だからといって障がいを負ってからの旅は悪いことばかりでない。
特に外国ではお茶をするのに座れば100%、隣の人に話しかけられる。坂を登ろうとしていれば「何か手伝えることはないか?」と聞いてくれる。「こんなに世の中に優しい人がたくさんいたのか」と、健常だった頃の自分を振り返り「反省しなければいけない」といつも思う。小さな子どもからボクよりお年を召した方も「荷物を持とうか?」なんて声をかけてくれる。
旅をすると心が軽くなる。日常を離れて違う空気に触れることはとても大切なことだと思う。2月20日の講演会では、そんな体験や失敗談を話したいと思っている。
目標があるってことは強いです。
神足明子(妻・介護する側)
息子とは「自分の馴染みの店で酒を飲む」娘とは「2人旅をする」
先日パパが「たび×障がい」というテーマで講演会に出ましたが、我が家は旅に出ることが多いのかもしれません。
この間も「明日から香港だ」と広島の知人に話したら「あれ?先週どこか海外行かれていませんでしたか?怖くないんですか?飛行機」
そう言われてピンとこなくて「??」という顔をしていたら
「神足さん、飛行機が上空にいる時にクモ膜下出血になったんですよね?またなるんじゃないか、とか思って怖くないんですか?」
なるほど、パパの病気のことか。
「ああ、そういう意味ですか。最初の頃は病院に行って「脳の状態はどうでしょう?」なんてお伺いをたてたりMRIを撮ってみたりしたけどね。今はクモ膜下出血を発症した時より体的にはその要素は減ったのよ。血圧も正常だし。ストレスも仕事全盛の時に比べたら減ってると思うし、暴飲暴食も無くなったからね。まあ今度もし、そんなことになったら危ないかもしれないけど。でもね、パパはそれでもいいんだって」「え〜〜〜私だったら怖くて乗れないかもしれない」
そんな話をしました。
病気になって6ヶ月ぐらいでしょうか。ベッドからもう起き上がれないと思っていた頃、娘の文子がアメリカへ行き、そこからビデオレターを送ってきてくれました。
「パパ、ここ昔行ったんでしょ?」それを病室のベッドの上から見て「娘と一緒に旅をしているみたいだなあ。実際はもう行けないんだろうなあ」と寂しそうに日記に書いていました。
その頃、文字を書けることも驚きの出来事だったのですが、リハビリを兼ねて毎日思ったことを走り書き、日記のようにしてもらっていました。娘が出かけた「旅」をきっかけに、全く動けないパパに目標ができました。「娘と旅に出る」。
パパは、子供が20歳になったら息子とは「自分の馴染みの店で酒を飲む」娘とは「2人旅をする」そんなことを子供が幼かった頃から話していました。娘が20歳になってまだ2人旅は実現していませんでした。
「パパ、まずベッドから起き上がれるようにならなきゃね」
座る練習に食べる練習、入院は1年にも及びました。退院する頃には体がどんどん傾いてしまうものの、車椅子には数十分座っていられるようになりました。傾いてしまうのは、左の脳がダメージを受けたため「彼の思うまっすぐ」がそこらしいのです。体勢が崩れ座っている位置も前にずれてきて、最終的には落ちてしまいそうになるので、まだ数十分しか座っていられないのです。練習して「まっすぐはここよ!」と体に覚え込ませます。練習のかいがあり、今ではまっすぐに座っていられるようになりました。「パパ、文子と旅行、行くんでしょ?」魔法の言葉に何回助けられたか。目標があるってことは強いです。
そして今があります。体幹は思った以上に回復し「ベッドから起き上がれることはない」なんて恐ろしい宣言をされていたのに、魔法の言葉とともに座ってお出かけもできるようになりました。
今でも半日の外出で座りっぱなしとか、2時間以上のフライトなどでは、体がどんどん前にずれてきてしまうので、体制を直す必要があります。私たちはお尻が痛くなれば自然とずらしたり、ちょっと左右に揺らしたり、そんなことをしているようなのです。全く動くことができないパパは、お尻の痛さを緩和するため体に力が入り(固く緊張して)前にずれてしまうようです。
横になれれば一番良いのですが、旅先や外出先ではすぐ横になることも難しく、ちょっと無理をさせてしまいます。結局長いフライトが一番自由がきかず、ただいま研究中。
贅沢だと思いながらビジネスクラスも試してみました。座席がフラットになって体は楽ですが、食事や介助の他、隣席と離れていてお世話しずらいというデメリットがありました。また、飛行機に乗り降りする際、しっかりとした動かせない肘かけがあり、機内移動用の車椅子から非常に移乗させづらいのです。半個室になっていたり、国内線でもエコノミーよりしっかりした座席になっていると、めちゃくちゃ移乗させづらいのが残念です。
ビジネスクラスの機内で移動している様子(写真・本人提供)
こんなに車椅子の方が増えている昨今、座席のバリアフリー席があってもいいのではないかと思います。(例えば半個室になる仕切りが下からガバッと開くとか)どうかな?
他に長いフライトでパパが困るのがトイレ。もちろん機内用の車椅子でトイレには行けるのですが「行ったとて」です。トイレ前のスペースをカーテンで仕切ってくれたりしますが、うまく使えるアイディアがまだ私には浮かびません。「本当の緊急事態ではそこを使うんだろうなあ」とぼんやり考えています。
機内を快適に過ごすためには、座席に敷くクッションや体が冷えないようライトダウンなど持っていく手荷物も健常な時よりも増えました。
ZIPAIR (ジップエア)で隣席分も予約し横になる神足さん。(写真・本人提供)
そんな中、最近飛行機関係で「これはいい」と思って試したいものがあります。
本当は小さなお子さま連れなどのために考えられた席だと思うのですが、ANAのエコノミー席の最後尾6列「ANA COUCHii(ANAカウチ)」というサービスです。3席または4席分を1組として追加料金で使用できるというもの。座席の足を置くスペース(レッグレスト)を上げてベッドのように使えるのです。
2人で3席分を取れば少なくともパパは横になれるし、私もちょこっと横に座れるかな。膝枕ができたり足を座席に置ければ十分だと思うのです。もちろんビジネスクラス2人分よりかなり格安。お子さま1人とご両親の3人が4人席でゆったりと部屋のように使って、最後はお子さまが横になって眠れる、そんな感じです。
どの路線にもあるわけではないですが、成田からホノルルまではあるようなので、次回ハワイへ行くときは、小さなお子さまに混じって試してみたいと思います。
まだ他の航空会社では聞いたことがないので、ANAのこのサービスにはとても期待しています。座席でじっとしていなければならず大声で泣いているお子さまや、パパのような人にはいいんじゃないのかな、と思っています。
今年はハワイでイベントがありそうなので、それを予約したいと思います。また感想はお知らせいたしますね。
神足裕司
こうたり・ゆうじ●1957年広島県生まれ。大学時代からライター活動を始め、グルメレポート漫画『恨ミシュラン』(西原理恵子さんとの共著)がベストセラーに。クモ膜下出血から復帰後の著書に、『コータリン&サイバラの介護の絵本(文藝春秋)』など。
神足明子
こうたり・あきこ●1959年東京都生まれ。編集者として勤務していた出版社で神足さんと出会い、85年に結婚。1男1女をもうける。