<毎月第2・4火曜更新>2011年、突然のくも膜下出血により要介護5となった神足裕司さん(コータリさん)と、妻の明子さんが交互に綴る「要介護5」の日常。介護する側、される側、双方の視点から介護生活を語ります。
連載第3回「車椅子の理想と現実」
体や命を守る「規格」で、ボクらは様々なことに制限をつけられる。
神足裕司(夫・介護される側)
全ての要素が一台ですむ車椅子は「馬鹿馬鹿しい」
ボクが今一番欲しい車椅子は「遊べる車椅子」だ。まずはかっこいい車椅子でなければならない。それが第一条件。
旅行に行って、新幹線の中では車椅子専用の席に座る。すると通路にはみ出す。どうしてもっと上手く新幹線の設計ができなかったのだろうか?入り口近くで通路にはみ出して迷惑な話だ。それにセンサーに反応して自動ドアがしょっちゅう開く。そんな時「車椅子はもっとコンパクトなほうがいいんじゃないか?」そう思う。するするっと間をかき分けて小回りの効く車椅子がいい。
砂浜や、山道ではまたまた違う機能の車椅子が必要になる。四駆のようなタイヤ。ウイリー可能な機能。悪路でも沈み込まないタイヤが必要だ。キャタピラ式の車椅子も試したが現実的ではない。タイヤが太くなれば一般の道では負荷がかかり、走りづらくなる。介助してくれている人も大変になる。
でもなあ、、、海や河原、ホテルでシャワーを浴びるのも防水加工や、錆びない素材が必要だったり。様々な用途で使える車椅子が必要だ。しかも使い捨てでもいいから軽くって、、、なんて理想の話をしていたら、一回遊びに行くのでも、3台以上の車椅子を持っていかなければならない。全ての要素が一台ですむ車椅子があったらいいのに。そう思って話に行った。その話を真剣にしていたら「そんな馬鹿馬鹿しい」と言われたことがあった。
そうボクはその「馬鹿馬鹿しい車椅子」が欲しいのだ。「規格が決まっているんです」「安全性が・・・」何十回同じ言葉を聞いただろう。
なんなら、ボクが体に洋服のように装着して、それで車椅子も必要なく自動運転で人間の体自体が動くようなものを開発するか?妄想は止まらない。
大体ボクの脳にはバルブも埋め込まれていて生命も維持されている。半分サイボーグみたいなもんなんだから、そう遠くない将来、動かなくなった所をまるで自分のように、それ以上の機能付きの「サブ人体」で遊びまわっているかもしれない。
車椅子生活者用ではない車椅子との出会い
もう2年ぐらい前になるか。「スライドリフト」とは渋谷のトークショーの会場で出会った。「これ、横スライドできるらしいですよ。」展示してあっただけなのでどういう走りかわからなかったけれど、機会があったら是非みてみたいと思っていた。「ん?ボクの夢の車椅子に近づける要素あるんじゃないか?」なんておこがましくも思った。それで「乗ってみたい」といつも雑誌かなんかの企画会議で言っていた。だけど、いつも外されてしまっていた。当たり前だ、公道を走る普通の車椅子ではないのだから。
スライドリフトと乗っている神足さん。(写真・本人提供)
「スライドリフト」はAXEREAL社が開発する超人スポーツの競技の一つ。超人スポーツはテクノロジーによって人間の能力が拡張され、それこそ障害を持った人もそうでない人も、スポーツが苦手な人もそうでない人も、同じようにスポーツができることを目指したものだ。
この「スライドリフト」もドリフトしながらコーナーを曲がる結構スピード感のある車椅子レースになる。取材の日も車椅子乗りの子どもたちや元パラスポーツプレイヤー、20代の若者たちが、障碍の有無とは無関係に開発者の一人である安藤良一さんと真剣勝負をしていた。安藤さんにお話を聞いていたら「車椅子っていう有能な乗り物で競技ができたらって思っただけです」そうおっしゃる。逆の発想なのだ。誰でも対戦できる。しかもスピード感も真剣勝負にふさわしい激しさ。もちろんスピード感が体験できるように設計されている。乗ってみて、転倒防止の前輪はついているものの、バランスはギリギリ。「ああ、これでスピード感が味わえるんだな」と感じた。動き始めるまではそんなに感じないが、一度スピードに乗ると「スッスーーー」と軽快にスライドする。ドリフトする。迫力満点である。車椅子生活者用の競技ではない。車椅子を使った競技であるだけなのだ。この違いわかるかな?確かにそうだ。
スライドリフトを操る開発者・安藤良一さん
360度カメラでスライドリフトから見える景色
(映像提供・一般社団法人デジタルステッキ/会場・玉川高島屋)
「ものづくり」はやっぱりすごい。
安藤さんは「お話していて思い出しました。ボクがスポンサー巡りで一日中歩き回ってクタクタになっていた学生時代、車椅子でもあったら楽でいいのに、そう思ったのが車椅子との出会いだったんですよ」「だから不純なんです」「乗ってみたらちょっとの段差でも乗り越えられない、坂道もきつい、ラクなんかじゃなかったんだけど、でもこんなに洗練されている乗り物もないな、乗り物として」と感じたんです。「さらに車椅子で競技をするんだったらドリフトできないかなって思って」ものすごく真っ直ぐに楽しそうに話される。
安藤さんに取材中の神足さんと妻・明子さん。
(写真・本人提供/会場・玉川高島屋)
「まず、かっこいいですよね、この車椅子」そういうと「そう!かっこよくなければいけません」とおっしゃる。それだけでボクは嬉しくなる。
「この車椅子に関して言えば外の道路は(規格で)走れないんです。だからできたってこともあります」やっぱりそうなんだな。体や命を守る「規格」なんだけどそれで、ボクらは様々なことに制限をつけられる。
「ここまでくる開発費も馬鹿馬鹿しいほどかかってます」とのこと。話せば話すほど胸をぎゅっと掴まれるほど魅力的な話だ。自分がやれたらいいなってことを実現している人がそこにいる。彼の場合は、超人スポーツありきのスタートだったわけだけど。
こんなに楽しい物作りができる安藤さんは幸せだなあとつくづく思う。楽しいに努力はつきもの。どれだけの力を注いだか。人をワクワクさせられる「ものづくり」はやっぱりすごい。
「スライドリフト」ボクはうまくその場で操縦できなかったけど、次回はぜひお尻の微妙な動きでドリフトしたり前進したりする車椅子を作って欲しい。お尻でセグウェイみたいな動きができれば、ボクみたいに手も足も麻痺がある人にはいいと思うんだけど。それに乗ってレースに参加したい。
退院してから10年、車椅子は何台変えただろう。
神足明子(妻・介護する側)
かっこいい車椅子、介助用でも作って欲しいなあ。
我が家で、絶対絶対なくてはならない介護用品の筆頭が車椅子だと思う。
大変なことだとは思うけど、他のものはなくてもやっていけるかもしれないが車椅子はなかったらベッドの上から出ることはできない。そうなれば、トイレだって行けないしお風呂だって入れない。食卓でご飯も食べられない。もちろん外にだっていけない。
裕司の欲しい車椅子はかっこいいもの。私もそう思う。自走できる人の乗っている車椅子はとてもかっこいい。オーダーで作ったり、レンタルでもまあ選ぶことができる最新のものがあったりする。
けれど、介助用(介助者に押してもらうタイプ)車椅子となると皆無。かっこいいのはみたことがない。せいぜい介助用としても使えるヤマハの電動車椅子かなあ。
ヤマハ発動機の電動車椅子
「JWアクティブ PLUS+Pタイプ」に乗る神足さん。(写真・本人提供)
かっこいい車椅子、介助用でも作って欲しいなあ。ないってことは需要がないのだろうか?それとも機能を詰め込むとデザインはかっこよくなくなるんだろうか?体の状態が悪いってことは、さまざまな機能をのせないといけないから、格好良さよりも優先されることが多くなるんだろうなあと、諦める。いつも不思議に思う。もうちょっとかっこいいのがあってもいいと思うけどって。珍しくそこは意見があっている。
そして介助している私の立場で欲しい車椅子は、まず裕司が乗っていて疲れない車椅子。一緒に出掛けていてもすぐ疲れちゃったりズレ落ちてきそうな車椅子は一番のNG。それが大前提。次は絶対軽い車椅子。
車椅子乗りのプロ(長年車椅子のユーザーで自分で動かせるし、オーダーのオリジナル車椅子に乗っている)に聞いてみても「結局は軽い車椅子が一番だよ」そうおっしゃる。我が家もあれこれ試して、さまざま乗って、今車のトランクに乗っている車椅子は、何の変哲もない、軽いことを優先した24インチの車椅子に落ち着いている。カッコよくないけど。
介護する側の視点で悩んで悩んで車椅子を選ぶ
退院してから10年、車椅子は何台変えただろう。裕司の体の状態もどんどん変わったし、それによって車椅子もかえてきた。最初はリクライニングできる車椅子。体を真っ直ぐに維持できなかった。足が屈折し始めればエレベーティング機能がついたもの。だけど家の中では狭いし、扱いにくくて変更。
リクライニング式の初代車椅子(写真・本人提供)
取材などで距離を歩くし坂道もあるから、と私を気にしてくれて、電動車椅子を色々試した時期もあった。電動車椅子やアシスト車椅子は、坂道がたくさんあるところをたくさん歩くのにはかなり有効ではあるんだけど、段差にめっきり弱い。普段だったら「よいしょ」と乗り越えられる15センチぐらいの段差も、転倒防止のバーがついているので乗り越えられなくなる。それに、一番はモーターがついているから車椅子自体が重い。かなり重い。車への乗せ降ろしを考えると、年々非力になる私にとっては、軽いものが第一優先になってきた。本当に、動力がない車椅子では、坂道を押して上がったり下がったり、かなりの重労働。「数年したらできなくなるかもなあ」とも思っている。だから、電動アシストは欲しい機能ではある。でもねえ、天秤にかけると軽い車椅子を選んでしまう。
裕司が欲しい「遊べる車椅子」で悩んでいるのとは別なところで、私も悩んで悩んで車椅子を選んでる。体の状態はどうなのか。旅行に行くなら?仕事で出かけるなら?家の中では?お風呂では?
結局裕司の体の状態でコロコロ種類を選ぶことになるから、なかなかオーダーに手が届かない。
選ぶ条件として細かいところで言えば、足を乗せる部分が外せること。外出時の会議室やレストランのテーブルは、車椅子の足の部分が10数センチ前に出ているだけで、着席できない仕組みのテーブルが結構多い。「車椅子で座れるか」なんて考えてないものです、普通は。よくある例で言えば、テーブルの中心で1本足で立っている4人がけのテーブルは、ほとんどNGです。斜めに座るか、テーブルから離れて座るか、、さもなければ「足置きが外せる機能」のある車椅子か。。。「足置きが外せる機能」というだけでも重くなるし、デザイン上の制限も出てくる。
何度も候補にあがる電動アシストユニット
日常の中でだってたくさんの種類の車椅子があれば便利なのですが、そんなに台数を持てるわけもなく。
そこで我が家でも候補に上がっては消えまた出てくるのが、アシストユニット。初めて出会って裕司が惚れたのは、ペルモビール株式会社の簡単に取り外しができる電動アシストユニット「スマートドライブ」。簡単に既存の車椅子に取り付けられる。お値段715,000円。た、高い!そう、かっこいいし車椅子に必要な時だけつけられるしいいなあ。と思う。しかし、高価!!!
写真右側が初めて出会った電動アシストユニット
ペルモビール株式会社「スマートドライブ」(写真・本人提供)
今回、裕司が見つけたのはフリーバイオニックス社の「E-KOアシストドライブ」。スマートドライブと同じような機能で、ちょっとは安価。定価で419,000円。でもまあ、まだ高いんだけど。
取材したフリーバイオニックス社「E-KOアシストドライブ」(写真・本人提供)
どうだろう。こうやってしょっちゅう新しいものを試してみるんだけどいつまでも同じ様な車椅子に乗っている。かっこいい車椅子に乗りたいという夢はかなうのかな?探し方がいけないのかな?お気に入りの車椅子に出会うまで、これからもきっと、車椅子探しは続く。
神足裕司
こうたり・ゆうじ●1957年広島県生まれ。大学時代からライター活動を始め、グルメレポート漫画『恨ミシュラン』(西原理恵子さんとの共著)がベストセラーに。クモ膜下出血から復帰後の著書に、『コータリン&サイバラの介護の絵本(文藝春秋)』など。
神足明子
こうたり・あきこ●1959年東京都生まれ。編集者として勤務していた出版社で神足さんと出会い、85年に結婚。1男1女をもうける。