コータリさんの要介護5な日常

<毎月第2・4火曜更新>2011年、突然のくも膜下出血により要介護5となった神足裕司さん(コータリさん)と、妻の明子さんが交互に綴る「要介護5」の日常。介護する側、される側、双方の視点から介護生活を語ります。

連載第40回「新しいもの」

ボクにとっては尊厳みたいなのが守られてるって感じる。

神足裕司(夫・介護される側)

「少しでも妻の介護が楽になればいい」という思いもあり、本当に色々なものを試してきた。

 ボクの介護が始まってこの9月で13年が経った。介護をしてくれている家族は体力も気力も最大限使ってくれている。この所はボクだけでなく義母や義父など「介護される側」の人間がたくさんいて、妻はホント大変だ。

 ボクは、新しい物好きだし「少しでも妻の介護が楽になればいい」という思いもあり、本当に色々なものを試してきた。
 最近ボクの家で試している新しいものとして排尿ケア製品・コンタクト・ブラッダー TIMESHIFTがある。コンタクト・ブラッターとは「コンタクト(身体に直接装着可能な)ブラッダー(膀胱)」のことで、身体と一体になるよう装着できるのだ。体の一部のように機能する「拡張ボディ」というコンセプトの製品だそう。

 TIMESHIFTの本体は外付けの膀胱になっていて、それを自分のペニスの先端につける。ものすごく伸びる材質のゴム状の膀胱を装着したら、パンツを履いて固定させるのだが、普段オムツをつけているボクにとっては天国のような感触だ。立派な大人になった気がそれだけでする。
 一番問題になったのは装着だ。ボクは自分でつけられないので妻がつけることになる。

① 滑り止めのリングを指で広げ、陰茎と亀頭の段差に取りつける。
②リングの上に本体を被せて取りつける。
③排出部にコックを取りつける。
④専用下着を履いてポケットを開け本体をしまう。

といった流れになるのだが、どうだろうか。簡単だろうか。女性の妻は「???」である。「わかんないなあ、どこから亀頭なの?」どのぐらい力を入れていいかもわからず、思い切りも足りない。恐る恐る。
 毎日来ている男性ヘルパーさんにやっていただく。慣れれば簡単らしい。ゴム状の本体に尿が溜まって、それを都合が良い時に捨てればいい。寝たきりでも尿(し)瓶などで流せるし、トイレに行って普通に座ったり立ったままでも流し出せばいいのだ。

 TIMESHIFTを開発したイントロン・スペース株式会社の方は、宇宙船に乗っている飛行士の方など中々トイレに行けない方や野外フェスなどでも使用してもらいたいそうだ。

 少し前に褥瘡ができてしまったボクだが、ちょっと油断している隙に再発してしまった。そんな時も蒸れ防止になるのでオムツより数段いいはずだ。
 ずっとこれを使えばいいようなものだけど、ボク一人の時、途中で尿を捨てられない時は心配だ。その辺りももっと研究してくれるらしい。介護施設でもオムツ替えの頻度が減るんじゃないかなあと思う。女性用も開発中という。
 あとはコストがどうか。ボクは念には念を入れてオムツにパッドとかなりコストをかけているから、オムツでも結構な額にはなっている。けれどやはり、人工の膀胱は安いものではない。さらに初期投資のTIMESHIFT専用パンツなんかがかさむと思う。
 旅に出ることも多いから荷物の大半がオムツってことが日常だけど、これがあれば荷物は10分の1ぐらいになる。それはボクにとってかなりのメリットだ。
 それにボクだって人格のある男性だ。パンツでいられるっていうのはすごく嬉しいことなのだ。美味しいご飯を食べるよりも何よりも嬉しい。お尻もスッキリしている。こんな嬉しいことがあるなんて。
 今我が家で問題になっているのは排尿のタイミングかな。自分で何もできないボクは、尿を自分で捨てることができない。ヘルパーさんか妻にやってもらうしかない。
 でも何度も言うけど、ボクにとってはよくいう尊厳みたいなのが守られてるって感じるんだよね。ありがたい代物だ。

排尿ケア製品・TIMESHIFT(写真・本人提供)

 介護で排泄と同じくらい重要なテーマの一つに車椅子がある。毎年10月初めに行われる国際福祉機器展に出かけては、新しく何かないか、見つける楽しみもあった。
 かっこいい車椅子にも目がないし、遊ぶための車椅子を誰か作ってくれないかと話に行ったりもした。
 遊べる車椅子っていうのは、例えば海に行った時は浜辺を走れる太いタイヤの車椅子が必要になるけど、普通の道を走るには摩擦が大きすぎて不向きらしい。どっちも使えるような車椅子はないのか。タイヤを変えるだけじゃダメなのか。
 防水の車椅子なら、街歩きにもホテルのバスルームでも使える。旅行に行った時はこの2つが合体してくれてるだけでものすごくありがたい。
 でもそういう車椅子はなかなかできない。「安全面の問題から規格がうるさいのよ」と何回も言われ続けた。でもなあ、そんな車椅子があったら小さい子供だって外で遊んでお泊まりだってできるし。軽い車椅子ほしいよね、と思う。
 あと背もたれがフラットになってベッドになる軽い車椅子とかね。普通のバリアフリートイレでオムツ替えする時だって、ベッドがないトイレが多い今、ありがたいと思うけどなあ。脚がブラブラしてたってお尻まで乗っていれば最悪オムツ替えはできる。そういう機能の重い車椅子はあるけどね。軽いのがいい。普通にトランクに入れて持ち運べるサイズで。重い荷物をかけたベビーカーが倒れるみたいに車椅子が倒れちゃったら一大事。バランスも難しいのはわかる。でもできないかなあ。取り外しができる電動アシスト(一般的に普通の車椅子を電動化するユニット)があればなお可だ。そんな車椅子ができないか楽しみにしている。もちろん、かっこよくないとダメだよ。

身体を悪くして諦めていたことも勇気を持って出かけて良かった。

神足明子(妻・介護する側)

「まずは試してみるよ」その精神です。

 裕司は、新しいものが好きです。それは好奇心によってなのか、仕事の延長線上のことなのか。でも買い物は割と慎重で、何でもかんでもぱっぱと買う方ではありません。あれこれ調べて、その調べる過程が好きみたいです。

 けれどやっぱり我が家には新しいものが割と早くにやってくることが多かった気もします。
 iPhoneはラスベガスでビルゲイツが発表した時にその場で買ってきました。日本ではまだ電話として使えなかっのですが、その頃みんなが持っていたiPodとして使っていました。携帯電話で言えば、割とまだ珍しかった頃、auの前身・ 日本移動通信 (IDO)なんて頃にいち早く使っていました。
 4Kの映像対応のテレビモニターもまだ4Kで撮影できるものが少なかった時代から我が家に鎮座していました。大きなモニターがもてはやされ始めた時代です。
 パソコンもずっと昔から当たり前のようにありました。まあ、それが仕事のネタでもあるわけですから「いいね、新しいものがあって」という感覚でもなかったです。
 自分の生活がそれによってどんな変化をしていくか実験しているような感じです。ワクワク感が混ざった。

 思うように身体が動かなくなってからも我が家に「新しいもの」は色々やってきました。今までは思いもよらなかったものがたくさんやってきたのです。最新の車椅子、身体を動かすための機材や訓練に使う道具。時には「本当に?」と思うようなスピリチャルなものまで。移動のための車や未来の映像で見たことがあるような可動式ロボットたち。排泄に使うものやミルクのみ人形のように水を自動で口に運ぶものまで、ロボットも多岐にわたります。

「うんうん、まずは試してみるよ」その精神です。
 たくさんのものが我が家にやってきては失敗を繰り返し、身体に合わずに使わなくなったり「これって本当に介護される側の身になって作ったものなのかなあ?」と思うものもあったり。
 ごく限られたピンポイントの身体状態の人用であったり。これが本当に多い。車椅子に乗っているといっても千差万別で「ああ、神足さんは使えないですね」なんていわれることが多々あります。ものすごく期待していた時は「ダメなのかあ」と落胆は大きいです。それを使って家族が・自分が「どんなに楽になるか」期待度も大きいのだと思います。

「新しいもの」というのはそのような器具だけではありません。体験もたくさんさせていただいています。
 最新の体験は沖縄でのグラスカヌー。沖縄の北部・瀬底島アンチ浜で行われているマリンスポーツアクティビティーです。「沖縄に来ていただいあらゆる人みんなに乗っていただけるように準備しています」とおっしゃる。怪我で歩けないお子さんでもご老人でも体験していただけるように準備していると。同行していたタノシニアンの皆さん(アクティブシニアの方々)が「神足さんも乗れるか聞いてみたらやってくれるって!!」と自分のことのように喜んで伝えにきてくれます。
「じゃあボクもできる?」
「はい、もちろんです」
「やってみる?」
 初めての体験です。海の上で揺れるカヌーに乗ります。カヌーはスケルトン。海の底までよく見えます。珊瑚に、カラフルな魚たち。舟の上にいながらスキューバーダイビングをしているようです。
 ジェットスキーで引っ張ってもらうのですが、舟上で上半身を安定するだけでも大変です。パッドを敷いたり安定の良い後ろの席に座らせてもらいますが、裕司は足が曲がったままなので姿勢を保てません。
「じゃあ前の席に座って半分寝ているような形でどう?」
 座席の出っ張りで背中が痛いと合図しています。色々試してみるのですがなかなか出発できません。でもスタッフの男性が根気よくポジショニングを試し、落ち着く場所を探し当ててくれました。
「良かったです。出発しますね」
 ジェットスキーに引かれカヌーは沖まで進みます。スタッフの男性は、ジェットスキーから降りて海の中に。魚の様子やカヌーの上のパパたちを撮影してくれます。カヌーの上から餌を撒くと魚たちが海面近くまでよってきてくれます。

撒き餌と海中の様子(写真・本人提供)

 身体を悪くして諦めていたことも、ちょっと勇気を持って出かけて良かったなあとつくづく思っています。新しいことをやるためには、一歩踏み出す勇気が必要。
「やってみたい」そう裕司はよくいいます。車椅子の動けない身体ではなかなか挑戦できないことも「それやってみたい」となんの垣根もなくいうのです。そういわれると、介護する側も実現に向けて「どうやったらできるんだろう」と真剣に考えます。考えても探しても答えが見つからないこともいっぱいありますが、不思議なことに探しているとヒントのような入り口が見つかるのです。
 実現するまでには時間がかかったり、人の手を煩わせたり、障害もたくさんありますが、目標を見つけた裕司は結構頑張り屋さん。この2年ぐらい「海に入った気分を味わいたい」「もう一度海に入りたい」といって色々な擬似体験やVRで海に入ったりもしてきましたが、沖縄での体験は、ご褒美をいただいたような、そんな新しい体験でした。

グラスカヌーを楽しむ神足さん(写真・本人提供)

神足裕司

こうたり・ゆうじ●1957年広島県生まれ。大学時代からライター活動を始め、グルメレポート漫画『恨ミシュラン』(西原理恵子さんとの共著)がベストセラーに。クモ膜下出血から復帰後の著書に、『コータリン&サイバラの介護の絵本(文藝春秋)』など。

神足明子

こうたり・あきこ●1959年東京都生まれ。編集者として勤務していた出版社で神足さんと出会い、85年に結婚。1男1女をもうける。

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