コータリさんの要介護5な日常

<毎月第2・4火曜更新>2011年、突然のくも膜下出血により要介護5となった神足裕司さん(コータリさん)と、妻の明子さんが交互に綴る「要介護5」の日常。介護する側、される側、双方の視点から介護生活を語ります。

連載第5回「食べるということ」

「食べてみよう」と思える食事をありがとう。

神足裕司(夫・介護される側)

神足家の定番メニュー

 ボクは食べることに目がない。

 ずっと食べることを記事に書いて仕事にもして来たし、何より美味しいものを食べさせて家族や友人に驚いてもらうことも好きだった。

 世界中の美味しいというものを食べ歩いたり、高級レストランだけじゃなくって、街のお好み焼き屋さんや、デパ地下のたこ焼きや、、、同じものを作ってても、同じ暖簾を掲げている店でもこんなに味が違うのは、やっぱり作り手の情熱だったりするんだよなあって思って食べてきた。

 それを「あの店もう一回行って自分の好きな人たちに食べさせたいなあ」とか思うし、似て非なるものでも「自分で作って食べさせたい」とも思ってきた。子供たちは行ったこともない、ちゃんこやさんのメニューは「玉勝のちゃんこ」という名前で我が家の定番メニューとして食卓にのった。もちろん人気メニューであった。本当の店でそうしているのかはわからないが「玉勝のちゃんこ」を我が家でつくる時は、手羽先を煮込んで「鶏だし」を作った。「きっとこんな感じ」ボクが何回も通って行き着いた違うものである。ボクもこの時点でかなりの時間や研究を重ねている。(笑)

9年前に激変してしまったボクの食事

 こんな我が家のボクの食事が、ある日突然「味のない、すり潰したものを勧めします」みたいなことを言われたって、食べたくなるわけがないじゃないですか。

 死んだっていい。そんな変なもの食べたくない。

 ここは強固に首を横にふる。

 普段は全くと言っていいほど反抗なんてしないけれど「はい。パパ」と差し出されたペースト状のおかず、スプーンに乗せたものを口元に持ってきても「ぷい」と顔を横に向けてしまった。

「え~食べないの?」と妻。スプーンの上のペーストを味見する妻。「美味しいよ、美味しい。普通のシャケの味がする。大丈夫。ふつー」そう言ってボクの口ものに再度差し出す。

「どこが普通なんだ」そう思ってもみるが、妻が悪いわけでもない。

 ボクの嚥下状態が看護師さんにしてみたら「このぐらいが妥当」なんだという。お試しである。食べなければ終わらない。ボクが嫌がっていたら妻も可哀想ってもんだ。だいたい、こういうのだって試してみて皆様に伝えられればと、思う。

「そうだ取材だと思って食べてみよう、なんだって試すのはボクの仕事だ」そんな変な屁理屈をつけてスプーンの上の物体も飲み込む。

 それが思ったよりも美味しくて、ペースト状なこと以外、生臭くもないし、確かにシャケだ。おかしなものを食べさせられている気もしない。その時食べたのは「キューピーやさしい献立 なめらかおかず 鮭と野菜」。

初めて食べた介護食「キューピーやさしい献立 なめらかおかず 鮭と野菜」(写真・キユーピー株式会社提供/本人提供)

 最初に美味しいのもを食べられたおかげなのかもしれないが、ボクの食べず嫌いは解消された。それから気を良くしたボクは、本格的に「介護食」と呼ばれる食事の取材を始めた。あの牛丼でお馴染みの「吉野家」で介護食用の牛丼用パックを作っていたり。

 マルハニチロの魚のペースト状の商品にはホントに驚いた。焼き魚は焼いた魚の味がしたし、煮魚は煮魚の味がした。しかもどれも美味しい。退院して来た当初(9年前)に食べていたそれとは明らかに違う、進化した味だった。

美味しくて驚いたマルハニチロのメディケア食品「おいしさ満天食堂 かれいの煮付け風」(写真・マルハニチロ株式会社提供)

 家庭でもブレンダーを購入して、なんでもすりつぶして実験。食べてみた。その頃のボクは、そういうものしか食べられなかった。何を食べても口の中に残ってしまい、飲み込めなかった。

 でも結局のところ、妻の手作りであっても市販のものであっても、食は進まなくなってしまった。食欲がなくなった。まずくないのに。プロ、介護される人のモニターの方も、きっとたくさん試されて研究されてるんだろうなあと思う。本当に美味しい。それは言っておく。

内緒で普通のご飯を食べる今

 訪問看護師さんには怒られるかもしれないけれど、内緒で普通のご飯、みんなと同じおかずを一口小に切ったものにした。

 切るのも食卓の目の前で。そう工夫してくれて食べるようなった。食べる時間は5倍ぐらいかかるけれど、それを今は食べている。

「そんなの無理ですよ」ぐらいの食事の形態。「おすすめできません。誤嚥の危険があります」そう言われる。

 けれど、大学病院で調べてもらったけど、嚥下には問題なくって後遺症で食べるのが難しい、という結果も出ていた。喉が大丈夫ならば・・・と怒られるのは分かっていたけれど決行。

 しかも、ボクはなかなか自分で食べることもできないので(できないわけではないが「一口、二口で疲れて食べる気がなくなってしまう」妻談)ここでもまたご迷惑をおかけしている。

 自宅で介護してもらうってことはそういう大変なことの連続だ。「要介護5」ってそういうことなのだ。申し訳ない。

 おすすめの形状でないものを食べるってことは、大袈裟でなく「死んでもいい」と思って食べるってことで、普通そんな危険を冒してまで食べないのである。

 パパが築きあげた(そう大したもんでもないけれど)神足家の食事は「美味しいものを美味しく食べる」が基本。「そんな綺麗事!」って言われる。それがどこまでできるか?競争である。

 卵かけご飯でも、納豆ご飯でも「美味しそう」そう思える食事を出してくれる妻や義母に感謝なのである。息子のインスタで息子にも「神足家の食事」が伝授できていることを知るとちょっと嬉しい。

「食べてみよう」と思える食事をありがとう。

自分が経験していないことって想像でしか分からないから難しいですね。

神足明子(妻・介護する側)

「飲み込めない」ってどんな感覚なんだろう。

 大体、お茶を飲んだり水を飲んだり、そんなことが苦痛になるなんて思ってもみなかった。昔は、ガブガブコーヒーを飲みながら打ち合わせをしたり、ジョッキーでビールを何杯も飲んでいたはずなのに。

 食事なんていう、固形のものだけでなく、サラサラしたお水すら飲み込めない。サラサラしたお水は逆に飲み込みづらいから、とろみをつける。飲み込むってことは、大変難しいことらしい。

「飲み込めない」ってどんな感覚なんだろう。よくわからないから、一体どんな感じなんだろうと想像する。飲み込みづらい人に食事をさせるのってどんな食事がいいんだろうって。喉が痛い時「ごくん」と飲み込もうとしてなかなか飲み込めないあれ?幼い頃に味わった、喉の奥で魚の骨を詰まらせた時の違和感とか。

 ちょっと話は違うけど、大体パパの場合、飲み込むことだけじゃなくって、吐き出すことも最初できなかった。

 うがいをするために口に水を含む。「ブクブク」それからが大変。
「はい、パパ、ペッてして!だして!」出すことも飲み込むこともできない。口元の横からダラダラを流れる。
「じゃ、口を開けて!」ああ、息もできなくってつらそう。口を開けると水がこぼれちゃうってことはわかるから、それもできないらしい。どう伝えればうまく伝わるか?

 もっともっと状態の悪い患者さんの口腔ケアは、口の中をガーゼで拭ってもらっている。

 洗面台に大きな車椅子で行って、自分で歯磨きをできるようになったパパはお医者さんも驚く回復ぶりだったわけだけど。嬉しい進歩だ。そこにくるまでには、半年以上の入院をした後だった。

 ここまで回復できたことが奇跡でもあったので、家族はもちろん、パパも何から何まで頑張った。今思えばあの頃の繰り返しが今を作った。諦めなくてよかった。

水分を飲ませないと「生きていけない」からずっとずっと考える。

 そんな状態のパパが、胃ろうが外れ、経管栄養になり、医療用のお試しゼリーのようなものを久しぶりに口から摂取。とろみ付きのお茶を一口飲んでいいとお許しが出た時は本当に嬉しかった。嬉しかったはずだったのに、、、。

 点滴に頼らず、生きていく上で必要な水分は1日2リットル。食事からも水分を摂るから、液状の「いわゆる水分」は大体1日1.5リットル。マグカップ約8杯分。そんなに飲むの?

「神足さんのお好きなものでいいですから。」そう言われて飲んだ量も測って飲むけど、一口飲み込むのも大変な人間が、なかなかマグカップ8杯も飲めない。

 ずっとずっと飲ませることばかり考えている。トイレといい、水分摂取も、ずっとずっと考えないと「生きていけない」と言われているのだから仕方ない。顔を見れば「はい、一口」そればっかりだ。

 10年経った今でもそれは続いていて、気を緩ませるとすぐ脱水症状になって点滴となる。最悪入院だ。数回入院もさせてしまった。

 パパは体温調整もできないからすぐ熱を出す。真夏は細心の注意。今は冬だって、親切でバンバンに暖房をつけてくれる人もいるので、注意が必要だ。

 ほんとあっという間に体調は悪化する。朝は平気だったのに。午後「救急車を呼びます」と連絡が入ることもあった。

 話は長くなりましたが、そんな調子で、水分自体を摂ることがとても大変なので、食事もできるだけ水分が一緒にとれるようなものを心がけています。結果、食べやすくもなるし。

具材の香りや原型を大切にする「食べたくなる儀式」

 若い頃はそんなにメインに考えていなかったお味噌汁。パパが昔買ってきた「かつおぶし削り」を出してきて、パパに荒く削ってもらいます。煮干しの頭もパパがとります。昆布は最近までお土産でもらった利尻の昆布があったので、それを箱から出して。

 いわゆる「食べたくなる儀式」。

お味噌汁の出汁は昆布と煮干しから。
煮干しの頭は神足さんがとる。(写真・本人提供)

 いい出汁をとる「具材の香り」から料理です。本人も見てるから、そこから食べたくなるんじゃないかなって狙い。(笑)

 刻まないと食べれないものでも、できるだけ原型を見せてから、その場で刻んだりブレンダーをかけます。「今、ボクはこれを食べてるんだぞ」ってわかるように。

具材の香りや原型を大切にしたお味噌汁(写真・本人提供)

赤ちゃんの離乳食の時は、まだ赤ちゃんはそれを食べるのが初めてだから、どんなものか分からなくても平気だけど、経験を積んできた大人は、ドロドロな「何かわからないもの」を食べるのに勇気がいるんだねってわかってきました。

 ああ、難しい。自分が経験していないことって想像でしか分からないから難しいですね。

神足裕司

こうたり・ゆうじ●1957年広島県生まれ。大学時代からライター活動を始め、グルメレポート漫画『恨ミシュラン』(西原理恵子さんとの共著)がベストセラーに。クモ膜下出血から復帰後の著書に、『コータリン&サイバラの介護の絵本(文藝春秋)』など。

神足明子

こうたり・あきこ●1959年東京都生まれ。編集者として勤務していた出版社で神足さんと出会い、85年に結婚。1男1女をもうける。