<毎月第2・4火曜更新>2011年、突然のくも膜下出血により要介護5となった神足裕司さん(コータリさん)と、妻の明子さんが交互に綴る「要介護5」の日常。介護する側、される側、双方の視点から介護生活を語ります。
連載第35回「優しい旅」
台湾の人は「どれだけ周りの人を見てるんだ」「どれだけ優しいんだ」と感動する。
神足裕司(夫・介護される側)
日本では車椅子だとタクシーの乗車拒否経験も結構あるけれど。
旅に出ると人の優しさや暖かさに触れて胸がじんとくる。困ってしまう場面が日常より数倍多くなるから、本人は結構ドキドキである。だけどそれを含めて旅の醍醐味だ。体が動く人だって旅はそういうもんだ。日常と離れて色々な体験をしたくって旅に出るんだから。
台湾にいつもとちょっと違うメンバーと旅にでた。ボクのことはよく知っているが「要介護5の身のボク」はどうだろう。近くで生活を共にするっていうのは、もちろん初めてである。
「私、車椅子を押すのも初めてよ」そういう仲良しのOさんは年に何だかんだ3、4回は会う。「神足くん」とボクを呼ぶ、昔からの新宿の仲間である。
それと昔から将棋友達で金融系ライターのOUさん。OUさんはもう5年ぶりぐらいか?OUさんは身内の車椅子は押したことがあるっていってたかな。急に今回の旅にご一緒することが決まったんだけど、OUさんは「車椅子を押すのは任せて」と宣言してくれていたというから有難い。ここで優しさ①。
OUさんは一緒にいる時はほとんど車椅子を押してくれた。押してもらってどこにでもいった。雨が降っても観光地の坂があるようなとこにも、大行列でいつもは入れないような人気料理店にも。先に並んで待っていてくれるスペシャルなサービスで、しかも語学が堪能で、物おじもしない。「さすが元編集者だ」と思う取材力と行動力で、他のゆっくりペースのみんなをうまくまとめてくれた。本当に有難い。
Oさんが「迪化街(てきかがい)」という問屋街へ香辛料を買いにいくというので、みんなでついていった。問屋街だから車椅子には優しくないんだけど、車道と歩道をいったり来たり、八角の香りがする香辛料屋さんがいくつも並んでいるかと思えば今度は袋物屋さんが並ぶ、次は金物屋さん。その中におしゃれなコーヒー屋さんやお茶屋さんが点在していて、古い問屋さんと新しい店がうまい具合にマッチしている。Oさんは「寒くないか」「疲れてないか」と始終気をつかってくれる。優しさ②。
問屋街をいく神足さん(写真・本人提供)
普通に道を歩いている人が寄ってきてドアを開けてくれる。
買い物も終わって「さあ、帰ろう」とタクシーをつかまえようとするが、中々止まってくれない。車椅子だから敬遠されるのかな?車椅子だと日本では乗車拒否の経験も結構あるから「申し訳ないなあ」とちょっと不安もよぎる。台湾もそうなのか??小雨も降っている。せっかくの旅もそんなことがあると気持ちが下がる。そう思い、頭によぎったその言葉を飲み込んだ。
問屋街の小さな交差点で右往左往していると、中国語で「タクシーに乗りたいの?」(多分そうおっしゃった)と声をかけてくれたお母さんがいた。一緒の子供は白杖を持っている。と、その友達(この子も白杖)。2人とも全く見えないわけではないようだ。
携帯の翻訳アプリをぐっと顔に近づけ操作して、僕らに見せてくれる。子供たちはちょっと英語もできて「セブンイレブンにタクシーを呼ぶマシーンがあるよ」と教えてくれる。「セブンイレブンは5、60メートル先にある」そこまで一緒にいってくれるといっているようだ。ゾロゾロ7人で移動する。なんだかよくわからないけど楽しい。ゾロゾロ。
セブンイレブンの中に我がチーム代表のOUさんと台湾の皆さんが入りマシーンを操作する。「まもなくタクシーが来るよ」といわれ、セブンイレブンの外でまつ。
子供達がボクに携帯を見せ、翻訳機が日本語で「あなたはとてもハンサムですね」と。「ええ??ぼく???」思わず吹き出す。「ごめんね。彼、しゃべれないのよ」そう同行者がいうと続けて「あなたに会えてよかった、一緒に写真撮らせてもらえませんか?」と。
それはこちらのセリフだよ。助けてもらって一緒についてきてくれて。もう初日にしていい旅決定じゃないか。台湾っていい国だねって決定じゃないか。あなたたちのおかげだよ。優しさ③である。
まもなくタクシーがやってきた。乗り込むと見えなくなるまで手を振ってくれた。
タクシーを呼ぶマシーン(写真・本人提供)
次の日は、1日フリーだったので車で郊外まで観光に出かけた。観光地と侮るなかれ。雨が降っている車椅子での旅。大変さを差し引いても、なかなかである。最後に「士林夜市(しりんよいち)」でおろしてもらった。
地下が改装中だったが、ずっと奥の方までウロウロした。計画ではこの辺りで夕食をとって帰ろうと思っていたのだが、ちょうどいい店がなかなか見当たらない。屋台で食べ歩きをちょこちょこしながら進む。
「さてどうするか?」ちょっと立ち止まると「何か困ってる?」と美女が寄ってきた。「なにかの勧誘か??」そう思ってしまう哀しいさが。「食事ができる店を探してるんだけど」そういうと「こっちの方はないわ、その角を右に曲がったところがそうね」そんなことを路地で話していると、前の店のおばちゃんまで「なになに?困ってるの??」みたいな感じで出てきてくれる。その店も食べ物屋さんであったが「店に入って食べるようなところはあっちよ」みたいな感じで、その美女とおばちゃんがカンカンガクガク話し合い、僕たちにまとめた意見を話してくれているようだ。
歩き始めるとOさん「あの女の人どこからやってきたの??急に現れたね」そう。ボクらが立ち止まり1分もたたないうちに。1人で歩いていたが、振り返ってやってきてくれたのだ。近所の人らしい。優しさ④。
Oさんに車椅子を押してもらう(写真・本人提供)
そんなことがたくさんあった。朝ホテル近くの大きな公園を散歩していて、出口(車椅子で出られる段差のない出入り口)がわからず「あっちかな?」「こっちかな?」と立ち止まっただけで、体操をしていたおじさんが「出るの?どっち方面?ボクが連れていくよ」と多分中国語でそういって、車椅子まで押して連れていってくれる。
ファミリーマートの入り口の自動ドアに近づけば、普通に道を歩いている人が寄ってきてくれて、ドアをタッチして開けてくれる。
「どれだけ周りの人を見てるんだ!!!」と感動する。「どれだけ優しいんだ」と感動する。優しさは10も20も受けた。ボクも日本に帰ったら、そういう人に近づけるようなことをしたいと思っている。
台湾の電車のホーム(写真・本人提供)
旅に出るとなったら「介護する側」は裏方仕事に大忙しです。
神足明子(妻・介護する側)
ホテルのさりげないサービスに「一流だなあ」と感じます。
今回の旅は、裕司の友人が台湾でお芝居をやるというので「それは観に行かなくてはいけないね」という話になり、追っかけのように台湾まで出向いたのでした。
台湾の監督・王嘉明さんと日本の監督・タニノクロウさんの合同作品「誠寶浴池」。日本の役者さんは、片桐はいりさん、金子清文さん、藤丸千さんの3人で、台湾の役者さんも5人出ていました。「一体何語でやるの?」そう思っていましたが、役者の母国語で。台湾の言葉の時は舞台に日本語の翻訳が映し出されます。慣れるまでは頭の整理が必要でしたが、人間ってすごいですね、ちゃんとそれが「本人が喋っているように処理される」ようになり、その人がしゃべっているかのように入っていけます。
1500人も収容できる、パリのオペラ座かと思うような立派な劇場で演じられるのです。
舞台パネル前とパリのオペラ座を思わせる劇場(写真・本人提供)
「ボク、行くんだけど行かない?」役者の金子清文さんとも繋がっている友人に、裕司が声をかけてみると「そうそう金子くんから話を聞いてた。神足くんも行くんなら、行かないわけにはいかないわね」裕司の新宿の仲良しOさんからそう返事を頂きました。
一緒に旅に出ることになって裕司は大喜びです。
旅に出るとなったら、私はちょっとした裏方仕事に大忙し。介護する側のお仕事です。
まず、泊まるホテルにメールを送ります。流行りの安く取れる予約サイトでは、バリアフリールームの設定ができるのは半分ぐらい。予約してから(支払いは後からできるところを選ぶしかないのですが)私たちは「バリアフリーを希望する」などのメールを送るのです。料金が少し違う場合もありますが、どっちらを選ぶのか、選択します。今回バリアフリールームは使用できないと返信があったので、部屋のグレードをワンランク上げてもらい、シャワーがバスタブの外にある(洗い場がバスタブの外にある)日本のお風呂方式の部屋にしてもらいました。
宿泊したホテルのお風呂(写真・本人提供)
海外のお風呂は「またげない・立てない」裕司にとってはNG。シャワールームが別にある部屋や、洗い場があるお風呂場なら、シャワーチェアを置いて貰えればクリアできます。あとは車椅子でベッド周りを移動できるスペースがあればOK。
以前「どちらにせよお風呂には入れないのだから」と思い、シャワーだけしかない安宿のホテルに泊まったら、入り口からベッドへ車椅子で到達できない動線で困ったことがありました。安い部屋を探したいのですが、クチコミサイトなどに投稿されている写真を「車椅子でも動けるか?」「段差はどのぐらいあるか?」みなさんとは全く違う視線で、目を皿のようにしてチェックし、探します。今回もホテルと何度かやりとりをして、とても親切に対応して頂きました。
チェックイン前に洗い場付きお風呂へ介護用のシャワーチェアーを用意し、ドアを開けるストッパーも準備してくれています。そうそう、ドアのストッパーは車椅子が出入りする際にすごく重要。車椅子が先に出たり入ったりするときに、ドアを開けっぱなしにしておくために必要なんです。小さなことですが、助かります。気が付くホテルだと、さりげなく用意しておいてくれます。さらに、2日目から「ああ、この人は枕を高くしなければいけないいんだな」と認識して枕を2つも余分に置いてくれたり、ゴミ箱のビニールを余分に置いてくれたり。「一流だなあ」と感じます。
宿泊したホテル(写真・本人提供)
今回は、実際に一流ホテルでしたが、日本や海外を旅しているとき、チェーン店の格安ホテルでも同じようなサービスを受けたこともあります。その会社の方針なのか、サービスをしてくれた人が素敵な人だったのか。
ささやかなことだけど、私はジンときてしまいます。本当に裕司がこの体になってから、人の優しさに触れることが目に見えてわかって「ありがたいなあ」と本当に思えます。体が不自由になってから「良かった」と思えることです。
神足裕司
こうたり・ゆうじ●1957年広島県生まれ。大学時代からライター活動を始め、グルメレポート漫画『恨ミシュラン』(西原理恵子さんとの共著)がベストセラーに。クモ膜下出血から復帰後の著書に、『コータリン&サイバラの介護の絵本(文藝春秋)』など。
神足明子
こうたり・あきこ●1959年東京都生まれ。編集者として勤務していた出版社で神足さんと出会い、85年に結婚。1男1女をもうける。