コータリさんの要介護5な日常 - 連載第57回「左足のこと」

<毎月第2・4火曜更新>2011年、突然のくも膜下出血により要介護5となった神足裕司さん(コータリさん)と、妻の明子さんが交互に綴る「要介護5」の日常。介護する側、される側、双方の視点から介護生活を語ります。

神足裕司さんが2026年3月8日に逝去されました。
謹んでご冥福をお祈りいたします。(編集部)

連載第57回「左足のこと」

画像:神足裕司さん

「もう一回だけやってみるか」と思える気持ちこそ希望。

神足裕司(夫・介護される側)

動かない左足を信じてもう一度だけチャンスを与えてみてもいいのではないか。

 最近、ボクは見直しているものがある。もう半分、いや7割がた諦めかけていた、動かない左足のことだ。

 くも膜下出血で倒れてから、気がつけば長い時間が過ぎた。発病直後は、藁にもすがる思いであらゆるリハビリに挑んだ。
 東京慈恵会医科大学附属病院のリハビリテーション科で基礎訓練を重ね、さらに筑波の研究施設に泊まり込み、ロボットスーツHAL(Hybrid Assistive Limb)を装着しての機能訓練も体験した。HALとは、装着者の皮膚表面に現れる微弱な生体電位信号を読み取り「動かそう」とする脳の意思を検知してモーターが関節運動を補助する装着型ロボットだ。脳から筋肉への命令がうまく届かなくなった身体に対し「動きたい」という意思そのものを増幅してくれる。いわば「未来の松葉杖」のような存在である。機械に支えられながらも、自分の意思で一歩を踏み出す感覚は、確かに希望だった。
 さらに、麻痺した手足の運動療法として知られる川平和美先生の「促通反復療法(通称・川平法)」にも挑戦した。セラピストが特定の刺激を加えながら、患者自身の意思で関節を曲げ伸ばしする。それを一日に何百回、何千回と反復する。脳の神経回路を再建し、眠っていた回線を叩き起こす作業だ。渋谷の施設に通い、汗を流した日々もある。
 自宅の廊下を、装具をつけてではあるが何とか歩いたこともある。壁に手をつき、歯を食いしばり、たった数メートルの距離を宝物のように感じた。
 しかし、資金の問題もあった。何より、ボクの頑張りが足りなかったのかもしれない。現実的に「歩く」レベルまで回復することはできなかった。希望と現実の間には、思った以上に深い溝があった。

 そして最近、その左足がさらに曲がり、内側に引き上がるようになってきた。いわゆる拘縮(こうしゅく)だ。筋肉の緊張が抜けず、関節が固まり、自然な角度を失っていく。車椅子に座る姿勢すら安定しなくなってきた。リハビリという名のマッサージを週5回受けているにもかかわらず、である。
「悪くなるのを止めるだけではダメだ。よくならなくては」正直に言えば、焦った。このままでは、車椅子での取材もままならなくなる。ボクにとって「動けない」こと以上に怖いのは「現場に行けない」ことだ。現場の空気を吸い、人の声を聞き、自分の言葉にする。その営みを奪われることは、職業人としての死に近い。「危機だ」と本気で思った。
 そこで開いたのが「サービス担当者会議」である。これは、介護保険を利用している人のために、ケアマネジャー、訪問看護師、リハビリ担当者、ヘルパーなどが一堂に会し、今後の支援方針を話し合う場だ。ボクの身体を支えてくれているプロたちが、率直に意見を出し合う。

「このままでは拘縮が進む可能性があります」「座位保持をまず安定させる方向で」介護の立場で何ができるか活発に意見が飛び交う。会議は、ボクの足を中心に回った。少し情けないが、ありがたい。自分一人では思いつかない視点が次々と出てくる。

 世田谷に良い施術所があるという話が出た。保険内の枠を超えた自費施術ではあるが、身体全体のバランスを整えながら拘縮にアプローチするという。それが、世田谷ルーツ整体院だ。
 ここは、神経系の再教育や筋膜へのアプローチを通じて、単なる「ほぐし」ではなく、動きの再構築を目指す整体院だという。足だけを揉むのではない。骨盤、背骨、肩甲骨――全身の連動を見直しながら、結果として足の角度や可動域を変えていく。
 試しに一度、施術を受けてみた。施術後、車椅子に座ったときの足の位置が、ほんの少し自然だった。ほんの数センチの違いだが、ボクにはわかる。川平先生に出会った時のように先が明るく感じた。
 だが、いまは週に一回通うのが精一杯だ。費用も時間も、簡単ではない。それでも「行かないよりはいいか」と思っているうちは、本気ではないのだろう。「これでいく」と腹をくくれるかどうか。いまはその分岐点に立っている。
 正直に言えば、もう若くない。回復曲線が右肩上がりになる保証はどこにもない。それでも、諦めるにはまだ早いのではないかと、最近思い直している。

 左足は、かつてボクをどこへでも連れて行ってくれた。原稿を書き、飲み歩き、取材で走り回った日々。その足にもう一度だけチャンスを与えてみてもいいのではないか。「歩けるようになる」とは言わない。だが、車椅子に安定して座り、現場に出かけ、人に会い、言葉を紡ぐ。そのための足であればいい。
 ボクの身体は、ボクの商売道具だ。そして、まだ終わってはいない。動かない左足をもう一度信じてみる。それは奇跡を求めることではなく、今日一日、拘縮の角度を一度でも伸ばす努力をすることだ。
 通販生活の読者の中にも、身体のどこかを「もう仕方ない」と諦めかけている人がいるかもしれない。ボクも同じだ。諦めかけて、また拾い上げる。その繰り返しでここまで来た。希望というのは、大きな回復ではなく、「もう一回だけやってみるか」と思える気持ちのことなのかもしれない。
 左足よ。もう少し付き合ってくれ。

画像:HALでの機能訓練と整体院での施術の様子。

HALでの機能訓練と整体院での施術の様子。(写真・本人提供)

3月24日更新です。

神足裕司

こうたり・ゆうじ●1957年広島県生まれ。大学時代からライター活動を始め、グルメレポート漫画『恨ミシュラン』(西原理恵子さんとの共著)がベストセラーに。クモ膜下出血から復帰後の著書に、『コータリン&サイバラの介護の絵本(文藝春秋)』など。

神足明子

こうたり・あきこ●1959年東京都生まれ。編集者として勤務していた出版社で神足さんと出会い、85年に結婚。1男1女をもうける。

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