評論家の川本三郎さんによる、山田太一ドラマの魅力に迫る連載。前回の『終りに見た街』に続き、戦争にまつわる山田ドラマとして、『男たちの旅路』の最終作『戦場は遙かになりて』を取り上げます。戦中派の鶴田浩二と若者世代とのギャップを描いたこの名作シリーズの中でも、とりわけ戦争とその記憶について深く考えさせられる作品です。本作に込められている山田太一さんの思いを、川本さんと共にじっくり見つめていきたいと思います。
男たちの旅路スペシャル
戦場は遙かになりて
前編
- 作品:
-
男たちの旅路スペシャル 戦場は遙かになりて
1982年2月(全1回)NHK - 脚本:
- 山田太一
- 演出:
- 中村克史
- 音楽:
- ミッキー吉野
- 出演:
- 鶴田浩二、柴俊夫、清水健太郎、岸本加世子、金井大、真行寺君枝、本間優二、近石真介、中原理恵、橋爪功、ハナ肇、池部良ほか
戦中派から若者世代への強い思い。
鶴田浩二演じる戦中派のガードマンを主人公に、戦争を知らない部下の若い世代との相克を描いて話題になった『男たちの旅路』シリーズ。その最終回として一九八二年にNHKテレビのドラマスペシャルとして放映されたのが『戦場は遙かになりて』。
一九八二年といえば昭和五十七年。戦争が終わって三十七年経っているが、当時まだ、若い頃に兵隊に行った世代が健在で、親が戦中派という若者も多かった。それだけに世代間の確執が激しかった。だから、鶴田浩二演じる元特攻隊という戦中派の上司の、若い世代に二度と自分たちのような体験はさせまいという思いは見る者に強く訴えるものがある。
チンピラの襲撃事件が起こした波紋。
鶴田浩二演じる吉岡が司令補を務めるガードマン会社、東洋警備会社に森本直人(本間優二)という若者が入社してくる。
東京都の小笠原島の出身。成績はよく、同僚たちの評判もいいが、なぜか上司の吉岡にだけは反抗的な態度を取る。戦中派嫌いの若者のようだ。
ガードマンの仕事は夜間の警備が多い。ある夜、直人が先輩の尾高清次(清水健太郎)とテニスクラブの警備をしているとき、五人ほどのチンピラ風の少年たちに出会う。その数はさらに増して十人ほどになり、直人と清次を取り囲む。手にはそれぞれゴルフのクラブを持っている。
立ち向かおうとするが、状況は明らかに不利。先輩のとっさの判断で、二人は車に逃げ込み、勢いよく車を発車させる。チンピラたちはその車をクラブで滅茶滅茶にしてゆくが、二人はかろうじて逃げることが出来る。
立ち向かわずに逃げることへの葛藤。
事件は会社に報告され、問題になる。
夜警中の社員であるガードマンが不審者に襲撃されたら、どう対処すればいいのか。自分たちは警察と違って武器を持たない。しかも相手は人数が多い。ゴルフのクラブを武器にしている。争っても勝ち目はない。
警察は、プロのガードマンが勤務中に襲われて、ただ逃げたとはお粗末ではないか、と皮肉をいう。
それに対し上司の吉岡は、二人の部下をかばう。
「ああいう際には、出来るだけ逃げろと指導しております」「事件が起きたら、すみやかに本部もしくは警察へ連絡すること。他にはなにもするなと教えています」。
これに対し警察は、またしても皮肉っぽくいう。「目の前で悪いのが大暴れしている。それを見て、ただ逃げることしか考えないっていうのは、わびしいね」。
あの状況ではやむを得なかったとしても、世間一般の反応は、この警察のようなものだろう。若い直人自身、何も抵抗せずに逃げ出したことに内心忸怩たる思いを抱いている。
だから吉岡が、直人と清次をドライブインの喫茶店に誘ったとき、かなりふてくされた顔をしながら、吉岡に食ってかかる。
「悪い奴がいたら、何故立ち向かわない? 何故ただ逃げる? (あなたは)そう思っとるんじゃないですか?」
口では自分たちをかばっても内心は違う。「(あなたは)身体中でいってますよ。俺は昔軍隊にいた。お前ぐらいの時は、もういっぱしの男だった。いのち張って生きてたって」。
吉岡は、どうやら直人の父親が自分と同じように戦中派らしいことに気づく。おそらく直人は父親にいつもそんなふうにいわれてきたのだろう。
逃げの一手が事態の悪化を呼ぶ。
事件は続く。ある私立高校が襲われ、建物が被害にあった。池部良演じる社長は、社員にこんな注意をする。
「相手は狂暴な連中のようなので、尚一層安全第一を心掛けるよう徹底して貰いたい。逮捕しようとか、やっつけようとか、そういう功名を狙わず、本部及び警察へのすみやかな通報を最優先するよう」
社員の安全を考える社長としては当然の判断だろう。もっとも若い清次はそれを聞いて自嘲して呟く。「いわれなくたって、安月給で身体張るかよ」。直人も自己嫌悪をこめていう。「ええ、パーっと逃げます」。無論、直人には、本当にそれでいいのかという思いがある。
その後、二人はある工場の夜警に入ったとき、またチンピラたちに遭遇する。直人は、逃げるのは意気地なしみたいで癪だからと抵抗しようとするが、結局はチンピラたちの迫力に負けて清次と共に車に逃げ込んで車を発車させる。
イラスト/オカヤイヅミ
問われる警備会社の姿勢。
しかし、この事件は、前回より波紋が広がる。清次と直人は逃げたが、工場の老いた守衛が抵抗して大怪我を負ったから。
新聞記者は二人を追究する。
「つまり、あんたたちは、老人の守衛がいたことは知ってたわけね」「しかし、老人にかまわず、逃げちまったというわけですね」。
老いた守衛が抵抗して怪我を負った。一方、警備会社の若い二人のガードマンは逃げた。当然、世間の風当たりは強くなる。
社員の安全は守らなければならない。しかし、いざという時、安全のために警備員が逃げ出してしまっていいのか。
警備会社のジレンマである。
会社の上司たちによる会議が開かれる。
ある指令補(橋爪功)は発言する。
「安全第一という、わが社の社員教育を根底から考え直す時期ではないか」「巡回中のわが社の青年二人が、ただ風をくらって逃げ去り、守衛の老人のみが連中を相手にたたかい、重傷を負ったというのでは、警備会社としてのイメージは、地に落ちたといわなければなりません」。
一理ある。格闘技の猛者を社員にするとか、何らかの防御の手段を持つとか、手はないのか。
特攻体験があるからこその苦悩。
これに対し、吉岡はいままでどおり社員の安全第一を主張する。
「好き嫌いで、あおるような事をいえば、若い奴はすぐたたかいますよ。そして無駄に怪我人が出ます。いまの若いのだって、逃げるより逃げない方が恰好がいいに決まってます。冷静になれといわないでどうするんですか」
吉岡には特攻隊の経験がある。戦闘機で敵の軍艦に体当たりするのは無駄と分かっていても、当時の空気から突っ込まざるを得なかった。そして命を散らした。
吉岡は、現在のガードマンの立場を自身の特攻体験から考えようとしている。わずかな人数で武器も持たずに斗えというのは、特攻と同じように無暴に過ぎない。
しかし、吉岡がいくらかばっても、当の若者、直人の心は晴れない。先輩の清次と負傷した老人を見舞いに行ったが、「逃げた奴の見舞いは受けない」と花束を突き返された。だから先輩の清次にからむ。「先輩はどうして平気なんですか。(新聞に)弱虫みたいに書かれて平気ですか」。
※以下、中編に続く(12月11日公開)。
川本三郎(かわもと・さぶろう)
1944年、東京・代々木生まれ。東京大学法学部卒業後、朝日新聞記者を経て、映画や文芸、都市論などを中心とした評論活動に入る。主な著書に『大正幻影』(91年・サントリー学芸賞)、『荷風と東京「断腸亭日乗」私註』(97年・読売文学賞)、03年『林芙美子の昭和』(03年・毎日出版文化賞)、12年『白秋望景』(伊藤整文学賞)がある。その他、『マイ・バック・ページ ある60年代の物語』、近著に『映画の木洩れ日』(キネマ旬報社)、『遠い声/浜辺のパラソル』(ベルリブロ)がある。