イラスト/瀬藤優
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男たちの旅路
その4

作品:
男たちの旅路
1976年2月〜3月(第1部・全3回)
1977年2月(第2部・全3回)
1977年11月〜12月(第3部・全3回)
1979年11月(第4部・全3回)
1982年2月(スペシャル・全1回)
脚本:
山田太一
演出:
中村克史、高野喜世志、重光亨彦、富沢正幸
音楽:
ミッキー吉野
出演:
鶴田浩二、森田健作。水谷豊、桃井かおり、池部良、柴俊夫、志村喬、笠智衆、根津甚八、清水健太郎、岸本加世子ほか

若い恋人の死に戦友の死を重ね合わせて。

『男たちの旅路』には、ドラマの展開からいってやや不自然に思える回がある。第三部第三話の「別離」(一九七七年十二月三日)。

鶴田浩二演じるストイックな吉岡が、なんと、桃井かおり演じる、親子ほどにも年齢の離れた悦子と愛し合うようになる。以前は、悦子に「甘ったれたような口をきくな。そんな声を出せば、男がヤニ下がると思ったら、大間違いだ」と厳しく接した吉岡が、悦子は自分のことを慕っているとわかると、自分も彼女に惹かれてゆく。若い、水谷豊演じる陽平が彼女のことが好きだと分かっていても、自分の気持ちを抑えることが出来ない。

彼女が難病にかかっていると知ると、父親のような保護者の気持ちになって、彼女を看護する。そのため、いままで勤勉実直で通してきた人間が、警備員としての仕事に支障をきたすほど、彼女の看病にかかりきりになる。

にもかかわらず彼女は死んでしまう。この若い女性の死が、不自然に思えるのは否めない。しかし、考えてみれば、特攻隊の生き残りとして多くの戦友の死を見てきた吉岡には、若い彼女の死も避けられないことだったのかもしれない。そのあと、吉岡は、会社を辞め、悄然としていずこともなく去ってゆく。

ややロマンティック過ぎる展開だが、それだけ中年の吉岡には娘のような若い悦子の死がこたえたのだろう。

イラスト/オカヤイヅミ

世捨て人となった主人公のうらぶれた姿。

吉岡が消えることでドラマが終わってしまう。視聴率がいい番組だっただけに、視聴者からの反響が大きかったのだろう。このあと第四部が開始される。

その第一話「流水」(一九七九年十一月十日)。消えた吉岡はどこへ行ったかが描かれる。

失踪して一年半ほどたって、陽平が社長命令で吉岡の行方を探すことになる。手がかりは吉岡が社長にあてて出した詫び状。簡単な葉書で住所も書いていなかったが、かすかに消印に「根室」とあった。

社長の命を受けた陽平はそれを手がかりに一人、冬の根室に出かけてゆく。いつも吉岡に〝近頃の若いもん〟として批判を浴び、自分のほうも吉岡のことを「戦中派の、説教好きの、ええ恰好しいの特攻隊野郎だ」と毒づいていた陽平だが、吉岡の筋の通っている生き方には好意を持っていた。社長もそれが分かっていて、陽平に吉岡を探すように命令したのだろう。

陽平は郵便局や役所、漁師たちに吉岡の写真を見せながら「こういう男を知らないか」と探しまわる。簡単には見つからないが、町で知り合った若者、屋島清次の手を借りて、ようやく吉岡を探し当てる。

吉岡は居酒屋で皿を洗ったり、ゴミを捨てたりして働いていた。以前のさっそうとした制服姿の吉岡とは似ても似つかない、そのうらぶれた姿に陽平は驚く。

吉岡はまるで世捨人のようにアパートで一人暮らしている。若い悦子を死なせてしまった責を負うようにひっそりと暮らしている。根室という、冬には流水が流れ着く北の涯ての漁師町が、世を捨てた吉岡には似合う。

1976(昭和51)年2月28日、放送開始時のテレビ番組表(クリックすると拡大します)。写真提供/毎日新聞社

〝近頃の若いもん〟との和解。

陽平は、東京に帰るよう、会社に戻るように説得するがなかなか吉岡は応じない。もう陽の当たる場所には戻りたくないという思いがあるのだろう。

説得に応じない吉岡に業を煮やした陽平は清次にこぼす。「俺に言わせれば甘ったれだよ。自分を憐れんでやがるんだ。憐れんでいい気持ちになってやがるんだ」。

陽平の批判は当たっているところがある。吉岡には、どこか特攻隊帰りという特殊な経験に酔っているところがある。その自己陶酔を批判し、相対化してゆくのが、戦後生まれの陽平である。陽平は、吉岡に敬意を表しながら、時折り、吉岡の自己陶酔を批判する。一見、軽薄に見えながら吉岡を相対化してゆく陽平の役割は大きい。

そして陽平の熱心な説得によって、最後には吉岡は東京に帰る決心をする。喪が明けたという思いもあるだろうし、何よりも、どうしようもない〝近頃の若いもん〟の陽平が、いつのまにか成長して、しっかりした考えを持っていることを知ってうれしく驚いたこともあるだろう。その意味で『男たちの旅路』は、戦中派と戦後派の和解のドラマになっている。

吉岡は東京に戻り、警備員に復帰する。倉庫の荷物のすり変えを描いた「影の領域」と車椅子の若者たちを描いた「車輪の一歩」は復帰後のドラマである。復帰後の吉岡はあきらかに変わっている。表情は以前より柔らかくなっているし、若者たちにも優しい。彼はもう、特攻隊の体験を説教じみて語ることはないだろう。
※次回は『チロルの挽歌』、10月11日公開予定。

川本三郎(かわもと・さぶろう)

1944年、東京・代々木生まれ。東京大学法学部卒業後、朝日新聞記者を経て、映画や文芸、都市論などを中心とした評論活動に入る。主な著書に『大正幻影』(91年・サントリー学芸賞)、『荷風と東京「断腸亭日乗」私註』(97年・読売文学賞)、03年『林芙美子の昭和』(03年・毎日出版文化賞)、『白秋望景』(伊藤整文学賞)がある。その他、『マイ・バック・ページ ある60年代の物語』、近著に『映画の木洩れ日』(キネマ旬報社)がある。

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