評論家の川本三郎さんによる、山田太一ドラマの魅力に迫る連載。前回に引き続き、バブル経済直前の日本社会を生きる若者たちを、厳しくも温かみのある視点で描いた『ふぞろいの林檎たち』のパート2を取り上げます。学生だった〝林檎〟たちは、社会に出てさまざまな困難にぶつかりますが、彼ら彼女らの生き方を、川本さんはどのように捉えているのでしょうか。
ふぞろいの林檎たちⅡ
前編
- 作品:
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ふぞろいの林檎たちⅡ
1985年3月〜6月(全13話) TBS - 脚本:
- 山田太一
- 演出:
- 鴨下信一、井上靖央ほか
- 主題歌:
- 「いとしのエリー」(サザンオールズターズ)
- 出演:
- 中井貴一、時任三郎、柳沢慎吾、手塚理美、石原真理子、中島唱子、高橋ひとみ、国広富之、根岸季衣、佐々木すみ江、小林薫、吉行和子、室田日出男、小林稔侍、岡本信人ほか
零細企業に就職した林檎たち。
『ふぞろいの林檎たち Ⅱ』はTBSで一九八五年の三月から六月にかけて放映された(全13回)。
三人の林檎たちは大学を卒業して社会に出る。仲手川良雄(中井貴一)は晴海にある物流センター、岩田健一(時任三郎)と西寺実(柳沢慎吾)は神田あたりの中堅機械メーカーの営業代理店。
「四流大学」出とはいえ、それぞれ就職出来ている。バブル経済(一九八六~一九九〇年)直前の世の中、景気が良かったからだろう。バブル崩壊後のいわゆる就職氷河期の学生たちに比べればまだ恵まれている。
とはいえ三人が就職した会社はあくまでも零細企業。それぞれ苦労が絶えない。
健一と実が就職した機械メーカーの営業代理店は、いちおう研修などはあるものの、会社は雑居ビルのワンフロアで社員も二十人ほど。
だから実は、自宅でコンピュータのソフトを制作している本田修一(国広富之)に「どういう会社か」と聞かれると「昔はさ、学校どこって聞かれるのいやだったけどよ、今度は、会社どこって聞かれると、つらいんだよな。まいっちゃうよなぁ」とくさる。社会に出てからも「四流」の劣等感がつきまとう。
良雄が就職した物流センターも、良雄がはじめての大学卒の社員というからその規模がわかる。小さな会社は社員どうしの関係が大きな会社以上に濃くなるから人間関係に苦労する。とくに良雄は、相馬という課長(室田日出男)の、いまならパワハラと呼ばれる威圧に悩まされる。
イラスト/オカヤイヅミ
ユーモラスに描かれる三枚目で弱虫の実。
健一と実は営業の仕事で苦労する。
とくに虚勢を張っているわりに気が弱い実は、タフな健一に比べると成績が上がらずについ弱音を吐く。
ある時、浜野という部長(石田弦太郎)に「ぼく」というのをとがめられたうえに、「月にならして、お前はあいつ(注・健一のこと)の半分も商売してねえだろ」と怒鳴られ、傷つく。とりわけ同期の健一と比べられるのがつらい。実は健一と仲は良いのだが、比べるとどうしても実力、容姿とも健一のほうが上なので、ここでも劣等感を抱いている。
部長に叱責されたあと、実はひとり屋上に行って泣く。屋上は気の弱い実の避難所になっている。
実のことを心配した華江(畠山明子)という事務の女の子が屋上に慰めにくる。泣いている実を見て華江は強くいう。
「いい? いっとくけど、泣いたりしてたら一生浮かばれないわよ」「部長におこられて泣いたなんてイメージ出来ちゃったら、それこわすの大変だから」
事務の地味な女性だが、社歴は実より上なのだろう。しっかりしているし、小さな社内の人間関係をよく見ている。
彼女はさらに実にきついことをいう。
「いま(のあなた)は、率直にいって、三枚目で弱虫で商売も下手って感じなんだから」
決して実を悪くいっているのではない。そのあと、いきなり実を抱きしめると「がんばるのよ、私がついているから」と励ます。驚く実がユーモラス。演じる柳沢慎吾は実際「三枚目で弱虫で商売も下手って感じ」の実によく合っている。
屈辱に耐えるセールスマンのつらさ。
山田太一はこの実という「泣く若者」を決して見捨ててはいない。むしろ厳しい競争社会のなかの「弱い若者」に優しい目を向ける。
営業の仕事は、屈辱を味わうことも多い。小さな会社の営業マンだと小馬鹿にする相手にも頭を下げなければならない。ときには冷たく門前払いを食うこともある。
山田太一は、あるエッセイ(『その時あの時の今 私記テレビドラマ50年』河出文庫、二〇一五年)で、アメリカのコラムニスト、ボブ・グリーンが著作で、セールスマンを「世の中で最悪の運命」と書いているのに反発して、「ひとの人生をそんな風に要約してはいけない」という。
そして、「セールスマンだとか三流大学、三流会社だとか、そういう視点で、ひとの人生を要約することに反撥して書きはじめたのが、この作品(注・『ふぞろいの林檎たち Ⅱ』)であった」。
実と健一は、あるとき、大学の後輩で、よく喧嘩をした佐竹順治(水上功治)が、親がその会社の社長であるため若いのに要職にあるのを知って、そこに営業に行く。
大学時代不仲だった嫌な後輩に頭を下げる。その屈辱に二人は耐える。セールスマンのつらさである。
アーサー・ミラーの戯曲『セールスマンの死』のセールスマン、ウイリー・ローマンの妻リンダが息子にいう言葉を思い出す。
「お父さんが偉い人だとは言いません。ウイリー・ローマンは大金をもうけたこともなければ、新聞に名前が出たこともありません。だけどあの人は人間です」
母性本能をあらわにする綾子の可愛らしさ。
実はある時、仕事先で嫌な思いをして家に帰ってくる。実家のラーメン店では、ちょうど実の女友達の谷本綾子(中島唱子)がアルバイトで働いている(手際良く味噌ラーメンを作る)。折りから同僚の健一も店に来ている。
二人の顔を見てほっとしたのか、実は泣き出してしまう。ここでも実は「泣く若者」「弱い若者」である。
健一は「一人っ子っていうのは、これだから困るよ」と苦笑しながらも実を慰める。さらに心配そうに見ている綾子にいう。「こんなの亭主にしたら大変だよ。すぐこう泣いちまって」。そのあとの綾子のセリフがいい。
「いいの。可愛い」。母性本能をくすぐるということだろうか。恥しそうにいう中島唱子がまた可愛い。
実は一人っ子で内弁慶のところがある。親には威張るし、家に遊びに来る綾子も、「お前」呼ばわりする。そんな実が泣く。綾子にはそれが可愛く見えたのだろう。個人的にひいき目かもしれないが、このドラマは中島唱子の存在が抜群に大きい。
※以下、中編に続く(5月15日公開)。
川本三郎(かわもと・さぶろう)
1944年、東京・代々木生まれ。東京大学法学部卒業後、朝日新聞記者を経て、映画や文芸、都市論などを中心とした評論活動に入る。主な著書に『大正幻影』(91年・サントリー学芸賞)、『荷風と東京「断腸亭日乗」私註』(97年・読売文学賞)、03年『林芙美子の昭和』(03年・毎日出版文化賞)、12年『白秋望景』(伊藤整文学賞)がある。その他、『マイ・バック・ページ ある60年代の物語』、近著に『映画の木洩れ日』(キネマ旬報社)がある。