評論家の川本三郎さんによる、山田太一ドラマの魅力に迫る連載。前回に引き続き、バブル経済直前の日本社会を生きる若者たちを、厳しくも温かみのある視点で描いた『ふぞろいの林檎たち』のパート2を取り上げます。学生だった〝林檎〟たちは、社会に出てさまざまな困難にぶつかりますが、彼ら彼女らの生き方を、川本さんはどのように捉えているのでしょうか。
ふぞろいの林檎たちⅡ
後編
- 作品:
-
ふぞろいの林檎たちⅡ
1985年3月〜6月(全13話) TBS - 脚本:
- 山田太一
- 演出:
- 鴨下信一、井上靖央ほか
- 主題歌:
- 「いとしのエリー」(サザンオールズターズ)
- 出演:
- 中井貴一、時任三郎、柳沢慎吾、手塚理美、石原真理子、中島唱子、高橋ひとみ、国広富之、根岸季衣、佐々木すみ江、小林薫、吉行和子、室田日出男、小林稔侍、岡本信人ほか
好対照の晴江と陽子。
晴江は看護師になったものの自分にはこの仕事は合わないと思っている。寮で同室の真面目な陽子(手塚理美)に「辞めたい。私はここじゃ駄目なの。生き生き出来ないの。このまま行ったら、うんと意地悪な看護婦になりそう。あーッ、息がつまりそう。なんとかしなくちゃ、なんか他のもんにならなくちゃ」と悩みを訴える。
そしてついに意を決して看護師を辞めてしまう。といって何がしたいという夢もない。出版社でアルバイトをしたり、大衆居酒屋で働いたりするが長続きせず、前述したように青山あたりのクラブで働くことになる。
放映当時、若い女性の視聴者のあいだでは晴江を演じる石原真理子が人気があり、その少し悪っぽい長い髪型は彼女たちに真似されたものだった。
一方、晴江には「陽子の健全さがむかつく」といわれてしまう手塚理美演じる水野陽子は看護師の仕事が好きで誇りを持っている。たとえ結婚しても続けたいと思っている。「自立」した女性でしっかりしている。
恋愛でも対等でいたい陽子のいじらしさ。
その陽子も、時任三郎演じる岩田健一と恋仲になると素直に心がときめく。
若い恋人たちの心をとらえるのは当然、セックス。山田太一はテレビドラマだからと、ここを逃げずにしっかり描いている。
ある日曜日、二人は渋谷あたりでデートをする。健一は洋品店で陽子にしゃれたセーターを買おうとする。はじめは喜ぶ陽子だが、値が張る品だと知って「やっぱり私、結構です」と女主人に断わると、怒ったように店を出てしまう。面食らった健一があとを追う。
追いついた健一に陽子はこんなことをいう。
「今日、最後まで、行く気でしょ?」。
うろたえる健一を陽子は決して責めているのではない。「私、その気で来たの」と正直にいう。そのあとがいい。
「そういう日に、なんか買ってもらうの、なんか嫌」「私、抱かれた時、あ、今日は買って貰ったからななんて、そんな気持ち、かすめるような気がするの」「対等でいたいの」。
自立志向の強い陽子らしくみごと。これには健一も納得する。ちなみに男性の視聴者のあいだではショートヘアが似合う清潔感のある手塚理美が人気があったのではないか。
このあと二人はホテルに入ってはじめて肌を合わせる。無論、陽子ははじめての体験だろう。「少し怖い」と恥じらう姿がういういしく可愛い。
寮に帰った陽子が、同僚たちに聞かれないようにと近くの公衆電話から「声が聞きたかったの」と電話をするのもいじらしい。
イラスト/オカヤイヅミ
ここぞと優しさを見せる実の格好良さ。
柳沢慎吾の実と中島唱子の綾子の仲も進んでゆく。
休日、銀座を二人で歩く。そこで、大学時代の生意気な後輩たちにばったり会ってしまう。実が一緒にいる綾子が不細工だと、からかって立ち去ってゆく。綾子は姿を隠すように路地に入ると泣く。後輩たちにからかわれたことで傷ついている。
それを実が慰める。この言葉が実らしい。
「お前と歩いていなくったって、俺は充分格好わるいよ。似合わねえ背広着て、ネクタイ締めて、こんなカバン持ってりゃあ、誰だってからかいたくなるよ。お前のせいじゃねえよ」「俺は、歯の浮くようなことはいえねえから、うまいこといえねえけど、お前が嫌いなら、こんなとこ一緒に歩くかよ」
いつもは綾子を「お前」呼ばわりして威張っている実が、ここぞと優しさを見せる。綾子はうれしくなる。ここも前回書いた、たこ焼きの屋台の場面と同じで気持ちのいいラブシーンになっている。こういうところ、山田太一は本当にうまいなあと思う。恵まれない若者たちを優しく見つめている。
中島唱子と柳沢慎吾の名カップルぶり。
実と綾子のあいだにもセックスの問題はある。ある時、そば屋で一緒に食事をした時、綾子は思い切って実に聞く。「どうしてセックスしたがらないんですか」「何故私に手を出さないんですか」「本当は、ブスに手を出すと、逃げられなくなりそうだから、怖いんじゃないですか」。
突然のことにうろたえる実にさらに追いうちをかけるように綾子はいう。「あげます。みんな、あげます」(本当は、女性にこんなことをいわせてはいけないのだが)。
そのあとそば屋を出て路地に入ったところでなんと綾子のほうから実にキスをする! そしてさすがに恥ずかしくなった綾子が駆け出して行ってしまうのが可愛い。
二人は本当に仲がいい。ある時、実の部屋に入った綾子が、「実さん、サミー・デイビス・ジュニアに似ている」というところなど、本当に柳沢慎吾がこの黒人の俳優に似ているので思わず笑ってしまう。
ときどき威張り過ぎる実を腕力のある綾子がとっちめるのも笑える。中島唱子が絶妙なコメディエンヌぶりを見せる。
この作品のDVDに付されたパンフレットで中島唱子が「当時、淡い恋心を抱いていたという共演者はいますか?」という質問に「ずっと柳沢慎吾さんが好きでした」と答えているのは正直で微笑ましい。撮影の現場では二人の呼吸はぴたりと合ったことだろう。
切なさがつのる中年の淡い恋。
このドラマでは八人の若者たちのうち、中井貴一演じる良雄の家庭、仲手川家と、柳沢慎吾演じる実の家庭、西寺家の二つの家庭が描かれる。
仲手川家では母親(佐々木すみ江)が、長男(小林薫)の嫁(根岸季衣)が病弱で子どもを産めないので気に入らない。心優しい(それゆえに優柔不断でもある)良雄は二人のあいだに入って悩む。
実の家庭では、父親が心臓発作で死去し、そのあとで母親(吉行和子)がひとりでラーメン店を切りまわそうとするが、無理なので、平野周吉という腕のいい職人を雇うことになる。実直な周吉に母親の知子は次第に惹かれてゆく。周吉のほうも雇い人としての節度は守りながら知子を気づかうようになる。中年の淡い恋が切ない。
母親が急に「母」から「女」になったので息子の実は気が気ではない。すねて、周吉に冷たく当たったりする。見かねた綾子が実に、「平野さんにご苦労さまくらいいえば。もっと大人になってもらいたいと思います」と諭すあたり、学生の綾子のほうが社会人の実よりもしっかりしていて頼もしい。
幸福感と行く末の不安を残す結末。
平野周吉を演じているのは東映の傍役として知られた小林稔侍。山田太一のドラマにはこのドラマの小林稔侍、室田日出男の他、『岸辺のアルバム』の山本麟一、『ちょっと愛して』の川谷拓三(なんと主演!)がよく出演していい味を見せる。
このドラマでも小林稔侍(いまやサスペンスドラマの主役)がいかにも職人らしく無口で感情を抑えたいい演技を見せる。
仲手川家は町の酒屋。西寺家はラーメン屋。いずれも町の小さな個人商店である。町にスーパーやコンビニが数多く出来るようになったこの時代、個人経営の小商いは先行きが難しいだろう。
ドラマは、最後、修一とその恋人、夏恵(高橋ひとみ)を加え、八人の林檎たちが夏の日曜日、三浦海岸に遊びに行き、それぞれが相手を「この人、好きです」「燃え上がっています」と率直にいいあって、幸福のうちに終わるが、仲手川家と西寺家の家業の先のことを考えると、正直、少し不安になる。
※次回は『輝きたいの』、6月5日公開予定。
川本三郎(かわもと・さぶろう)
1944年、東京・代々木生まれ。東京大学法学部卒業後、朝日新聞記者を経て、映画や文芸、都市論などを中心とした評論活動に入る。主な著書に『大正幻影』(91年・サントリー学芸賞)、『荷風と東京「断腸亭日乗」私註』(97年・読売文学賞)、03年『林芙美子の昭和』(03年・毎日出版文化賞)、12年『白秋望景』(伊藤整文学賞)がある。その他、『マイ・バック・ページ ある60年代の物語』、近著に『映画の木洩れ日』(キネマ旬報社)がある。