イラスト/瀬藤優

評論家の川本三郎さんによる、山田太一ドラマの魅力に迫る連載。今回は、サザンオールズターズの主題歌「いとしのエリー」で記憶している人も多いと思いますが、パート4まで制作されるほどの大人気シリーズとなった『ふぞろいの林檎たち』です。時は1980年代。バブル期直前の若者たちの青春群像を、川本さんはどう捉えていたのでしょうか。

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ふぞろいの林檎たち
後編

作品:
ふぞろいの林檎たち
1983年5月〜7月(全10話) TBS
脚本:
山田太一
演出:
鴨下信一、井上靖央ほか
主題歌:
「いとしのエリー」(サザンオールズターズ)
出演:
中井貴一、時任三郎、柳沢慎吾、手塚理美、石原真理子、中島唱子、高橋ひとみ、国広富之、根岸季衣、佐々木すみ江、小林薫、吉行和子ほか

陽子と晴江、好対照なふたり。

一方、看護学校に通う二人はどうか。

手塚理美演じる陽子は、真面目で看護師の仕事に誇りを持っていて、ずっと、たとえ結婚しても看護師の仕事を続けたいと思っている。山田太一はこのドラマを書くにあたって看護学校を取材した。

そして二種類の学生がいることを知る。人のために役に立ちたいと思ってがんばっている学生と、看護学校しか入れなかったので仕方なく入ったという学生の二種類。看護学校しか入れなかった者には、高校を卒業してから、親が看護学校ならと進学させた者もいるだろう。

手塚理美演じる陽子は明らかに前者。他方、石原真理子演じる晴江は後者のほうだろう。看護師の仕事に愛着はなく、醒めているところがある。実際、パート2では看護学校を辞めて青山あたりのクラブで働くようになる。

はじめは「四流大学」の学生たちに「津田塾」と嘘をついた二人だが、彼らが案外本気なのを知って、実は、と打ち明ける。

そして自然と、陽子は時任三郎演じる健一と、晴江は中井貴一演じる良雄と付き合うようになる。柳沢慎吾演じる実は、はじめから二人に相手にされない。

健一は陽子と付き合うようになると、当然セックスを意識する。真面目な陽子のほうは、結婚する相手かどうかも分からない相手とセックスする気にはなれない。ガードが固い。

陽子がなかなか応じてくれないので困惑した健一はいう。「女ってどのくらい性欲があるのかな」。青春期にいる男性の自然な疑問だろう。ここでも山田太一のドラマは、若者のセックスの悩みを率直に描いている。健一は、いわば青春期の悩める男性の代表である。

結局、健一の、好きだからセックスしたいという気持ちが切実なものであることを知った陽子はパート2では、身体を許すことになる。ただ、セックスが習慣になってしまうことは怖れる。あくまでも潔癖。ショートヘアの手塚理美は清潔感があって美しい。他方、女性たちには石原真理子が人気になり、ワンレグのヘアスタイルが真似されたが、男性たちには手塚理美が人気があったように思う。

イラスト/オカヤイヅミ

優柔不断で優しい人間の生きにくさ。

一方、良雄と付き合うようになった晴江は、良雄がいまだ自殺未遂までした夏恵のことを気にかけているのが気に入らない。気が強い女性で、自分から良雄のことを好きだとはいえない。パート2では、運送会社に就職した良雄が、会社や上司に気を遣って自分に時間を割いてくれないのでついに怒り出し、「弱虫、卑屈、鈍感、いうなり、最低、臆病者!」とありたけの悪口をぶつける。大人しい良雄はそれがトラウマになってしまう。

良雄の家では、佐々木すみ江演じる母親が、長男の嫁、根岸季衣が病弱で子どもを産めない身体なので、何かとつらく当たる。自分から身を引いて欲しいとまで思う。

優しく、同時に気が弱い良雄は、母と兄嫁のあいだに立って戸惑うばかり。山田太一は、何事もきっぱりと割り切る人間より、むしろ優柔不断の良雄のほうをよしとする。人は他者のことを考えれば、簡単に白黒割り切れない。むしろ迷い、逡巡し、悩む。それは良雄の優しさであり、困ったことに優しい人間は現実には生きにくい。

実と綾子、最高のラブシーン。

優しさといえば、実と綾子の関係にとてもいい進展がある。

綾子は容姿に自信がないため、実との関係を続けようと実が金に困っていると知ると、気前よく一万円、五千円と与える。実は無論、そのことを申し訳なく思っているが、綾子が金持ちの子だというので、それならと遠慮なく受け取ってしまう。

あるとき、実は、綾子に礼をいおうと思って彼女の家を訪ねる。金持ちだからお屋敷かと思っていたら本郷の菊坂あたりの小さなしもた屋だった。

そしてなんと綾子は、路上の屋台でアルバイトとしてタコ焼きを焼いていた。実はその姿を見て、胸が詰まる。見られたくないところを見られてしまった綾子は照れ臭そうに顔の汗をぬぐう。「暑くてあまり商売にならないけど」と言いながら。そのあとの二人の会話がとてもいい。

実「お前金持ちだっていったからさ。だから俺気楽に金借りてたんだ。こんなことして稼いだ金ならもらうかよ」

綾子「いいのよ。あたしそんなに美人じゃないから、お金ぐらいあげなきゃ」

実「そんなこと言やあ俺だって、そんなにとびきりのいい男ってわけじゃないんだから、あいこじゃねえか」

実の言葉を聞きながらタコ焼きを「たべる?」という綾子のうつむいた顔を見て心動かされた実がいう。

「お前…いい女だな」。照れ臭そうに綾子は答える。「きっとね、私のよさを気づいてくれると思ってた」「そういう優しいとこある人だと思ってた」「そうかよ」。二人は自然に見つめあっている。片隅の純情といえばいいか。このドラマの最高のラブシーンだと思う。いつもはお調子者の柳沢慎吾が珍しく真剣な表情をしているし、汗と涙がぐちゃぐちゃになった顔を手拭いでふく中島唱子も可愛い!

1983(昭和58)年5月27日、放送開始時のテレビ番組表(クリックすると拡大します)。写真提供/毎日新聞社

実社会の厳しさを突きつけるラスト。

このラブシーンに続くように、それぞれのカップルは最後、ごく自然にあゆみよってゆく。いっときは別れた高橋ひとみと国広富之の仲も戻るし、姑のいじめに遭って一度は家を出た根岸季衣も夫の小林薫が懸命に行方を探した結果、また家に戻ってくる。若者たちもそれぞれ「分相応」に関係を深めてゆく。

大団円であるが、ドラマは最後に厳しい現実を突きつける。

就職問題である。「四流大学」の三人は、就職で苦労する。

時任三郎はガードマンのアルバイトをしていたときに、仕事に行き詰まり自殺しようとした一流商社の部長(中野誠也)を助けた縁で、その一流の会社に入社が決まる。京都の親は喜ぶ。他方、自分一人がいい会社に決まったので友人たち、とりわけ柳沢慎吾との関係が気まずくなることを気にかける。このあたり「四流大学」のなかでも格差が生じている。

しかし、土壇場になって、部長が社内で失脚してしまったために就職は御破算になってしまう。当然、時任三郎はショックを受けるが、皮肉なことにまた同じ立場になった柳沢慎吾との仲は元に戻る。

最後、三人は一流の会社(商社らしい)の就職試験を受ける。スーツを着て意気込んで試験に臨むが、そこで明らかさまな差別を受ける。

東大、一橋、東工大など一流大学の学生と、「四流大学」の学生は試験会場を別にされる。おそらく「四流大学」の学生は一流の会社を受験する資格もない、ということなのだろう。

厳しい実社会の現実を突きつけられて三人が愕然とするところでドラマは苦く終わる。山田太一の目は、どこまでも厳しい現実を見つめている。
※次回は『ふぞろいの林檎たちⅡ』(5月8日公開)を予定。

川本三郎(かわもと・さぶろう)

1944年、東京・代々木生まれ。東京大学法学部卒業後、朝日新聞記者を経て、映画や文芸、都市論などを中心とした評論活動に入る。主な著書に『大正幻影』(91年・サントリー学芸賞)、『荷風と東京「断腸亭日乗」私註』(97年・読売文学賞)、03年『林芙美子の昭和』(03年・毎日出版文化賞)、12年『白秋望景』(伊藤整文学賞)がある。その他、『マイ・バック・ページ ある60年代の物語』、近著に『映画の木洩れ日』(キネマ旬報社)がある。

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