イラスト/瀬藤優
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岸辺のアルバム
後編

作品:
岸辺のアルバム
1977年6月〜9月(全15回)、TBS系
原作・脚本:
山田太一
演出:
鴨下信一、佐藤虔一、片島謙二ほか
音楽:
小川よしあき
主題歌:
「ウィル・ユー・ダンス」(ジャニス・イアン)
出演:
八千草薫、杉浦直樹、中田喜子、国広富之、竹脇無我、津川雅彦、風吹ジュン、新井康弘、沢田雅美、村野武範、原知佐子、山本麟一ほか

さらに明らかになる家族の秘密。

繁は、母親の秘密を知ったあと、こんどは姉の律子の秘密を知る。なんと妊娠しているという。翻訳研究会の活動で知り合ったアメリカの男性と親しくなり、身体を許したあと、その男性の友人という、やはりアメリカ人に犯されてしまった。

日本人の女性がアメリカ人の男性に陵辱された。ここには、戦後日本が長くアメリカに占領されていたという事実を思い起こされる痛みがある。戦後的なるものの残滓である。

律子は、中絶手術を受けるために、堀という繁の高校の先生(津川雅彦)を頼る。好人物の先生は律子を友人の医師のところへ連れてゆく。無論、このことは両親には秘密である。

1977(昭和52)年6月24日、放送開始時のテレビ番組表(クリックすると拡大します)。写真提供/毎日新聞社

母と姉に秘密があった。次は父親。繁は、父の下で働いているという女性(沢田雅美)から、思いもかけない父の仕事を知らされる。なんと東南アジアから女性を〝輸入〟していた。ちなみに原作では、東南アジアから死体を〝輸入〟し、医療機関に売っている。さすがにテレビでは刺激的すぎるのだろう、女性に変えられている。それでも、商社マンの仕事としてはいかがわしいことには変わりはない。

繁は父の仕事を知ってショックを受ける。もともと高校生になってから父との関係がうまくいっていなかった繁は、このあと父を軽蔑するようになる。

父親にも言い分はあるだろう。自分は、家族のために身を粉にして働いている。会社は仕事人間にとって唯一の寄り拠になっている。その会社の命令とあれば嫌な仕事でもしなければならない。宮仕えの悲しみが子供に分かる筈はない。 

大混乱におちいる一家。

山田太一の素晴らしいところは、父親にせよ母親にせよ、繁の目で一方的に裁いていないことだろう。家族のそれぞれが生きるつらさ、悲しさを背負っている。

そして、クライマックスが来る。

あるとき、大学受験に失敗し、精神的に参っていることもあって、繁は家族のそれぞれの秘密を言いたててしまう。母は浮気をしていた。姉は中絶手術をした。父は東南アジアから女性を〝輸入〟して売りさばいている。王様の耳はロバの耳である。一家は大混乱におちいる。大人はそれぞれに秘密があっても、それは口にしない。あからさまにしてことを荒だてない。大人の知恵である。思春期にいる潔癖な繁には、それが大人のずるさに見え、許せない。

不都合な秘密を持っているだけでも繁には我慢のならないことなのに、それを隠して平然と日常を続けている大人たちが感情のないロボットに見えてくる。繁は、怒りにまかせ家出をすると、町の中華料理店で働くことになる。おそらくもう大学には進まないだろう。いつか、担任の堀先生は母親にいっていた。「繁君は、ありきたりのコースからはずれたときに自分を発見するタイプです」。その通りになるだろう。

ドラマ最終回で描かれる多摩川氾濫の原因となった二ヶ領宿河原堰は、その後改築された(撮影/富本真之、以下同)。

一億総中産階級の時代に垣間見える格差社会。

繁には女友達がいる(風吹ジュン)。町のハンバーガーショップで働いている。お嬢さんタイプではないが、気はいいし、しっかりしている。

彼女は繁にこんなことを話す。田島家が住んでいる家は、本当ははじめ自分の父親が買う予定だった。手附金も払った。しかし、父親が働いていた町工場が倒産して買えなくなってしまった。

繁は彼女に誘われ多摩川を越えた向こう岸の登戸にある彼女の家にゆく。粗末な家で、父親(山本麟一)と二人で暮している。母親は男を作って家を出たという。父親はそれが痛手になり、以来、働かず、ふて寝の毎日。彼女が家計を支えている。

一億総中産階級といわれる時代だが、そのあとに始まる現代の格差社会がすでに見え隠れしている。山田太一はここでも時代の変化に敏感である。

彼女の家の様子を見て、繁は面白い感想をもらす。「奥さんに逃げられてすっかりしょげているお父さんは、正直で素晴らしい」と。不都合な秘密を持ちながらそれを隠して平然と日常を暮している自分の家族なんてインチキだ、感情のないロボットだ。思春期にいる少年の純情が泣かせる。他方で、苦しい立場にもある大人たちの気持ちも分かる。山田太一は決して彼らを裁こうとはしない。

イラスト/オカヤイヅミ

一家再生の祈りがこめられたタイトル。

最後、よく知られるように田島家のマイホームは九月の台風による大雨によって多摩川が増水し、濁流に流されてしまう。一九七四年に実際に起きた水害をモデルにしている。一九棟が流され、二十九世帯九十人が被災した。

流される寸前、謙作が「この家だけが結局俺の人生の確実な成果だ」とマイホームにしがみつく姿が悲しい。

1974年9月の水害を伝える「多摩川決壊の碑」。

家は消えた。しかし、家族は残る。

家が流される前に、なんとか家族のアルバムだけは持ち出すことができた。二十年の家族の記録である。そこには全員の笑顔の写真がある。そんなものは、作りものの笑顔かもしれない。しかし、そこには四人で懸命に生きてきた姿がある。

家を失ったいま、これからはこのアルバムを支えにして一家は再生してゆくだろう。『岸辺のアルバム』という絶妙のタイトルには山田太一のそんな祈りがこめられている。
※次回は『沿線地図』、7月12日公開予定。

川本三郎(かわもと・さぶろう)

1944年、東京・代々木生まれ。東京大学法学部卒業後、朝日新聞記者を経て、映画や文芸、都市論などを中心とした評論活動に入る。主な著書に『大正幻影』(91年・サントリー学芸賞)、『荷風と東京「断腸亭日乗」私註』(97年・読売文学賞)、03年『林芙美子の昭和』(03年・毎日出版文化賞)、『白秋望景』(伊藤整文学賞)がある。その他、『マイ・バック・ページ ある60年代の物語』『朝日のようにさわやかに』『銀幕の東京』など多数。

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