イラスト/瀬藤優

評論家の川本三郎さんによる、山田太一ドラマの魅力に迫る連載。今回は、『ふぞろいの林檎たち』のパート1と2の間に放映された『輝きたいの』です。女子プロレスのスターを夢見る5人の若い女性たちの奮闘ぶりが描かれ、大きな感動を呼ぶ本作ですが、川本さんは、主役の女性たちのひとり一人の気持ちに寄り添いながら、このドラマの見どころを解き明かしていきます。

37

輝きたいの
前編

作品:
輝きたいの
1984年5月(全4話) TBS
脚本:
山田太一
演出:
生野慈朗
主題歌:
「輝きたいの」(遠藤京子)
出演:
今井美樹、菅原文太、和田アキ子、畠山明子、小栗絵里花、小倉由美、三原順子、井上純一、柳沢慎吾、太宰久雄、戸川京子、山田吾一、野川由美子、白川和子、河原崎長一郎、あき竹城ほか

訓練の時間がとれる新人俳優が集まったドラマ。

山田太一のドラマでもっとも熱があり、見る者をストレートに感動させる作品といえば、女子プロレスに挑戦する若い女性たちを描いた『輝きたいの』だろう。

一九八四年の五月、TBSで四回連続で放映された。当時、女子プロレスのテレビ中継といえばフジテレビだった。だから、このドラマを作るに当って山田太一はTBSのプロデューサー、大山勝美を通してフジテレビに断わりを入れた。フジテレビはライバル局の企画なのに「女子プロレス、いいですよ、是非おやりになるといいなあ」と快く了承してくれたという(シナリオの単行本『輝きたいの』〈大和書房、一九八四年〉の山田太一の「あとがき」による)。

第一回東京オリンピックのあとの一九六八年に結成された全日本女子プロレス興業(略称、全女)もこの企画に協力した。女子プロレスは発足以来、テレビの人気番組になり、マッハ文朱、ビューティペア(マキ上田、ジャッキー佐藤)らのスターを生んだが、男子プロレスに比べればまだまだマイナーなスポーツだった。全日本女子プロレスとしても、真剣にプロレスに挑む若い女性たちを描く山田太一のドラマに共感したのだろう。

ドラマには当然、プロレスの場面が多くなる。出演者にはじっくり時間をかけて訓練してもらわないといけない。全日本女子プロレスの社長も「訓練なしに真似ようとしたら、すぐ怪我しちまいます」と忠告する。

そこで訓練の時間を充分にとれる新人で出演者を決めることになった。主演の三原順子(現在、じゅん子)以外はオーディションで決めることにした。

1984(昭和59)年5月9日(水)、放送開始時のテレビ番組表(クリックすると拡大します)。写真提供/毎日新聞社

「輝きたい」と願う女性たちの熱気がほとばしる。

山田太一は前記「あとがき」で書いている。「(オーディションの)応募総数は三百五十人余。最終審査は五十数人であった。私はその熱気に圧倒された。誰もが補佐的二次的な人生ではなく、自分が輝きたい、と強く意識していることに胸をうたれた」。

一九八〇年代のはじめ、女性の時代といわれ、女性たちの生き方も多様になってはきていたが、まだまだ生き方の選択肢は多くはない。結婚すれば夫の手助け役に回り、会社に就職しても男性社員の陰に隠れる。オーディションにはそんな「補佐的二次的な人生」ではなく、「自分が輝きたい」と願う若い女性たちが集まった。山田太一はその「熱気」に圧倒された。ドラマ『輝きたいの』は、この「熱気」から生まれている。

女子プロレスを目ざす五人の若い女性が主人公になる。集団青春ドラマになっている。

いわゆるツッパリの不良少女、原島里美(三原順子)。身体は大きいが、気が弱く中学校でいじめに遭っている魚屋の娘、竹内祥子(畠山明子)。両親が離婚し、病弱の母親(白川和子)と弟と三人で貧しいアパート暮しをしている大堀由加(小栗絵里花)。中流階級の娘で、恋人もいるのに自分の力で生きたいという夢を持つ、唯一、高校卒で十九歳の木田良子(今井美樹)。青果店を営む両親が女子プロレスのファンという友永桂子(小倉由美)。前述したように出演者五人のうち三原順子以外はオーディションで選ばれた。今井美樹はこのあと俳優の道を進む。

「いじめっ子をやっつけたい」祥子の動機。

イラスト/オカヤイヅミ

最初に、それぞれが女子プロレスを選んだ動機が描かれてゆく。

中学校でいじめを受けている祥子の動機は分かりやすい。強くなって、いじめっ子をやっつけたい。いつも四人組のいじめグループの標的にされ、小遣いを奪い取られている。身体は大きくても気が弱い祥子は、四人組に襲われると、あっけなくやられてしまう。

祥子には、味方になってくれる唯一の女友達がいる。松本美江(戸川京子)といって車椅子の生活を余儀なくされている。祥子はいつも四人組にやられてしまうのを歯がゆく思っている。「がんばれ」と励まし続ける。

ある時、珍しく祥子は四人組に立ち向かってゆく。しかし、次の場面では、祥子はみごとにやっつけられて家に運びこまれている。美江が見舞っている(この、いざ喧嘩、から次はもう怪我をして家で寝込んでいる、という急速な場面転換がユーモラス)。

祥子を演じる畠山明子は、『ふぞろいの林檎たち』の中島唱子に似たキャラクターで、このドラマでいいアクセントになっている。

娘がいじめられ怪我をして帰ってきたので野川由美子演じる母親(魚屋のおかみさんらしく威勢がいい)が、校長に抗議の電話をする。「うちの娘は、取得はなんにもないけど、人に意地悪したり嘘ついたりだけはしない子なんですから」。

母親の電話が聞こえていた美江が、こういって祥子を励ますのが、意表を突いて面白い。「いい? あなたは、取得がないなんて事ないわ。その気になれば、あんなやつら、絶対やっつけられるし、意地悪だって出来るし、嘘だってつけるわ。自分を駄目だなんて思わないで」。

なんといい励まし方だろう。普通なら母親の電話を聞いたら、「そのとおりよ、あなたは人に意地悪したり嘘ついたりだけはしない子」と繰り返すだろうが、山田太一は、そんな優等生のようなきれいごとではなく、美江にホンネの気持ちをいわせた。それだけ美江と祥子の、いじめっ子への怒りが強いことが分かる。こういうセリフを用意するのが山田太一の何気なくも凄いところ。

美江に励まされるように祥子はテレビで知った女子プロレス興行会社の新人オーディションに思い切って応募する。

両親はそれを知って驚き、当然、反対する。山田吾一演じる父親は、娘の気持ちを思いやりながらいう。

「お前は、人と喧嘩したことなんかねえだろうが。優しい人間には(プロレスは)、向いてねえじゃねえか」

それに祥子は訴えるように言い返す。

「私、やさしくないよ。叩いて、叩いて、イェーッってやりたいって思うし。強くなりたいよ。強くなって、みんなエイッて、やっつけてやりたいよ」

娘の必死の気持ちに両親ももう反対出来なくなる。

「金がほしい」と願う由加の動機。

病弱の母親の介護をしている由加の動機は何か。由加は、そば屋で働きながら中学校に通っている。母親が病弱で生活保護を受けている家では高校に進む余裕はない。だから「金が欲しい」。

いじめられっ子の祥子の動機が「強くなりたい」なのに対し、由加は切実に「金がほしい」。

「プロレスなんて嫌だよ、母ちゃん」という母親に、由加はこういって説得する。

「当面私が稼がなきゃ誰が稼ぐの? おとなしくおそば屋の洗いものしたら、何年も何年も、このまんまじゃない。母ちゃんだって、お金ほしいんでしょう」。

女子プロレスに合格すると寮に住み込んで、そのうえ月十万円もらえる。六月にプロになれるかどうかのテストがあって、合格すると前座に出られる。そうすると月二十万円もらえる。工場やスーパーで働いたってこんなにはもらえない。娘の「金がほしい」という必死の思いにもう母親は逆らえない。
※以下、中編に続く(6月12日公開)。

川本三郎(かわもと・さぶろう)

1944年、東京・代々木生まれ。東京大学法学部卒業後、朝日新聞記者を経て、映画や文芸、都市論などを中心とした評論活動に入る。主な著書に『大正幻影』(91年・サントリー学芸賞)、『荷風と東京「断腸亭日乗」私註』(97年・読売文学賞)、03年『林芙美子の昭和』(03年・毎日出版文化賞)、12年『白秋望景』(伊藤整文学賞)がある。その他、『マイ・バック・ページ ある60年代の物語』、近著に『映画の木洩れ日』(キネマ旬報社)がある。

バックナンバー