イラスト/瀬藤優

山田太一さんのご冥福をお祈りいたします。

写真提供/共同通信社

2023年11月29日、山田太一さんが老衰のため亡くなられました(享年89)。謹んでご冥福をお祈りいたします。
ウェブ通販生活では23年5月から川本三郎さん執筆による「山田太一論 家族と暮せば」を掲載していますが、今後も山田さんのドラマの魅力を多くの人に伝えていきたいと思っています。
改めて山田太一さんのご冥福をお祈りいたします。

2023年12月1日 ウェブ通販生活編集部

21

奈良へ行くまで
後編

作品:
奈良へ行くまで
1998年2月(全1回) テレビ東京
脚本:
山田太一
演出:
松原信吾
音楽:
本多俊之
出演:
奥田瑛二、安田成美、村上弘明、佐藤慶、山崎努、石橋蓮司、平泉成、篠井英介、石丸謙二郎、小倉一郎ほか

長年の恨みを晴らすために。

やがて、中本と永野による“大仕事”が動き出す。いつのまにか「嘱託」の永野のほうが作戦役になっていて、次に誰に会うか、指示を出すようになっている。政治家とのパイプ役にワイロとして渡す大金を用意するのも永野である。永野にしてみれば、共に戦うというよりも、若い中本を利用して、建設業界に対する長年の恨みを晴らしたいという個人的な思いもあるだろう。優秀な大学を出て、まだどこか青臭く、自分の感情をすぐに表に出してしまう中本は、永野にとっては御しやすい男だろう。したたかである。

建設業界にいちばん顔が利くのは、いわゆる族議員と呼ばれる政治家。それは、宮本達三という大物政治家(山崎努)だと中本は平山に教えられる。

大物政治家との対峙を経て。

しかし、大物だけに簡単には会えない。何人か、政界に顔の利く有力者(なかにはいかがわしい人物もいる)を通さなければならない。その都度、中本は、永野の指示で大金のワイロを用意して渡そうとするが、なぜか彼らはそれを受け取らない。なぜなのか。

それでも平山の尽力でやっと宮本達三に会うことが出来る。二人は夜、宮本に呼ばれて秘密めいた高級クラブに行く。女装の美しい主人(篠井英介)が迎える。好男子の平山はこの主人に気に入られているらしい。

個室に通された二人は、そこで宮本に会って驚く(見ているわれわれもまた)。なんと宮本は若い女性たちに、女装のための化粧をほどこされている。大物政治家には女装趣味があった。若い二人にこんな秘密の姿を見せているのは、彼にとっては二人など問題にしていないからだろう。女装する姿を余裕綽綽で見せる山崎努が、さすがの貫禄を見せる。

大物政治家は、若い二人の、建設業界の古い体質を変えたいという意欲を、いい心意気だと賞め、力を貸すことを約束する。

結果、中本の中堅建設会社が大きな仕事を取ることに成功する。中本と永野の“大仕事”は大成功を収める。

イラスト/オカヤイヅミ

手を汚してしまったことへの悔恨。

この決定の経緯は妻のナレーションでこんなふうに説明される。

「通産省の施設部長から出された夫の会社への単独発注の条件は、業界にもめごとの種を出さないこと、なぜ異例の単独発注が実現したのかの事情は決して話さないこと、結局、銀行から来た夫が銀行時代のコネで宮本達三さんを動かしたという噂が流され、これはあくまで特殊ケースとして認めるという業界の結論になったのでした。ですからあまり業界を揺さぶるというわけには行きませんでしたが、夫は面目を施しました」

古い建設業界の体質に少しだけ抵抗したわけだが、それによって業界のしきたりが変わったわけではない。中堅建設会社への一社発注は、あくまでも特殊な例外として処理されたに過ぎない。

また次からは、例によって例のごとく仕切り屋によって事前に調整された入札が、何事もなかったように行われるのだろう。大手の壁は厚いし、省庁との癒着も簡単には崩せない。このあたりの山田太一の視線はクールである。実社会では正論はなかなかまかりとおらない。それが現実だという諦めがどこかにある。

敦子は、「夫は面目を施した」と語っているが、中本正治は、大仕事を取るために学生時代の友情を利用した。しかも、妻にまでその片棒をかつがせたという内心忸怩たる苦い思いがある。業界の古い体質を改善するという大義名分はあるものの、その正しいことをするために、決してきれいとはいえない手を使った。手を汚してしまった。これから彼はもう胸を張ってきれいごとをいうことは出来なくなるだろう。企業人にとって成長とは、手を汚してゆくことなのかもしれない。

1998(平成10)年2月26日、放送時のテレビ番組表(クリックすると拡大します)。写真提供/毎日新聞社

会社人間の誇りとつらさが滲むエンディング。

最後、大団円のように正治と敦子は休暇を取って奈良に旅行に出る。この旅には、平山も同行する。彼はもう堂々と中本の前で敦子を「きれいだ」と賞める。そうすることで決して深い意味はないと中本に伝えようとしている。

ちなみに、夫が妻と、妻を好きになった男と話し合いの場を設けるという展開は、『沿線地図』と『早春スケッチブック』『チロルの挽歌』などに見られるように山田太一ドラマの定石になっている。当事者どうしが話し合いの場を設ける。いたずらにことを荒だてまいとする大人の知恵といっていいだろう。

このドラマ、最後に絶妙な場面を加える。

奈良を旅行中の中本に夜、会社から永野が電話を入れる。そして真相をいう。政治家の宮本は、建設業界の古い体質を変えたいという中本たちの意気に感じたなどときれいごとを言ったそうだが、こんどの大工事の下請け会社を全部、自分の息がかかった会社に指定してきた。「やっぱり人間はそんななきれいなものじゃない」。連中が金を受け取らなかったのは「要するに用心深くなっただけですよ」。

そして自嘲的に高笑いすると、夜食用に買ってきたサンドイッチを手に取り、一口も食べずにゴミ箱に捨てる。

企業人の誇りとつらさが混在したみごとなエンディングである。
※次回は『小さな駅で降りる』、12月6日公開予定。

川本三郎(かわもと・さぶろう)

1944年、東京・代々木生まれ。東京大学法学部卒業後、朝日新聞記者を経て、映画や文芸、都市論などを中心とした評論活動に入る。主な著書に『大正幻影』(91年・サントリー学芸賞)、『荷風と東京「断腸亭日乗」私註』(97年・読売文学賞)、03年『林芙美子の昭和』(03年・毎日出版文化賞)、『白秋望景』(伊藤整文学賞)がある。その他、『マイ・バック・ページ ある60年代の物語』、近著に『映画の木洩れ日』(キネマ旬報社)がある。

バックナンバー