評論家の川本三郎さんによる、山田太一ドラマの魅力に迫る連載。今回は、サザンオールズターズの主題歌「いとしのエリー」で記憶している人も多いと思いますが、パート4まで制作されるほどの大人気シリーズとなった『ふぞろいの林檎たち』です。時は1980年代。バブル期直前の若者たちの青春群像を、川本さんはどう捉えていたのでしょうか。
ふぞろいの林檎たち
中編
- 作品:
-
ふぞろいの林檎たち
1983年5月〜7月(全10話) TBS - 脚本:
- 山田太一
- 演出:
- 鴨下信一、井上靖央ほか
- 主題歌:
- 「いとしのエリー」(サザンオールズターズ)
- 出演:
- 中井貴一、時任三郎、柳沢慎吾、手塚理美、石原真理子、中島唱子、高橋ひとみ、国広富之、根岸季衣、佐々木すみ江、小林薫、吉行和子ほか
若者の“性”が描かれた衝撃の場面。
ドラマが始まってすぐ驚く場面がある。第二回の「恋人はいますか」。男性の青春期の大きな悩みはセックスで、中井貴一演じる真面目な良雄は、ある時、勇気を出して新宿の風俗店(性感マッサージ店)に入る。無論、はじめて。女性があらわれ、当たり前のように上半身裸になるのを見てどぎまぎしてしまう。そして女性にリードされるまま、ペニスをしごかれ、羞恥心からか慚愧の念からか泣き出してしまう。女性はそれを「どうしたの」といたわる。優しいというか、慣れているというか。
テレビでは衝撃的な場面といっていいだろう(演出は鴨下信一)。この伊吹夏恵という女性は、有名大学の学生でアルバイトでマッサージ嬢をしている。こういう設定も、テレビドラマでは珍しかったのではないか。
演じているのは新人の高橋ひとみ。初登場のシーンで胸をはだけるのだから、かなり勇気がいったことだろう。山田太一は大山勝美との対談でいう。
「(良雄は)風俗店になんてできたら行きたくないのに、若さの圧倒的な性欲に屈してしまう。そういうシーンを描きたくて、素敵な相手役を探していた」
その時、早稲田大学時代からの盟友、寺山修司に高橋ひとみを紹介され、新人だったが「素敵な相手役」として抜擢したという。
風俗店のシーンは当時、「あんなことよくテレビでやるね」と言われたというが、青春を描くのに性の問題は欠かせない。『それぞれの秋』でも大学生の小倉一郎が電車のなかで悪友に唆(そそのか)されたとはいえ痴漢をしてしまう場面を描いた山田太一は、一見、平凡な市井人の暮しを描きながら実はかなり大胆である。
若者の性の衝動に関しては、「四流大学」も一流大学も関係がない。誰もが同じように悩む。だからそこをきちんと描いた『ふぞろいの林檎たち』は、若い世代に等しく好評だったのだろう。
異色のカップルがドラマのアクセントに。
夏恵という女性は、国広富之演じる本田修一という若者と、なかなかいいマンションで暮している。この二人がどういうきっかけで知り合い、同棲するようになったのか分からないが、かなり変わった関係を続けている。
別々に暮していたが部屋をシェアしたほうがいいところに住めるということで一緒になった。結婚はしていない。あくまでも同棲。家賃は半々。クールな関係で、良雄は風俗店で夏恵に会って以来、彼女のことが気になり、家を訪ねると、修一と同棲しているので驚く。恋人が風俗店で働いていていいのかと問いつめると、修一は、一緒に暮していても彼女のすることは彼女の自由だと醒めている。
演じる国広富之は眼鏡をかけ秀才然としている。修一は東大卒。一流企業に入社したが人付き合いが苦手で会社を辞め、家でコンピューターのソフト作りをしている。どこか引きこもりの感じがする。彼もまた、一種の「ピーター・パン」なのだろう。
八人の若者のなかではこの二人は異色。夏恵はクールなように見えても情緒不安定で自殺騒ぎを起こしたりする。
看護学校の女子学生の悲しい嘘。
良雄ら三人は、普通では女友だちが出来ないので、ワンゲル同好会を立ち上げ、会員募集のビラを作り、都内の女子大の前で撒く。
ほとんど反応はなかったが、「津田塾」の学生だという二人と、別の大学の太った女の子がやってくる。
「津田塾」の学生というのは、石原真理子演じる宮本晴江と、手塚理美演じる水野陽子。実は「津田塾」の学生ではなく、看護学校の学生。二人は寮のルームメイト。
「看護学校」の学生というと軽く見られることが多いので、二人はやむなく見栄を張って名門の「津田塾」の学生と嘘をついた。悲しい嘘である。
ただ、どうだろう。知人に看護師の若い女性がいるが、彼女はこんなことを言っていた。「合コンに出て、自分は看護師だというと男性たちはいちように関心を持つ。ただ仕事が忙しいのでなかなか恋人関係になれない」。
陽子は九州出身。晴江は秋田県出身。ともに地方出身で寮に入っているから、男性と接する機会がないだけなのかもしれない。
自然で素直な可愛らしさ。
ワンゲル同好会にやってきたもう一人の女性、中島唱子演じる谷本綾子は、太っているし、看護師の二人に比べると美人とはいえない。男性たちは引いてしまう。
三人は、ある日曜日、高尾山のハイキングを計画するが、やってきたのは綾子だけ。待ち合わせの高尾山口駅でそれを知った健一と実は逃げ出してしまう。人がいいというか、気の弱い良雄だけが、綾子に付き合い、高尾山へハイキングをする。
これまで男性とデートなどしたことがなかったのだろう。綾子は良雄と一緒で終始浮き浮きしている。帰りの電車のなかで、よほど楽しかったのだろう、良雄に「このまま帰りたくないな」というところなど可愛い。
オーディションで選ばれたという中島唱子が新人とは思えないほど素直で、自然な演技を見せる。
イラスト/オカヤイヅミ
山田太一は『さくらの唄』(76年、TBS)に出演した樹木希林(当時は悠木千帆)について面白いことを書いている。
「素顔の希林さんは、美しい人である。ただ、醜女(しこめ)になれるのである」(『その時あの時の今 私説テレビドラマ』河出文庫、二〇一五年)。
それに倣えば、中島唱子は「醜女」を演じるのがうまいのである。実際、山田太一は、先の大山勝美との対談で中島唱子についてこんな話を紹介している。
「後日談ですが、何かの宴会で、中島さんに抗議されました。『先生は私が全然モテないように書いてますけど、これでも結構モテるんですよ』って(笑)。『それは失礼しました』と謝りました」
中島唱子の明るく、屈託のない性格をあらわす後日談である。綾子の役は中島唱子が人柄で演じているといえよう。人柄も才能である。
「分相応」の相手との心の交流。
綾子は、はじめ、一緒に高尾山に行った良雄のことが好きだが、良雄のほうは自分のことなど気にもかけていないと感じているからあきらめている。
そんな折り、実が思いがけず自分のことを「きれいだ」「可愛い」と言ってくれたのをきっかけに、そんな言葉は軽いお世辞だと分かっていても、次第に実を意識するようになってくる。外見はさほどでもないし、お調子者で、劣等感が強く、ひがみっぽい実を守りたいという気持ちもあったろうし、自分には「分相応」の相手と思ったこともあるだろう。
ある休日、二人は新宿の町でデートをする。綾子は「新宿を男の人と歩くのははじめて」とうれしそう。実もそんな綾子にほだされてゆく。いつのまにか二人は新宿の町を手をつないで歩いている。微笑ましい。
※以下、後編に続く(4月17日公開)。
川本三郎(かわもと・さぶろう)
1944年、東京・代々木生まれ。東京大学法学部卒業後、朝日新聞記者を経て、映画や文芸、都市論などを中心とした評論活動に入る。主な著書に『大正幻影』(91年・サントリー学芸賞)、『荷風と東京「断腸亭日乗」私註』(97年・読売文学賞)、03年『林芙美子の昭和』(03年・毎日出版文化賞)、12年『白秋望景』(伊藤整文学賞)がある。その他、『マイ・バック・ページ ある60年代の物語』、近著に『映画の木洩れ日』(キネマ旬報社)がある。