評論家の川本三郎さんによる、山田太一ドラマの魅力に迫る連載。今回は、『ふぞろいの林檎たち』のパート1と2の間に放映された『輝きたいの』です。女子プロレスのスターを夢見る5人の若い女性たちの奮闘ぶりが描かれ、大きな感動を呼ぶ本作ですが、川本さんは、主役の女性たちのひとり一人の気持ちに寄り添いながら、このドラマの見どころを解き明かしていきます。
輝きたいの
中編
- 作品:
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輝きたいの
1984年5月(全4話) TBS - 脚本:
- 山田太一
- 演出:
- 生野慈朗
- 主題歌:
- 「輝きたいの」(遠藤京子)
- 出演:
- 今井美樹、菅原文太、和田アキ子、畠山明子、小栗絵里花、小倉由美、三原順子、井上純一、柳沢慎吾、太宰久雄、戸川京子、山田吾一、野川由美子、白川和子、河原崎長一郎、あき竹城ほか
「輝きたい」良子の思い。
三人目の今井美樹演じる良子は中流階級の娘。他の女性たちが中卒なのに対し、高卒で十九歳。ドライヴインのレストランで働いている。コックの恋人(井上純一)がいる。
傍目には恵まれている。それでも、いまの生活、さらにこれからのことを考えると迷いがある。「補佐的二次的な人生」でいいのか。
区役所勤めの父親(滝田祐介)と銀行員の兄(堀越丈史)は、良子がプロレスをやりたいというのを聞いて当然のように反対する。
父親は、十九歳にもなって夢みたいなことを言うなと怒る。「現実的になれ。自分を考えろ! お前がスターになれるか。プロレスのスターにどうしてなれるんだ」。
銀行員の兄は、妹が女子プロレスに入ったなんて恥ずかしい。「少しは周囲の迷惑も考えろ」と困惑する。中流階級の家庭では起こりうる反対意見である。
「輝きたい」と願っているのに、家庭に反対された(恋人にも当然、反対されている)良子はついに叫ぶ。
「ケチつけないでよ。人が一生懸命やっているのに、励ますってことは、全然ないの?」
桂子と里美、それぞれの事情。
四人目の友永桂子(小倉由美)は、前の三人に比べれば恵まれた環境にいる。
町の青果店を営む両親(河原崎長一郎、あき竹城)は元々、女子プロレスの大ファンだから、娘が女子プロレスをやりたいと知って大喜び。オーディションの日には、家族だけではなく、近所の人まで応援に駆けつける。
それだけにハングリー精神には欠けるが、好きな世界だから猛練習にも耐える。
三原順子演じる栗島里美は五人のなかで異色。プロレスをするなど考えたこともなかった。母親との折り合いが悪く、町の不良になった。男の子たち(なかの一人に『ふぞろいの林檎たち』の柳沢慎吾)を子分にしている。ちょっとしたスケバン。いつもふてくされた顔をしている。
ある時、公園でたくさんショッピング・バッグを持った女性を襲って、バッグを奪おうとする。ところが相手が悪かった。鳴海ミチという女子プロレスのコーチ。襲いかかったものの逆に簡単に叩きのめされてしまう。ミチを演じているのは和田アキ子だけにこのシーンには迫力がある。アイドルの三原順子が何度も地面に叩きつけられるのも凄い。
ミチは、叩きのめされながらも何度もかかってくる里美を見どころがあると、プロレスに誘うことになる。
これで5人が揃った。
厳しい環境の中での衝突。
彼女たちが入ったのは東洋女子プロレス興業(架空)。選手の数が彼女たちを入れて二十人ほどの小所帯。スタッフも社長、コーチ、営業を入れて約十人。満足なトレーニング施設もなくランニングは会社(目黒あたり)の近くの道路を走る。地方巡業の時は、リングの設置は自分たちでする。
コーチを演じるのは和田アキ子と、そして大御所の菅原文太。二人とも新人たちを厳しく指導してゆくが、心底、女子プロレスを愛していて、生徒たちをなんとか一人前に育てようとする。
選手は寮生活。規則は厳しい。男子禁制。酒も煙草も禁止。朝、六時に起床してすぐにトレーニングが始まる。
厳しい生活に耐えられず一ヶ月もすると二人が脱走してしまう。五人と書いたが、いじめに遭っていた祥子は実はオーディションに不合格だった。しかし、どうしてもあきらめ切れずに、勝手に朝のランニングに参加する。それが何日も続く。とうとうその根性にほだされてコーチの菅原文太が仲間に加えることになる。
寮生活は共同生活だから和が大事だが、ツッパリで、そもそもプロレスに興味がなく、コーチの和田アキ子から強引に誘われた形で加わった三原順子は、はじめから協調性がない。早速、真剣にプロレスに取組もうとする今井美樹演じる良子と喧嘩になる。
二人の取っ組み合いを社長が見て「喧嘩するならリングでやれ」と叱る。社長を演じるのは太宰久雄。山田洋次監督『男はつらいよ』シリーズのタコ社長、とらやの隣の朝日印刷の社長である。ここでもいわば中小企業の社長。女子プロレスを、商売としていかに成立させるかいつも経営に頭を悩ませている。
特別出演の女子レスラーたちの言葉。

イラスト/オカヤイヅミ
選手たちの猛練習が始まる。
腕立て伏せ、ウサギ跳び、マットでの受け身、投げ技。若い女性たちが真剣に身体を動かす。思いきり投げる。投げられる。マットに叩きつけられる。
オーディションで選ばれた若い女性たちの身体を張った演技の取り組みと、ドラマのなかの新人たちの懸命な努力がうまく重なりあって熱気が生まれてゆく。
一種のスポーツ根性ものドラマだが、オーディションで選ばれた女性たちの、ういういしい必死の演技が感動を与える。
何人かが脱落したあと五人が残ることになる。
ある夜、社長が音頭取りになって新人五人を先輩たちに紹介する集まりが開かれる。実際のプロレスラー、ジャガー横田、ジャンボ堀らが特別出演して華を添える。ミミ萩原は後輩たちに語る。「私が、この世界に入った時、ビューティペアがすごい人気だったの。武道館が満員だった。いつかって心のなかで思ったわ。いつか二人を乗り越えてやるって」。
さらにデビル雅美はいう。「つらい時はね、よくみんなでいうんだけど、ロッキーを思い出すのよ。映画のロッキー」。
一九七七年に公開されたシルベスター・スタローン主演のボクシング映画『ロッキー』(ジョン・G・アヴィルドセン監督)は、ハングリーな無名の若者が必死の努力でボクシングのスターになるアメリカン・ドリームの物語。この映画は女子プロレスのスターを夢見る若い女性たちも励ました。
自分で自分の運命を切り拓く尊さ。
先輩たちの話のあと、コーチの菅原文太が、女性たちを励ますスピーチをする。少し長いが、このドラマの熱いテーマにもなっているので引用してみよう。
「たいていの家では、娘がプロレスラーになりたいといい出せば、反対をする。そんな途方もないことをと泣いた親、怒り出した親もいるだろう。なぜ、おとなしくどこかの会社につとめて、結婚相手を見つけて、堅実に、平凡な幸福を築こうとしないのかと叱られたものもいるだろう」
「親だけじゃない。世間も、女子プロレスと聞いて、素晴らしいといってくれるばかりじゃあない。つまらん、品の悪い、見世物のようにいう人もいる。しかし、お前たちは、この世界を選んだ。おとなしく、多くの娘たちと同じ人生を歩こうとはしなかった。自分で、自分の運命をきり拓こうとした。そして、この世界は素晴らしい世界だ」
「選んだ以上、この世界で輝こう」
ツッパリの里美だけは、何をクサいことをいっていると冷ややかな表情をしているが、親の反対を押し切ってこの世界に入った良子や祥子、由加はコーチの話に素直に感動する。
このあとコーチの菅原文太が、渋い声で「マイ・ウェイ」を歌い出すのがいい。毎年、この会の恒例になっているようだ。いつしか女性陣も一緒に歌い出している。女子プロレスの世界がひとつの家族になってゆく。
※以下、後編に続く(6月19日公開)。
川本三郎(かわもと・さぶろう)
1944年、東京・代々木生まれ。東京大学法学部卒業後、朝日新聞記者を経て、映画や文芸、都市論などを中心とした評論活動に入る。主な著書に『大正幻影』(91年・サントリー学芸賞)、『荷風と東京「断腸亭日乗」私註』(97年・読売文学賞)、03年『林芙美子の昭和』(03年・毎日出版文化賞)、12年『白秋望景』(伊藤整文学賞)がある。その他、『マイ・バック・ページ ある60年代の物語』、近著に『映画の木洩れ日』(キネマ旬報社)がある。