評論家の川本三郎さんによる、山田太一ドラマの魅力に迫る連載。今回はNHKで放映された笠智衆主演の「老人三部作」の二作目『冬構え』です。死に場所を求めて東北に旅をする老人がさまざまな人と出会い、意外な結末を迎えるドラマですが、東北の美しい風景が目の前に浮かぶ川本さんの名解説で、このドラマの魅力に触れてみてください。
冬構え
前編
- 作品:
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冬構え
1985年3月(全1回)NHK - 脚本:
- 山田太一
- 演出:
- 深町幸男
- 音楽:
- 毛利蔵人
- 出演:
- 笠智衆、沢村貞子、岸本加世子、金田賢一、せんだみつお、谷村昌彦、藤原釜足、小沢栄太郎、水原英子ほか
死に場所を探そうとする老人のドラマ
笠智衆が、主役の老人を演じる三部作の第二作。一九八五年の三月にNHKテレビで放映された(全一回)。
ある老人が、まだ自分が元気なうちに、子どもたちに迷惑をかけないように死のうと決意して東北の旅に出る。その死出の旅の様子を描いている。映画でいえばロードムービーになる。
山田太一はもちろん笠智衆を想定して脚本を書いた。脚本を書いていた一九八四年の夏はひどい暑さだった。そのために笠智衆は、ドラマに出るのをためらった。
自分はもう八十歳である。とてもこんな長い作品の主役はつとまらない。
そこでプロデューサーは撮影を当初の残暑の九月を避けて十月まで待つと提案した。しかし笠智衆はいった。
「秋になろうと、冬になろうと、もう主役は無理なのです」
笠智衆にそういわれれば仕方がない。
山田太一はプロデューサーにいった。
「あの生真面目な笠さんが、そうおっしゃるのはよくよくのことでしょう。諦めます。(スケジュールを)押さないで下さい。その代り、この作品は笠さん以外には考えられないので、とりやめにして下さい」
幸いに秋になって涼しくなった。「すると笠さんがやってみる、とおっしゃっているという知らせが入った。演出の深町幸男さんと(プロデューサーの)岡田勝さんが、諦めずに時折笠さんを訪ねてくれていたのである」「嬉しかった。万事、思い通りになった」(山田太一『その時あの時の今 私記テレビドラマ50年』(河出文庫、二〇一〇年)。
当初の構想通り、晩秋の東北を笠智衆がひとり行く姿をとらえることが可能になった。
気ままな一人旅で始まる序盤。
笠智衆演じる岡田圭作は、六年前に妻に先立たれた。子どもたちは成長してそれぞれ家庭を持っている。孫にも恵まれている。しかし八十歳になろうとするいま、先行きに不安がある。
ある時、圭作は一人で旅に出る。ここからドラマは始まる。この時点では、圭作の旅の目的は明らかにされていない。
新幹線で東北へと向かう。圭作は、演じている笠智衆と同じく九州出身と設定されている。東北旅行ははじめて。老人が東北の一人旅を楽しんでいる。車内で缶ビールとピーナツを買う。
はじめ郡山で降りる予定だったが、予定を変え、さらに北へ。気ままな一人旅である。
宮城県の古川(ふるかわ)までいく。そこからタクシーで鳴子(なるこ)温泉へ向かう。普通は古川から鉄道(陸羽東線)で行くのだが、圭作は古川からタクシーに乗る。しかも、タクシーの運転手(せんだみつお)に鳴子温泉の「いちばんいい旅館へ」と告げる。相当、裕福らしいことがうかがえる。
過分の心づけに感激する若者たち。
鳴子温泉郷は東北でも有数の温泉場。ホテル、旅館がいくつも並ぶ。日本一のこけしの産地としても知られる。
運転手が車をつけたのは、大きな鳴子温泉ホテル。傾斜地に建てられているので、このドラマの頃は、別館に行くのにケーブルカーがあり、このホテルの名物になっていた。
圭作は一人旅だし、外見はさほど裕福な客と見られなかったのか、はじめ冴えない部屋に通される。紅葉の季節なのに窓をあけると、隣の建物で紅葉はさえぎられている。夜になると、団体の客が騒ぐ声がうるさい。
小津安二郎監督の『東京物語』で、笠智衆が老妻の東山千栄子と熱海に来たものの団体客の騒ぐ音でゆっくりと眠ることが出来ない苦い場面を思い出させる。
部屋は粗末だが、応対に出た部屋係の仲居、岸本加世子演じる下村麻美は愛想がいい。圭作は、さりげなく心づけを渡す。麻美は、いったんは断るが、結局、喜んで受け取る。
麻美には厨房で働く浦川昭二(金田賢一)という恋人がいる。過分の心づけを貰ってうれしくなった麻美は、昭二のところに大金をもらったと報告する。素直で無邪気な岸本加世子が可愛い。二人は、お金をためていつか自分たちの店を持ちたいという夢を持っている。けなげである。

イラスト/オカヤイヅミ
珍しく歌を歌う笠智衆の姿。
その麻美が支配人に交渉したのだろう、次の日から圭作の部屋は、前夜の粗末な部屋から一気に眺めのいい上等な部屋に変わるのが面白い。紅葉が眺められる。
気をよくした圭作は、その晩、ホテル内のクラブのようなところに行って、若い女性たちに囲まれて酒を飲む。
そして、女性たちにせがまれて歌を歌うことになる。笠智衆が作品のなかで歌を歌うことはかなり珍しい。小津安二郎監督の戦後の第一作『長屋紳士録』(47年)で、下町の町内会の宴会に出て大道芸「のぞきからくり」の「不如帰(ほととぎす)」の武男と浪子の歌を歌ったことがあるくらい。
クラブで圭作が歌うのは、西南戦争で激戦地となった田原坂(たばるざか)の歌。〽雨は降る降る 人馬は濡れる 越すに越されぬ田原坂。熊本県民にはよく知られた民謡で熊本出身の笠智衆が歌うのにはふさわしいが、鳴子温泉(宮城県)の若い女性たちには何の歌かわからないだろう。それでも女性たちは客あしらいがうまく拍手喝采。圭作はいい気分になって酒を飲み、気持ちよく酔う。ちなみに笠智衆は実生活では酒も煙草もやらない。
酔った圭作を女性たちが支えながら部屋に送りとどける。圭作を床に寝かす。
夜中、圭作が眠りこけているのを確認して部屋に入った麻美は、こっそり枕もとの金庫をあけてなかを見る。
思った通り、紙袋に一万円の札束が入っているのを確かめる。やはり金持ちだった。あるいは何か犯罪がからんでいるのか。確認すると麻美は札束をそっと金庫に戻す。
さらなる北の旅に向かって。
翌朝。朝食は部屋でなくホテル内の食堂でとる。麻美がまたサービスにつとめる。ここでも圭作は麻美に二万円ほどの心づけを渡す。麻美は有難く受け取る。そして思ったに違いない。この気前のいい老人なら、自分たちの店を持ちたいという昭二との夢を実現するための資金を出してくれるかもしれない。
昨夜、金庫を覗いた麻美は、この老人が「松下幸之助」のような金持ちと思い込んでいる。老人に甘えてみたくなる。
恋人の昭二は厨房で普段から折り合いの悪い親方(谷村昌彦)とついに大喧嘩となり、ホテルを辞めざるを得なくなる。麻美も昭二と行動を共にし、二人は、ホテルを二泊で終え、さらに北への旅に出た圭作の後を追うことになる。
※以下、中編に続く(6月11日公開)。
川本三郎(かわもと・さぶろう)
1944年、東京・代々木生まれ。東京大学法学部卒業後、朝日新聞記者を経て、映画や文芸、都市論などを中心とした評論活動に入る。主な著書に『大正幻影』(91年・サントリー学芸賞)、『荷風と東京「断腸亭日乗」私註』(97年・読売文学賞)、03年『林芙美子の昭和』(03年・毎日出版文化賞)、12年『白秋望景』(伊藤整文学賞)がある。その他、『マイ・バック・ページ ある60年代の物語』、近著に『映画の木洩れ日』(キネマ旬報社)、『遠い声/浜辺のパラソル』(ベルリブロ)、『陽だまりの昭和』(白水社)がある。